第29話 【攻略対象 辺境伯令息】残念な若き攻略対象
今回は、無理に耐えずにすぐさま撤退を決めたお陰で、気は失わなかった。けれど、同行した10人の領兵たちも皆、精霊姫の声を聞いてしまい、体調を悪くしてしまった。
今は、領主館に隣接する領兵詰所内に設けられた医局の一室で、医師の診察を受ける羽目になっている。
「もぉぉっ! なんであの絶叫姫は、あんなに喚き続けられるのよっ! なにが不満だっての!? なんでわたしにばっかり聞かせるの?」
「今回は、足を運んだ者全員が聞いている。以前なら、私とレーナにだけ聞かせていたが、皆に聞かせるとは……。道理で、噂ではなく被害報告として上がってくるわけだ」
状況は以前より悪化し、号泣攻撃は樹海へ入る者全てに向けられるようになっていた。問答無用で悲嘆の絶叫を聞かせてくる精霊姫の無差別攻撃に打つ手なしだ。
「しかもこちらの話を聞く耳もたんどころか、攻撃めいた絶叫をひたすら響かせてくるお陰で、精霊姫が何を訴えているのかまるで分らん!」
エドヴィンは苛立たし気に握った拳で自身の膝を叩く。喚き立てるレーナに押されているが、彼なりに憤慨はしているのだ。
そばで診察を待っていた同行者らも、暗い面持ちで押し黙る。今回の接触で、話し合いや、精霊姫の要求を聞くといった、意思疏通を必要とする解決方法は絶望的だと、同行した誰もが理解していた。
「ご子息様も、レーナ様も落ち着いて! 診察しますから!!」と、医師が2人を宥めようとするが、身体に異常が無いことは明らかな騒ぎっぷりだ。
「問題ない。不本意ながら1年前と同様に、絶叫の喧しさにやられただけだ」
「ほんっと、精霊姫って言っても、ヒトの女の人と変わりないのね。いつまでも約束を忘れた、裏切者なんてヒステリーを起こし続けるなんて! 勘弁して欲しいわっ」
「本当に、あれを聞くと女性の扱いの難しさを実感させられるな」
エドヴィンが、深いため息をついて険しく顔を歪める。彼は、レーナの前で随分と人間らしい表情を見せることが増えた。取っつきやすくなった反面、貴族としての彼を心配してしまうのは、中身お姉さんのレーナとしては仕方がない。
(人形めいた美形は気持ち悪いけど、苦悩する美形は眼福ね。成長して、この表情をもっと自在に使えるようになったりしたら……)
ふと、満面の笑顔で花束を差し出すエドヴィンを想像して――。
ブルルッと身ぶるいするレーナに、エドヴィンが怪訝な表情を向ける。
「何を考えたんだ?」
「エドヴィンが、笑顔で花を差し出してきたところを想像したのよ」
「そっ……それはっ」
何だか頬を赤らめるエドヴィンの反応は、恥ずかしい場面を想像するなと云う怒りだろうか。レーナはそう判断して、すかさず誤解を解く言葉を重ねる。
「破壊力が凄すぎてゾッとしたわ。想像だけでもキラキラし過ぎていて、同じ人間とは思えない、別次元の存在感が増して、ひたすら怖くてゾワゾワしたもの……。なんか勝手に変な想像して御免なさい」
謝ると、エドヴィンが一瞬能面の様に無表情になった。けれどすぐに「いや、それでこそレーナだ!」などと力強く呟いてにっこりと微笑み掛けてくる。
「分かった。近いうちに試してみよう。レーナの気持ちが想像通りかどうか。私も頑張って見せよう」
「はぁ!? 意味が分からないわ。わたしで試さなくても、エドなら花1本も贈れば大抵の女の子は、どきんとしちゃうから大丈夫よ。わたしの反応は気にしないで良いわ」
フォローしたつもりのレーナの言葉に、エドヴィンが再び無表情になったのだが……。レーナは、静かに傷付くエドヴィンの内心など露知らず、なんでそんなに自信がないのかしらと首を捻っただけだった。
直接の対話が不可能だと悟ったレーナとエドヴィンは、別の解決方法を探さなければならなくなった。
そこでまず思い当たったのは、レーナが告白していた傍観者として眺めた遊戯での内容だ。遊戯の中で、精霊姫の試練を攻略した方法を試せないか――と、エドヴィンが提案したのだ。
「あー。無理ね。全然状況が違うもの。樹海の奥に囚われている精霊姫を、邪魔する魔族や、隣国の間者を倒して救い出せば良いだけだったのよ。彼女は滅茶苦茶広い湖の中に大人しく立ってるだけで、今みたいに攻撃してくるわけじゃなかったし」
「攻撃じゃなく、号泣だがな」
エドヴィンのひとことで、現実とのギャップを改めて思い返し、遠い目になるレーナだ。しみじみと、美しかったゲーム画面を思い起こせば溜息が出る。
「綺麗なスチル――絵画だったわ。彼女は、森のオーブが祀られた祠に囚われているの。けどそこに聖女と攻略対象が辿り着いた時、祠は既に湖の底に沈んでいて、助けが間に合わなかったことを詫びながら花束を投げ込むの。そしたら、なんと精霊姫が湖の上にすっと現れてね!!」
「気の毒に、日を於いたせいで浮かんだんだな」
お悔やみを言い出しそうなエドヴィンに、レーナは「ちがーーう!」と突っ込む。
「精霊がそんな人の常識に囚われるわけないじゃない! 生きた状態、立った状態で、笑顔で現れたの!」
変なところで現実的過ぎて、ロマンスの片鱗もまだ見えない若き攻略対象。その残念さににレーナは、今度は「はぁーー」と重い溜息を吐いたのだった。




