第25話 【攻略対象 辺境伯令息】美形の破壊力に屈服し白状する
髪飾りが、妄念に似たオドロオドロしい魔力に覆われている。
ドリアーデ辺境伯の指摘に、それまで特に何も感じていなかったレーナだったが、途端に背筋に悪寒が走った――気がした。
「え!? やだ、ナニそれ! 取って、取って!!」
レーナが、ぱぱぱっと両手で頭を払う仕草をするけれど、髪飾りが手に触れることは無い。何も無い様に、手をすり抜けてしまうのだ。焦るレーナに「俺が取ってやる」と父が手を伸ばすけれど、やっぱり触れることが出来ないようで、顔を真っ赤にして悔しがっている。
「なんてことだ!! 俺の可愛すぎるレーナに悪い虫がついたぁぁぁぁ!!!」
父の絶叫が響く中、隣でエドヴィンが「虫って、どっちの意味の虫だ?」なんてぶつぶつ呟いている。どう云うことだろうと、窓に映る自分の姿を見たレーナはドキンと心臓が跳ね上がった。
(これって精霊姫の樹海で付けられた「大ヒント」の虹色の蝶ーーーー!! 妄念!? いやいや、最推しへの愛なら分かるけど、なんでーーー!?)
あまりにも付けている感覚の無い髪飾りに、すっかりその存在を忘れていたレーナだ。それにしても、飾りを彩る「虹色」から連想される相手と言えば、最推しのリュザスしか浮かばないレーナだ。だからこそ何故それが妄念を纏っているなどと判断されるのか意味が分からない。
「やっぱ、これは取っちゃダメ! 大事なものだから!!」
「「「はぁ?」」」
急に態度を180度変えたレーナに、男3人が困惑の声を上げる。けれど、今回のレーナの迷子&妖精姫騒ぎに責任を感じているエドヴィンが逸早く立ち直る。
「触れなくて、強力で恐ろしい魔力がこびりついてる装飾品なんて……。そんな呪われたアイテムみたいなものは、すぐに取った方がいい! 精霊姫の樹海からくっ付いて来たんなら、あの絶叫姫が何か悪いことをしているのかも知れん!!」
青年(リュザス・仮)の言葉を聞いていない彼の、もっともな言い分だ。
「精霊姫じゃないかもしれないとか……」
「何年、何百年……いいや、もっと永い間泣き喚いていた精霊姫以外、誰がそんな妄念を持つほど執着するっていうんだ! 絶叫姫に決まってるから!」
取った方が良い、と手を伸ばすエドヴィンと、そうだそうだと、同調して取ろうとする父。その4本の手から必死に頭を護っていると、ただ一人静かに眺めていたドリアーデ辺境伯が、「ほほぅ?」と目を半月型にして愉しげに呟く。途端にレーナは寒気が背筋を這い上がってぶるりと震えた。
「お主、何か隠しているな? その蝶に心当たりがあると見える。 それに精霊姫を呼び出して騒ぎを起こしたとか……? レーナ嬢よ、お主、前にも言っていたなぁ? 精霊姫の力とかなんとかと」
「父上には粗方話したぞ。精霊姫の樹海でのこと。あそこでは、これまで一度も今回のような騒ぎは無かったんだ」
整った容姿の親子が揃って、人外じみた美しい顔に油断ならない笑顔を乗せて見詰めて来る。目を逸らすことを許さない様子は、完全に顔面凶器だ。直撃をくらったレーナは勿論のこと、隣の父も顔を引き攣らせる。
「えーと、わたし、何かおかしいこと イイマシタッケ?」
ドキドキと緊張感と恐怖心が共存する、得体の知れない美形の破壊力を実感しながら、レーナは何とか言葉を発してみる。が、容赦ないエドヴィンの言葉が続く。
「最初に助けを求めて叫んだあの一言で、アイツが出て来たんだぞ。私たちをアイツの子孫だって言ったな。なぜ知っている? 忘れたとは言わせんぞ」
いや、忘れてない。確かにしっかり言った『妖精姫さぁぁーーーーん!! 聞こえてる!? あなたの子孫が大変なの、もし動けたら助けてくれませんかぁぁぁーーーー?』と。
盛大なやらかしに、たった今気付いたレーナだ。
「我は樹海でのやり取りは知らんが、我に向かってやたら妖精姫を繰り返すお主の言葉と、容易く使って見せる治癒の魔力は確認済みだからのぉ? さて、これだけ揃っては言い逃れは出来まい」
にっこりと、浮かべられる美麗な笑顔は凶悪だ。レーナは超絶美形の圧に慄いたが、隣の父はそれに加え、レーナが隠そうとしていた初耳の数々への驚きも加わって大口を開けたまま、顔色を白くしていた。
「我が家系の秘密を知り、聖女になることも出来る力を隠そうとする、お主は何者だ?」
今度こそ、誤魔化し様の無い状況に追い込まれた――と、レーナは観念した。




