第45話 【攻略対象 辺境伯令息】信心は至高の力の源
「それにっ、危ないだろ! なにやってんだよ レーナ!!」
文句を言い始めたアルルクは、それまで溜め込んでいたモノが一気に溢れ出す。
「おれが間に合わなかったら けが してたかもしんねーんだぞ! せっかくレーナのために、強くなったのに! 何かあった 後だったらって……。心配で、心配で ひっしに 飛んで来たんだぞ!!」
「えーと、その節はどうもありがとう?」
途切れない元鼻垂れ坊主からのお小言に、いたたまれなくなったレーナは、ついおざなりに謝ってしまう。
すると、適当なところで話を終わらせたい彼女の思惑を、的確に捉えた幼馴染みの少年は、キッと視線を強める。
「こんなもんのために、レーナが けが すんのなんて、許さないからなっ!!」
怒気も顕に、アルルクは祠の扉を右の拳で強く叩いた。
ズズ……
――と、重い物を引き摺る掠れた音がして、祠の黄金の扉が僅かに傾く。
「あ」
あれだけ押しても引いても開かなかった扉が動いたことで、ポカンと口を開けたレーナは、けれどそのまま更に大きく口を開くことになった。
ズズズ……ズズンッ
優美なアーチを描いた観音開きの扉は、本来開くであろう中央からではなく、蝶番のあるところから外れて、手前に倒れ掛かって来たのだ。人の出入りを想定した軽い扉ではなく、森のオーブを納めた祠を護るために付けられた扉だ。堅牢でずっしりとした重みのある作りだから、倒れ掛かられては堪ったものではない。
レーナとアルルクが、さっと身を逸らすと、大きな左扉はそのまま足元の湿った土の上にべシャリと倒れ込んだ。と同時に、扉の外れた開口部を薄氷のように覆っていた、エメラルド色に輝く膜が、パキンと硬質な音を立てて弾け飛ぶ。
「今の、何!?」
扉だけでなく、何かとんでもないものを壊してしまった気がする。だからレーナは膜の消えた場所から、何も見通せない暗がりに沈んだ祠の中を、恐る恐る覗き込んだ。
途端に祠の中から強風が吹き出し、目を凝らして奥を窺がっていた2人は「わっ」と短い叫び声を上げて、目を閉じる。
「レーナ!」
その時、中から探していた相手の声が聞こえた。と同時に、まるで人の気配の無かった祠から、忽然と現れた姿に、レーナは目を見張る。
見えなかったものが突如として認識できる様になった事実から推察するに、壊れたあのエメラルド色の膜は、祠を外界から遮断する結界のようなものだったのだろう。
(なんて念入りに監禁してるのよ。ほんと執着心が強すぎる困った絶叫姫よね……)
不安の強張りと安堵の入り交じった表情で、扉の外れた空間から抜け出てきたのはエドヴィンだ。レーナはと言えば、彼を見付けられた喜びよりも、精霊姫への呆れが勝って大きく溜息を吐く。その様子を観察していたようなタイミングで、再びリュザスの声が響いた。
―― この土地を護り続ける彼女は、大きな力を得ているからね。土地の人たちの信仰心と、彼女の子孫らを守護する気持ちがうまく相乗効果をもたらしたってわけだ。言うなれば、神に近い性質ってところかな ――
(子孫繁栄を願ってシュルベルツに力を貸すうちに、神様じみた力を持った……と。すごいわね。力の奮い方は、おかしいけど)
思い遣りと努力の成果が、拉致監禁とはいただけない。
―― 信心は神の至高の力の源だからね ――
自嘲気味な苦々しい口調に、レーナはおや、と首をかしげる。
―― 神は力を持つし、気まぐれだ。何年も見なかった神隠しにあった人間が、ある日ひょっこり現れるなんて話を聞いたことあるかい? ――
玲於奈の世界では都市伝説としてそんな話も伝えられてはいる。だがダンテフォールでは、事実として可能だということだ。笑えない話だと、レーナは顔を顰めた。




