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第11話 【攻略対象 辺境伯令息】出会いは突然に


 ようやく一人になったレーナは、多数設置されている訓練器具……には目もくれず、ひたすらストレッチ運動にスクワット、腕立て伏せ、地面に梯子模様を描いてのラダートレーニングをこなし、広い施設外周をぴょこぴょこ走り出す。羽角(はずみ) 玲緒奈(れおな)の記憶から引っ張り出した子供の定番トレーニングだったのだけれど、その場に居合わせた者たちは不可思議な動きの連続に目を見張った。


 訓練施設の平坦な外周を1人黙々と走り、ダッシュし、また走る。そんな少女が目を引くのは当然だったし、ましてやレーナは父の溺愛ぶりも納得な黒髪黒目の庇護欲そそる美少女なのだ。その姿は、警邏隊施設にも役目上頻繁に出入りするようになっていた、王都から派遣された兵士たちの眼にも興味深く映った。


「へぇ? なんだい、あの面妖な動きをする子供は。お前、ちょっと行って調べておくれ」


「はっ」


 レーナの父の危惧通り、緑色の滑らかな長髪を、頭の高い位置で一括りにして腰まで垂らした身形の良い兵士が、彼女に興味を示した。鷹揚に部下に命じる姿は、高慢そのものなのだけれど、告げられた兵士は当然の務めとばかりに速やかに仕事に移る。駆けるレーナを追い掛け、背後に回り込んで猫の子を捕まえるように首根っこを引っ掴んで持ち上げたのだ。


「ちょっ!? 変態! 幼女趣味!! 危険人物!! 放しなさいよぉぉぉっ!!!」


「うるさい!! 我が主が興味を示されているのだ! これはお前の身に余る光栄なことなのだぞ!?」


 両手足をジタバタさせながら、大声で喚くレーナを、兵士は尚も強引に運ぼうとする。「変態! 人さらいー!!」などと不穏な言葉をわめき続けるレーナのお陰で、2人は周囲の視線をすっかり集めているが、居合わせた兵士たちは困った表情を見せるだけで止めに行こうとはしない。


 ばんっ


 そんな中、警邏隊事務所棟の扉がけたたましい音を立てて開け放たれ、中から鬼の形相の男が弾丸の勢いで飛び出してきた。


「ごぅるらぁぁぁ!!!」


 咆哮に似た怒声を上げ、レーナを持ち上げた男に躊躇なく体当たりを食らわせたのは、言わずと知れた彼女の父だ。


 鍛え上げていたはずの兵士は、僅かの抵抗も出来ずに、父の突撃を受けた逆側――真横に吹き飛ぶ。もちろん、ひっつかまえられたままのレーナも一緒に。


「レェェェ――――ィ ナァァァァ――――ッッッ!!!」


 父の悲痛な叫びが、隣接する家々にまで響き渡った。









「この度は、不慮の事故とはいえ誠に申し訳なく……」


 父が、眉間に深く皺を刻み、こめかみに青筋を立てて、下唇を血が滲むくらいギリリと噛み締めつつも謝罪の言葉を絞り出す。ふるふると小刻みに震えながら僅かに頭を下げはするが、いっそ清々しいほど不本意を隠しきれていない。


 急遽設けられた謝罪の場ではあったけれど、目的は全く果たせてはいなかった。


 警邏隊事務所の、滅多に使われない応接区画。そこには長方形の質素なローテーブルが置かれており、長辺に2脚づつ簡素な木製椅子が並べられている。部屋の隅に、業務日報や報告書などの書類の山が出来ているのは、このローテーブルに置かれていたものを慌てて移動させたからだ。今は、扉から遠い側に王都から派遣された兵士2人が並んで座っている。緑髪の身形の良い兵士と、レーナを掴み上げた兵士だ。その向かいには、謝罪する側として父と警邏隊長が立ち、レーナも父の隣に付き添っている。


 兵士への父が起こした衝突事故は、吹き飛ばされた兵士が気を失い、集まった警邏隊員や、トレーニングに訪れていた老人らによってレーナが保護されて、一応の収束を見せた。しかし問題が残った。兵士にレーナの確保を命じたのが、魔族出現の危機に合わせて、村に駐留していた辺境伯騎士団に属する貴族だったのだ。助けに来てくれた貴族に損害を与えたとあっては、吹けば飛ぶような小さなプペ村がどうなるか分かったものではない。よって、プペ村警邏隊責任者である隊長が慌ててこの場を設けたのだが、事態は全く好転することは無かった。


「おいっ! ドリアーデ辺境伯様はこの地域に隣接するシュルベルツ領から、この村防衛のためにわざわざ応援に来てくださったお方だぞっ! ちょっとは敬意を持て!!」


 隊長がすっかり顔色を青くして、父の頭を力任せに押し下げる。……いや、下げようとするが、父の頭は下がらない。どころかまだ相手を呪い殺さんばかりの鋭い視線を向けつつ「よくも俺の可愛い、可愛すぎる、目に入るなら入れてしまいたいレーナによくもぉぉぉ」などとブツブツ呟いている。安定の娘を溺愛しすぎる困った父ではあるが、隊長はとんでもないことを言っていた。


(え!? 辺境伯お抱えの騎士とか兵士じゃなくて、まさかトップの辺境伯本人!? 父さんったら勘弁してー!!)


 思わず父の頭を押さえつけたレーナだった。

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