第50話 【攻略対象 辺境伯令息】荒ぶる精霊姫の爆誕の理由
レーナが、以前にエドヴィンへ話した遊戯の中の話だ。
「綺麗なスチル――絵画だったわ。彼女は、森のオーブが祀られた祠に囚われているの。けどそこに聖女と攻略対象が辿り着いた時、祠は既に湖の底に沈んでいて、助けが間に合わなかったことを詫びながら花束を投げ込むの。そしたら、なんと精霊姫が湖の上にすっと現れてね!!」
精霊姫に渡ったネリネの花は、彼の手から離れていた。
湖の底に沈んだ祠の中で、投げ込まれたネリネの花束を見つけて、穏やかに――かどうかは定かではないが、目を覚ました精霊姫だから、微睡みの中、静かに受け止めて姿を現したのかもしれない。
「だが、今回その時と決定的に違う状況が起こっていたんだ」
地面に膝を突き、しくしくと泣き崩れる精霊姫を横目にエドヴィンが殊更美しい笑顔を浮かべてレーナに視線を向ける。
つくった笑顔に嫌な予感を覚えるレーナは、顔を引き攣らせながらも、彼の話の先を促す。美麗すぎてゾッとする表情に、間違いなく自分が関わっていることを察してしまったから……仕方がない。
「な、なにかな~? 起きた時期が早かったからかなぁ」
空々しく微妙に話を逸らしたつもりのレーナに「そうだな」とエドヴィンが笑みを深める。
(やばい、墓穴に繋がったわ)
冷や汗が背中を伝い始めたレーナは、彼の言葉を待つまでもなく正解に辿り着いてしまった。だが、レーナを抱えたままのアルルクは、これまでの流れを知らないから不服そうに唇を尖らせる。
「んだよ、その言い方じゃぁ レーナが、悪いことした みたいだろ?」
「確かに、わたしが精霊姫をオコシマシタ……」
祠の沈む湖のほとりで、大声で精霊姫を呼んで助けを求めようとしたのが1年と数か月前の話だ。その時は前世知識をうまく使えたと内心で自分を褒めていたレーナだったが、その後は坂道を転がり落ちるようにイレギュラーな悪展開が連続してしまった。
そして、今。
荒ぶる精霊姫の爆誕である。
「えぇーっ……レーナ、悪いことしちゃ いけないんだぞ?」
眉を顰めたドン引きな表情で、腕の中で小さくなる彼女を見下ろしてくる。純粋な赤い瞳に胸が痛むレーナだ。
「だから、レーナは私と一緒に、今回の件で多大な影響を受けたシュルベルツ領主館へ帰って、事の顛末を報告しなければならないんだ」
言いながらエドヴィンが、アルルクの腕の中のレーナの腕を取って、そっと彼女を地面に下ろす。だが、連れて行くとの意思も明確に、腕は掴んだままだ。
「大おばあ様へ、約束通りの花束も無事届けることが出来たし、これでようやく帰れるな。レーナ」
強い意思を感じる微笑みに、流されるまま首を縦に振りそうになったレーナだが「待てよ?」と、その場に踏ん張る。
「届けるのが目的じゃないよね。だって精霊姫が、まだ……」
荒ぶってる? 傷付いてる? 何と言ったものかと言葉を濁したレーナの視線の先では、精霊姫がシクシクと泣き続けている。
ぽちゃ ぽちゃ ぱちゃ
水滴が水面を叩く軽い音が、レーナの耳朶を打つ。
(何、この音? なんでこんな音がするの?)
引っ掛かりをうまく言葉に出来ないまま、異音の元を探せば、精霊姫の座り込んだ場所に小さな水溜りが出来ていた。




