第46話 【攻略対象 辺境伯令息】渡さない
ダンテフォールでは現実として、力を付けた精霊のような存在による神隠しが可能らしい。神自身からの申告だ、間違いはない。
この世は、なかなか厄介なものなのだと改めて認識したレーナは、自然、眉間に皺を寄せた顰め面しい表情となっていた。
「レーナ? もしや攫われてしまった私の不甲斐なさに怒っているのか……」
「へ?」
祠から飛び出して、流れるようにレーナの両手を取ったエドヴィンが、彼女の目の前でエメラルド色の瞳を不安げに揺らしている。レーナより身長も高く伸びてずっと男らしくなったはずの彼が、何故かか弱げに見えてレーナは狼狽える。
――とは言うものの、それはエドヴィンが計算しつくした仕草で、彼女にそう錯覚させているだけなのだが、レーナはそうとは気付かない。
「ごっ……ごめんなさい! 心細かったんだよね。エドの姿見て安心したから、別の考え事しちゃってた! ほんと、ごめん」
慌てて取り繕うレーナだが、エドヴィンにしてみれば、もっとしっかり心配して欲しかったのだから残念な反応だ。けれど、彼女の注意を自分に向けることが出来たから良しとしておこう……と考え直したところで、鋭く彼の思惑に気付いた者が不満げに声を上げる。
「レーナを危ない目に あわせてんじゃねーよ! ボーッとしてっから さらわれたんだろ。んなの、ジゴーじとく ってやつじゃん!!」
「あーっ! んもぉ、アルルクったら、またそんな乱暴な言葉遣いしちゃって! いつも注意してたのに、まだ治んないの!?」
「へへっ、そだな。レーナはいっつも、おれの話すこと 聞いて、そう注意してくれてたな」
レーナは、エドヴィンに捕まれていた両手をスッと抜き取り、身体ごとアルルクヘ向き直る。一瞬、得意気な表情をしたアルルクと、エドヴィンの視線がカチリとぶつかり合う。スゥと、エメラルド色の瞳を細めたエドヴィンだったが、フワリと柔らかな笑顔を浮かべて見せた。
「レーナ、本当に私のことで心配をかけて悪かった。さぁ、早く私たちの帰りを待つ屋敷へ、一緒に帰ろう」
言いながら、何処かの優雅なパーティー会場へエスコートするように、さっとレーナの片手を取る。
「はぁ? 何いってんの? レーナの帰る場所は、おれたちの プペ村だ」
今度はアルルクが、レーナの空いた片手をグッと引く。
(いや待って!? どーゆー状況、これ!?)
両手に花ならぬ、両手に花も恥じらう乙女ゲームの攻略対象とは、平凡村娘に何が起こったと首をかしげるレーナだ。ゲーム開始までまだ間があるにしても、断じてモブが立って良いポジションではない。こんな状況は、平穏なリュザス探しの旅出立への障害にしかならないだろう。誤りは正さなければ――と焦りながら口を開く。
「ちょっ……! あなたたち、何か間違って――」
『渡さない』
レーナの言葉を遮って、女の声が響いた。




