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第49話 【攻略対象 辺境伯令息】ネリネの花束の想い出




 精霊姫の記憶の中。




 ――いや、玲於奈のプレイしたゲーム『虹の彼方のダンテフォール ~堕ちる神と滅びる世界で、真実の愛が繋げる奇跡~』の、過去シーンのストーリー映像が、記憶の中で再生される。


 彼女の目の前にいるエドヴィンによく似た「彼」は明るく笑っていた。


 金茶の髪の青年――初代ドリアーデ辺境伯となる「彼」が、まだ生まれたばかりで奮うべき力を制御できずにいた精霊姫(ドライアド)に出会い、迫害する人間から助け、彼女を魔力の糧として狙う魔族から救っていた。


 そして、精霊姫は青年を介し、土地の人々と心を通じ合わせて守り神の如く崇められる様になる。彼らからの信頼と信仰心は、さらなる力を精霊姫に与えた。


 彼女の奮う力は、瞬く間にどんな人間の魔術師よりも強くなり、彼女の影響を受けた木立の美しい林は見る間に森となり、森林となり、果ては樹海にまで発展する。人と近しくなったにも拘らず、彼らを助け、彼らに想われることで増す力は、彼女の気持ちとは裏腹に、人々と彼女との物理的な距離を遠ざけてしまう。


 心優しかった彼女は、親愛の情とは相反して起こる隔絶の現実に嘆き悲しんだ。


 そんな彼女に寄り添ったのは、やはり「彼」だった。




 樹海を乗り越え、彼女を(まつ)(ほこら)へと足しげく通う金茶の髪の領主が、緑に波打つ髪の美女にネリネの花束を差し出す。


『受け取れません。あたしと貴方では生きる時間が違いすぎます』


 求婚の意図を理解した精霊姫は、何度目か分からない断りの言葉を口にする。だが、真摯な瞳を彼女に向けた領主は、今回ばかりは簡単には引き下がらなかった。


 出逢って間もない頃、彼女が傍に咲くネリネの花を「一番好き」だと言っていたことを覚えていたのだろう。この日の彼は、初めて大きなネリネの花束を手にしていた。そして「この花に負けない、あなたの一番になりたい」とも。


 そして彼女の前に跪くと、恭しく花束を捧げる。


「あなたを愛する私の想いは、無くなることはありません。例え私の肉体が喪われたとしても、あなたの中に遺り続ける。違いますか?」


 ズルい言い方だと精霊姫は理解していた。だが既にその時、彼女の気持ちは彼に強く惹かれていたし、彼も彼女への想いを隠すことは無かったから、必要なのは(ささ)やかなきっかけ(・・・・)だけだった。


 だから、その時彼が手にしていた花束を目にしたのは、ほんの偶然。その流れでの思い付きだったのだろう。


「このネリネの花が――そうだ、この花があなたと共にあることで、私の想いを実感できるよう、後世に渉って民に伝えましょう。あなたへネリネの花束が捧げられるようネリネの花言葉になぞらえて、私たちの『幸せな思い出』を伝え、叶うなら私が生まれ変わりあなたと『また会う日を楽しみに』しているとの願いが遺り続けるように」


 細やかなきっかけを期待しての言葉――忘れない様に、そういうものだと習慣づけられるほどに、後世に渉って遺そうとの誓いだった。


 領主として力を持ち始めた彼の言葉は、彼女を説得するだけの力を持っていた。いや、ほんの小さなきっかけとしての役割を果たした。


 けれど残ったのは「精霊姫とネリネの花を共に表わすべし」との意匠に関わる意識だけだった。


 彼女の愛と共に年々深くなる樹海の拡張と共に、祠への道のりは険しくなり、彼女を祀る祠にネリネを手向けに行く風習だけが廃れてしまったのだ――。





 そして数百年を経て、涙に暮れる彼女の前に現れたのが「彼」と生き写しの「ネリネの花束」を持ったエドヴィンだった。

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