第13話 【攻略対象 辺境伯令息】美貌の一族の秘密を知っているのはナイショ・なのに
辺境伯の声を遮るべく、とにかく喚いたレーナは焦りながら思案する。
(いやホントやめてよね!? 大々的に怪我を治したことを広められたら、聖なる復活の力を持つ「聖女」に祀り上げられかねないからっ。そんなのゴメンよ! それに、わたしのは、とんでもない合体をさせちゃう困った力なんだから!)
ゲームの設定でいえば、この世界には今、本当の意味での「聖女」が存在していない。だから、聖女は高貴な女性の箔付け名誉職として扱われている。王家の妃殿下や姫、公爵や侯爵家のやんごとなきご令嬢が順番待ちをして就いているのだ。
(そんなところに何の後ろ楯もない平民娘が、さらに微妙な修繕能力を持ってるからって、のこのこ出て行ったら絶対ダメでしょ!? お偉いさんの中に、横入りして邪魔者扱いしかされないのが目に浮かぶし、下手したら順番保持のために消されるんじゃない!? そんなことになったらリュザス様探しだって出来なっちゃうんだから)
最悪の事態を想像して、さっと顔を青ざめさせたレーナに「そこで、だ」とドリアーデ辺境伯が話を続ける。
「『王国の盾』と名高いシュルベルツ領主である、我の庇護を受けるのはどうだい? という話になるわけだ。見どころの有る童を先物買いし、後見人となって然るべく学びを与える。我の眼が確かなら、おぬしが長じて能力を開花させて、我が手腕を宣布する種となる。いや、投資した以上の利が見込めるわけだ」
どうやら、ドリアーデ辺境伯がレーナを捕まえてまでしたかったのはこの話らしい。人攫いじみたやり方は気に入らないレーナだったが、自分にも利があるからとストレートに言ってしまうあたり、彼は悪人ではないとも思えた。
「勝手な事ほざいてんじゃねぇぇぇーっ!! どこの親が、攫おうとした奴のところに可愛い娘を差し出すってんだ! おととい来やがれ!」
警邏隊長の手を払い除けた父が、声だけで噛み付く。いまだ飛び出しかねない勢いの父を警戒した、警邏隊長が抱え込んでくれているお陰だ。言葉だけで手が出ていないことにホッとしつつ、レーナは頭を巡らせる。
(ドリアーデ辺境伯は、わたしが離れたところで動いてるところを見ただけなのに分かっちゃったんだよね? なんで? ゲームにそんな特技なんて出て来てないよね!?)
「もしかして精霊姫の力……」
「おい」
ぶつぶつと独り言を呟きながら思考の海に沈んでいたレーナを、地を這う声が呼び戻す。
「へ?」
誰? とレーナが視線を巡らせれば、先程まで胡散臭い笑みを崩すことのなかったドリアーデ辺境伯が、険しい表情で彼女を睨んでいる。
「それは王族と我が直系だけが知るものだがのぉ?」
よくよく話を聞いてみねばならなくなったな、と恐ろしい台詞が続いている。ひゅ、と細く息を吸い込んだレーナが救いを求めて父を見上げれば「任せておけ」とばかりに眉を吊り上げた不敵な笑みが帰って来た。
(ダメだ、お父さんに頼ったら実力行使に出ちゃうよぉ……。平民が貴族に暴力を振るったりしたら、絶対に、おっそろしい罰があるでしょ!?)
だからと言って、警邏隊長も頼りにはならないだろう。辺境伯の凄みの有る表情に、これまで以上に狼狽え具合が増して、立っているのが不思議なくらい真っ白い顔な上に、よく分からない汗をかいている。
(自分で切り抜けるしかない!)
覚悟を決めて、レーナはドリアーデ辺境伯に真っすぐ向き合った。
「先日の魔物の一件で、アルルクに救われた『ただの村娘』をご存じでしょうか? わたしがソレです。死を身近に感じる危機に襲われた時に思わず、リュザス様、大魔導士様、勇者様、精霊姫様、誰でもいいからお助けください! ってお願いしてたんです。それで辺境伯様があまりにも綺麗なので、わたしの願いが届いて昔話で憧れていた美しい精霊姫様が現れたのかなぁーなんて」
大真面目な表情で、大ウソを吐く。
「ふふ。まぁ……よい」
渾身のでまかせが受け入れられたらしい――と思ったら。
「ならば、お望みの精霊姫に出逢えた記念だ。我の居所に招待しようか。父御も一緒に来るとよかろう」
結局、相手の目論見通りに話を押し切られた気がするのは、レーナの気のせいだろうか。




