第31話【エルの心】
「……う……ん……」
あれ……私……あれからどうしたんだっけ……
意識が朦朧とする中、 エルはトルムティアギルドの病室で目が覚めた。
「エル姉さん! 目が覚めたんだな! 旦那、 旦那~! 」
エルのすぐ側にはディアがおり、 エルが目覚めたのを確認するとシュラスを呼びに行った。
そうだ……私……あの時、 あのまま……
段々記憶を取り戻していくエルの元にシュラスがディアに連れられて現れた。
「エル……調子はどうだ」
シュラスは珍しく心配している様子だった。
「はい……私は何とも……」
「そうか……」
「……あの……シュラスさん……私……」
エルが話そうとするとシュラスは止め、 ディアに言った。
「ディア……済まないがここは二人にしてもらえないか……? 」
「……分かった……広間で待ってるからな……」
ディアも察したのか、 大人しく病室を後にした。
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部屋で二人きりになった瞬間、 二人は中々話し出せずにいた。
するとエルは意を決して口を開く。
「……シュラスさん……けがは……」
「……俺は何ともない……あの程度の攻撃なら服が損傷する程度だ……」
「そう……ですか……相変わらずの頑丈さですね……」
違う……そんな何気ない会話をするために二人っきりになったんじゃない……もっと違う事を話すべきなのに……
「……エル……慌てなくていい……話したければ構わず話せ……それでお前を嫌う俺ではない……」
その言葉を聞いて少し安心したエルは話し始める。
「……私……幼い頃……家族に捨てられたんです……何もかもを氷にしてしまう力に加え、 金属すらも灰にする力を持つ私を……魔王の生まれ変わりだって……」
「……」
「両親も最初は私を愛してくれていました……でも……私が成長するにしたがって力も増していき……制御が利かなくなった途端……」
エルは生まれ持った自分の力に恐怖を抱いていた。
制御できずに、 誰かを傷つけてしまうのではないかと……
そんな彼女の唯一心の支えになっていたのは両親だった……
しかし……そんな両親も……彼女の力が日に日に強くなるにしたがって恐れ……いつしか彼女を突き離すようになった……
「全部無駄だったんです……どれだけ私が寄り添う場所を見つけようとしても……皆逃げていく……私はずっと泣いてました……『誰か私を救って』って……」
そして結果的に彼女は自分の故郷を自ら去ったのだ……
「誰も助けてくれない……そう思ってさ迷っている時でした……あの人と出会ったのは……」
「ヴィアレだな……」
エルは静かに頷く。
「でもあの人は『君を救うのは僕ではない』って……いつか導いてくれる人が必ず現れるって……そう言ってあの人は……私にあの杖を持たせてくれました……」
エルがいつも使っていたあの杖……実は武器ではなく、 エルの中にいる力を抑える枷でもあったのだ……
そして今回……エルの激しく揺さぶられた感情によって力が暴発し、 抑えきれなくなった力はその『枷』を破壊し、 溢れ出てしまったのだ。
「あぁ……全て知っていた……お前の過去も……お前が暴走するのを止める事になるのも……俺はお前と出会った時から、 その未来を見ていた……」
「……やっぱり……そうだったんですね……」
妙に落ち着いているエルの態度にシュラスは少し驚く。
「怒らないのか……ずっとお前を騙していたんだぞ……お前の未来を知りながら……俺は何もせず嘘を付いてきた……」
「でも……私とルーミちゃん、 そしてディアちゃんへの優しさは……偽物じゃありません……例えシュラスさん自身は騙しているつもりでも……私達にとっては本物です……現にこうして……私がシュラスさんと話せているのも……シュラスさんが私を捨てずにいてくれたからです……」
「……そうか……そうだな……」
そう言うシュラスにエルは優しく微笑む。
「そうだ、 シュラスさんにも怪物がいるって……あれは本当ですか? 」
ふとエルはシュラスに気になる事を質問する。
すると彼は重い雰囲気で話す。
「……本当だ……俺の中には……恐ろしい『怪物』が宿っている……何もかも……全てを消し去ろうとする……『怪物』が……」
「それがシュラスさんの力の正体なんですか……? 」
シュラスは首を横に振る。
「この力は元からだ……俺は力を持って生まれた……『怪物』の正体は……俺の心のどこかにある『影』だ……」
「心の『影』……」
『影』……その言葉を聞いた瞬間、 彼女の背筋に嫌な感覚が昇る。
「あぁ……その『影』は……いや……『俺』は……唯一の大切なモノを……壊してしまった……」
もしかして……それが……
エルは察する。
シュラスが過去に亡くしたという愛人……その愛人を殺したのはシュラス自身だと……
彼が時折見せる寂しそうな表情は、 その愛する人を思い出していたからだと……
「俺の弱さが招いた結果だった……」
「シュラスさん……」
「……俺はその『影』を討つべく、 長き時を経て旅を続けてきた……俺に足りない『強さ』を求めて……」
そうか……その『影』があの時……シュラスさんが言っていた『邪悪』……
「最初に出会った頃のお前は……俺にとっては目的を邪魔する『妨害』としか考えていなかった……だが……お前と過ごしている内に……何か……俺と同じモノを感じた……」
するとシュラスは着けていたボロボロの仮面を外す。
「……エル、 持って生まれたその力に向き合え……俺のように……大切なモノを……無くさない為にも……」
「……でも……どうすればいいのか……」
「深く考えるな……ただお前は何をしたくて……何になりたいのか……それを望めばいい……」
私は何をしたくて……何になりたいのか……
エルはその答えを導き出せずにいた。
するとシュラスはエルの頭を優しく撫でる。
「ゆっくり探せばいい……心の答えとはすぐには出ないものだ……俺もそうであるように……」
「……はい……」
「……明日はラメリスに逆さ星のアジトを探して貰う……お前はまだ少し休んでいろ……」
話が終った瞬間、 シュラスはいつもの調子でそう言い、 部屋を後にしようとする。
「……」
部屋を出ようとした時、 シュラスはエルに背を向けたまま言った。
「エル……お前は日々強くなっている……力ではなく……その心がだ」
そう言うとシュラスは部屋を出て行った。
……私は……強くなってる……?
エルにはそんな自覚は無かった……しかし……
……シュラスさんがそう言ってくれるなら……きっとそうなんだ……
そう考えたエルは何だか一気に心が軽くなった気がした。
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翌日……
シュラスはディアと共にラメリスの事務所へ向かった。
「いやぁ一時はどうなることかと思ったよぉ! まさかあの夫婦が逆さ星の幹部で、 目が覚めてみれば街が半壊状態……いやぁ参った参った! 」
ラメリスは相変わらずの様子だった。
「何も異常が無いようで良かった……それで、 能力は戻ったのか? 」
「あぁまぁね、 君のお陰で犯人も捕まったし、 本当に助かったよ! 」
あの事態の後、 ラメリスの能力は取り戻され、 吸血鬼事件の犯人はミルドとウィラーナ、 そしてその二人は逆さ星の幹部であることも判明したのだ。
二人の目的はエルの誘拐、 及び魂の回収だった。
事前にエル達の動きを把握していたようで、 国の重要人物であるラメリスの能力を封印することでエル達の協力を仰がせ、 自ら接近させたそうだ。
「確かにあの二人ならエルを捕らえるのも容易だったろうな……だが、 ラメリスの能力と引き換えに交換しろだなんて……奴らは俺を見くびっていたみたいだな……」
「どっちにしろ旦那だけでも問題は無かったって事だろ? 」
「でもシュラス君はエル君のあの暴走を予期していた……だからあえて大人しくしていた……ってところかい? 」
「まぁそんなところだ……」
それを聞いてラメリスはクスッと笑い、 机の上に置いてあった一枚の地図をシュラスに渡した。
「相変わらず冷徹な男だねぇ君は……エル君には話したのかい? 」
「……無論、 話した……だがエル自身も何となく察していたようだ……」
「アッハッハッハ! ! いい仲間じゃないかぁ、 隠し事をしても尚分かり合える関係なんてそう築けるものじゃない」
少しからかい気味にラメリスはそう言うとシュラスは少し動揺しながら早々に事務所を出ようとする。
去り際、 シュラスはラメリスに警告のような事を言い放った。
「……近い内に大災害が起きる……それも世界規模でだ……十分用心しろ」
「……分かったよ、 君がそう言う時は本格的に凄い事が起きるからね……」
そしてシュラス達はラメリスと別れた。
…………
ギルドにて……
体調が落ち着いたエルは二人の帰りを待っていた。
「……あ、 シュラスさん、 ディアちゃん! 」
「エル、 もう体は大丈夫のようだな……」
「本当心配したぜエル姉さん、 何ともないようで安心した! 」
「はい、 心配させてごめんなさい……それで、 次の目的地は決まったんですか? 」
そしてシュラスはラメリスから貰った地図を広げる。
地図にはこれまでの物とは違い、 広範囲かつ鮮明に場所が記されている。
……これ……ラメリスさんの手作りだ……!
魔法も何も使われずに手書きで作られた地図を見たエルは驚く。
「能力が戻った昨晩、 ミルドとウィラーナの所持品からアジトの位置の捜索、 加えて二人の証言から情報を聞き出し……徹夜して描き出してくれたんだ……ラメリスには感謝だな……」
その地図にはトルムティアから更に北の方角にある街にアジトがあると書かれている。
しかし、 その場所から矢印が伸びており、 位置はアルドーラ大陸にある大砂漠の北端を指しているようだった。
「地図によればここから最北端の位置にある街にアジトがあるそうだ……だが、 奴らは幹部二人が捕らえられたのを察し、 アジトの位置を丸ごと移動させると予想されている……」
「では、 次はこの大砂漠に? 」
「いや……あの二人は逆さ星の幹部……嘘を探知する魔道具をすり抜けて俺達をアジトから引き離す為に偽の情報を教える事も造作も無い……一度この街へ行って確かめる必要がある……」
そんな話をしている時、 エルはあることに気付く。
「あれ……ここから北の街って確か……」
「そうだ……お前が行くのを楽しみにしていた街……『魔法都市 エルンソア』だ……」
「え、 じゃあもしかしてこの街に! 」
「幸運だな……あんな事があったんだ……たまには息抜きでもしたらいい」
それを聞いたエルは内心大喜びした。
あんなことがあった後だけど……まさかずっと行きたいと思っていた街に行けるなんて!
「だが、 目的は忘れるな……俺達の目的はルーミの救出、 及び魔神開放の阻止だ」
「は、 はい! 」
「何だか面白そうな場所だってことは分かった! 楽しみだな! 」
するとシュラスは地図をしまい、 二人を連れてギルドを後にした。
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「街へはギルドが用意した馬車で移動する……明日の始発の時間で出発だ、 今日は十分体を休めておけ……」
街を歩きながら三人は明日に向けて準備をすることにした。
……シュラスさん……いつもの調子に戻ってる……でも、 その方が安心する……
いつもと変わりない態度に戻ったシュラスを見たエルはどことなく安心した。
するとシュラスはエルに何枚かの金貨を持たせた。
「……ディアと一緒に物資を調達して来てくれ……俺は俺で少し用がある」
「分かりました、 では宿で」
そして三人は二手に分かれた。
…………
街の商店街にて……
エルとディアは二人で旅の物資を買い出しに来た。
「エル姉さん! ありゃ何だ? ……あっ、 あれも何だ! ? 」
ディアは初めて見る大きな商店街に興奮していた。
「ディアちゃん、 あまり離れると危ないよ! 」
エルはディアに振り回されながらも必要な物資を買っていく。
そしてしばらく追いかけっこをし、 エルはディアに追い付いた。
「はぁ……はぁ……ディアちゃん……もうちょっとゆっくり走ってよぉ……」
「エル姉さんが遅いんだよぉ」
う……まさかこんな自分より幼い子に体力の無さを実感させられるとは……
そんな事を思いながらもエルはディアが覗いている店の方を見る。
その店ではトルムティアでしか売っていないスイーツを作っているという店だった。
「……おやつにしようか」
「……あぁ……私もそう考えてたところだ……」
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スイーツ店にてお菓子を買った二人は街の広場で食べる事にした。
「……ッ……くぅ~~ッ! ! この凍った果物の汁最高だな! 」
「名前は『アイスクリーム』っていうらしいよ、 元は違う地域で開発された牛乳を凍らせる製法から始まったものらしいけど……すり潰した果物と一緒に凍らせる作り方を編み出したのはこの街が最初なんだって」
……このお菓子……ルーミちゃんにも食べさせてあげたいなぁ……シュラスさんが作れたりしないかな……
アイスクリームを食べながらエルはそんな事を考えていると……
「……なぁ……エル姉さん……」
ディアがふと話し掛けた。
「ん……? 」
「私……難しい事はあまり考えられないけど……エル姉さんが今まで辛い思いをしていたっていうのは何となく分かる……」
ディアちゃん……
「もし……もし、 昨日の事で私を巻き込んじまった事を気にするような事があるんならよ……気にしないでくれ……私は現にこうやって元気でやってるんだ、 それだけで充分だ! 」
ディアはディアなりにエルの身を案じていたのだ。
……まさかこんな幼い子供にまで気を遣われるなんて……私はまだまだだなぁ……
単純ではあるが、 エルはディアが自分を心配する様子を見て改めて自分の未熟さを感じた。
するとディアは残っていたアイスクリームを平らげるとベンチから立ち上がり
「さぁ、 明日はバカ姉貴がいるっていうアジトを探すんだ! いつまでも過ぎた事でうじうじなんてしてらんねぇぜ! 」
「……フフッ……そうだね! 」
「さて、 時間はまだあるんだ! 日が暮れるまで遊ぼうぜ! ! 」
……そうだ……いつまでも気にしてても仕方ない……何があってもいつも通り……それが一番だよね……
そして二人は街を駆けて行った。
続く……