第16話 【攻略対象 辺境伯令息】女たらしの素養
一夜明けて。レーナは、朝からエドヴィンに連れられ、ちゃんと地面を走る馬車に乗ってシュルベルツ領観光に出掛けている。
馬車内は、大人3人が並んでも余裕がある広々とした椅子が対面で設えられていて、辺境伯の権威と財力を示すとても豪華な仕様だ。なのにその馬車内では、レーナとエドヴィンが隣り合って腰を下ろし、ロマンスグレーの執事が対面に一人、空気の様に気配を消して静かに座っている。
子供2人が、ちんまりくっ付いて座るのならこんな広さ無駄でしかない。だから「もっと離れて広々使ったらどうかな」と、至極当然の提案をしたレーナだったが、エドヴィンはこの座り位置をどうしても譲らなかった。
(攻略対象は小さいうちから、女たらしの素養があるのかもしれないわねー)
呆れつつ眉間に皺を寄せたレーナに、エドヴィンは嬉し気だ。
「今日は父上から障壁の外へ出かける許可も頂いたんだ! お前にどうしても見せたいものがあるから、楽しみにしておけよ」
レーナがテンションの高いエドヴィンの声に釣られ、馬車の小窓から外を覗けば、丁度大きな門を潜るところだった。
空からやって来ては気付き様もなかったが、ここ辺境伯領シュルベルツの中央都市は迫る峻嶺だけでなく高い障壁にも囲まれた要塞都市なのだ。その光景に、レーナはシュルベルツ領が、平穏な土地ではないことを思い出していた。
(こんな大きな壁で守られた町だったのにね……)
今は平静を保っている隣国との関係は、いつまでも続くわけではない。そのことを、ゲームで見て来たレーナは知っている。この街は、6年後、ゲームのエンディングを迎える時に滅亡か、繁栄の大きな分岐を迎えるのだ。
それはもちろん、聖女と辺境伯令息エドヴィン・ドリアーデとの恋の行方、そしてこの地方に起こる『試練』の攻略度合いによるものだ。
「見ろ、レーナ! 山が近くに見えると、じきに天気が崩れるが、今は青く美しい頂が見えている。今日は好天に恵まれるぞ、幸先が良いな」
山で天候を知るとは、さすが妖精姫に見初められた先祖を持つほどには、地域に根差した一族だ――と、レーナは感心する。
ゲームの画面で見たエドヴィンは、3年先の姿だっただけでなく、お色気担当の攻略対象だったため、妖艶で浮世離れした雰囲気の麗人だった。だからレーナは、こんな人外の美貌に闊達な笑顔を浮かべて、地面に足の着いた蘊蓄を語る彼の姿など意外でしかなかった。
(年相応に、こんな風に笑ったり、感情を出してくれたらまだ良いのよね。そしたら、綺麗で不気味な蝋人形みたいに、気持ち悪く感じることなんて無いのにねぇ)
ついつい、そんなことを考えながら彼を見遣れば、かちりと視線が合う。途端にエドヴィンは澄ました決め顔を作るから、レーナも自然と鼻頭に皺が寄る。
「あははは! ほんっとに、お前はおかしな奴だな。綺麗なものが苦手なのか?」
「綺麗なものは好きよ。けど作りものみたいなのは生きてる感じがしなくて、整っていても生理的に無理なのよね。あなたの作った表情も苦手ね」
自分で決め顔を綺麗だと分かって作るなんて、どれだけ子供のうちからあざといんだろうと、ますます呆れてしまうレーナだ。けれどエドヴィンが「だったらどうしろって言うのさ」と、しょんぼり唇を尖らせて俯き、両肩を落とす様子を見れば、中身年齢年上の彼女は罪悪感に苛まれてしまう。
「綺麗すぎるのが問題なのかも。こうして引っ張ってみれば?」
言いながら、レーナが自分のほっぺたを左右から両手で摘まんで、外へ向けてグイと引っ張れば、エドヴィンは呆気にとられ、次いで大笑いし始めた。
(年相応の子供らしいところは、普通にかわいいんだけどねー。貴族だからもっと小さい頃から、表情を作る教育でもされてるのかな? それとも……もしかしたらゲームの仕様のせい?)
ふと思いついたレーナが考えを巡らせれば、確かにゲームでの攻略対象と云う立ち位置の影響がある気がした。




