第29話【時を視る探偵】(前編)
前回の続き……
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「シュラスさん……本当にこんな所にいるんですか? 」
「大丈夫だ、 信じてついてこい……」
シュラスさんが言う逆さ星のアジトを探せる人物がいるって聞いたけど……本当にこんな場所にいるの……?
エルは不気味な裏路地の雰囲気に怯えながらも奥へ進んでいくと……
「……着いたぞ」
「……え……? 」
裏路地の一番奥に寂れた雰囲気を放つ扉があった。
その扉の側には看板があり、 そこには『ミフェルダ探偵事務所』と書かれている。
その看板を見たエルは驚きの表情を浮かべる。
ミフェルダって……この国で有名な名探偵の名前!
そう、 シュラスが言っていた人物というのはエンタルテ王国で代々名探偵として受け継がれていった一族、 ミフェルダ家の者だったのだ。
そして二人は事務所の中へ入ると……
「……おや、以外に早い到着だったね……」
見渡す限り散らかる本や書類だらけの部屋、 その奥から一人の女性が現れた。
その女性は毛先が白い茶髪といった不思議な髪の色をしており、 瞳は黄金に輝いている。
「……相変わらずの散らかりようだな……ラメリス……」
「あの人が……」
すると女性は一回パイプを吸い、 自己紹介した。
「そこの可愛いお嬢ちゃんは初めましてだね、 私はラメリス・ミフェルダ、 この国随一の名探偵さ……」
「は……初めまして! 」
緊張するエルを見たラメリスはクスクスと笑う。
「そう緊張しなくても大丈夫だよ、 事情はシュラス君からの手紙で事前に知っているよ……お友達が乗っ取られちゃったんだってね」
「は……はい……えっと……私はエルといいます……」
何だろうこの人……声を聞くと何だかふわふわする……
ラメリスの放つ不思議な雰囲気にエルは少し困惑する。
するとシュラスが話し始める。
「話は手紙の通りだが……すぐにでも手伝ってもらう……という訳にもいかなさそうだな……」
「そうなんだよぉシュラス君! つい三日前に国王様から「この街で最近多発している吸血鬼事件を解決してほしい」って依頼が来ちゃってさぁ! 」
そう言いながらラメリスは机の上にある資料を眺めながら話す。
「……あれはそう、 今から一ヶ月近く前の話……この街に……複数人の旅人達が訪問してきた……勿論、 行商人や旅人なんてこの街にいくらでも訪問しては出て行く……何ら変哲の無い事だ……しかし……」
「その旅人達が現れてから事件が発生するようになったのか……」
シュラスがそう言うとラメリスはシュラスを指さし、 熱く語り始める。
「その通り! そしてこの街のギルドはこの事件を解決するべくして動き始める! しかし、 今日まで何も成果が出なかった……せめてもの手掛かりを探す為、 事件発生前に訪れたこの街を訪れた旅人たちを拘束し、 尋問した……そして今現在――! 」
「容疑者として候補に挙がった五人の旅人や行商人がいて、 国王から犯人捜しの依頼を受けたと……」
最後に決め顔で言おうとしたラメリスのセリフをシュラスが取った。
セリフを取られたラメリスは一瞬ずっこける。
「酷いじゃないかぁ……今最後に決めようとしてたのにぃ……」
「御託が長いからだ……さっさと本題を話せ」
「あ……あはは……」
このやり取り……ルーミちゃんと同じ何かを感じる……
気を取り直し、 ラメリスは話を続ける。
「こほん……では本題を話そう……今、 君達はお友達の捜索で私に協力してほしい……しかし私は生憎この通り、 一大事件を解決するべく調査で忙しい……そこでだ! 君達も私の調査に協力してはみないか、 いや、 ここまで来ればもはや協力する以外他は無い! 」
ラメリスは図々しくそう言うとシュラスはため息をつく。
「……時間の無駄だったか、 エル、 行くぞ……」
そう言いシュラスはさっさと帰ろうとした。
「え……でもアジトの場所は……」
「他にも手はある……ラメリスに頼むのが一番楽だと思っただけであって……決して事件解決の手伝いをするためにここへ来たわけではない……」
「は……はぁ……」
そして二人はその場を立ち去ろうとすると
「うわぁぁぁ! ! 悪かったぁ、 悪かったって! でも私だって調査でかれこれ三日もロクに休めていないんだ! 」
ラメリスは泣き目になりながらシュラスに縋り付いてきた。
「……何が言いたい? 」
「どうやら今回の事件は私の能力でも解決が無理みたいで……こんな……事、 初めてで……だから一から自力で調査を進めていたんだが……その……」
ラメリスはもじもじしながら言葉を詰まらせる。
「はっきりと言ったらどうだ……」
するとラメリスは二人に向かって土下座した。
「お願いします! 協力してくれたらお代は要らない……エル君のお友達を探す代わりに、 事件解決に協力してほしいんだ! ! 」
……あぁ……なるほどね……
そこでエルはラメリスが始めから二人の協力を狙っていたのに気付いた。
するとシュラスは深くため息をつくと部屋の方へ戻った。
「始めからそう言えばいいものを……」
「え……じゃあ! 」
「この件が終ったらすぐにでも協力してもらうからな……」
それを聞いたラメリスは表情が一気に明るくなった。
こうしてエルとシュラスは吸血鬼事件の調査に協力する事となった。
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三人は事件の資料を広げたテーブルを囲い、 話をした。
「事件の容疑者候補となった人物はこの資料に書かれている……」
エルとシュラスは事件の資料を眺める。
容疑者候補は五人……行商人のトルティン……そしてそのトルティンのお供でこの街に来た二人の部下、 ワゴーとイレイヌ……二人組の夫婦で旅をしている旅人のミルドとウィラーナ……か……
資料による情報はこうだ。
行商人トルティンは魔道具専門の商売をしており、 トルムティアには自身の店を開くために来たという。
彼は一般人とは違う思想を持つ人物であり、 部下であるワゴーとイレイヌは奴隷商から買い取った魔族という話や、 売っている魔道具の殆どは呪いの類を込められた曰く付きのものばかりだという噂があったりと、 ギルドからは要注意人物として以前から警戒されている。
ワゴーとイレイヌは先程の話の通り、 奴隷としてトルティンに買い取られた魔族の兄妹である。
兄のワゴーと妹のイレイヌは共に大人しい性格であり、 自身たちを買い取ったトルティンからは良くしてもらっているようで、 何不自由なく生活をしている。
そんな待遇の良さからか、 二人はトルティンの仕事には懸命に手伝いをしている。
ちなみに二人はヴァンパイアと人間の間から生まれた者であり血魔族に属する。
夫婦で旅人をしているというミルドとウィラーナは、 二人の出会いの地であるトルムティアに結婚記念日として訪問しに来たという。
しかし、 ギルドの調査によると二人の情報には不明な個所が多々ある。
二人の荷物を確認したところ、 普通の旅人なら持つことなど無いとされる魔法が付与されたダガー、 正体不明の赤い液体が入った瓶がいくつも押収されたりと、 不審物が多く見つかった。
二人の話によればダガーは結婚記念日に買った護身用であり、 正体不明の液体は妻、 ウィラーナの持病用の薬だという。
……うーん……今の所全員怪しいんだよなぁ……行商人に関しては呪いの魔道具を使って何かとやりそうな雰囲気があるし……奴隷の兄妹は血魔族……今回の吸血鬼事件には一番当てはまりそうな感じはある……旅人夫婦の持っているダガーやら赤い液体とかの情報を見る限り、 いかにも犯行に使われそうな雰囲気がある……
エルが考えているとシュラスが話し出す。
「事件の被害者は全員血まみれで殆ど血を抜かれた状態で死亡……体の状態は酷く、 傷跡からの武器の特定は不可能か……現場に犯人の手掛かりになる物は無かったのか? 」
「そこが問題でね……無いんだよ、 何一つ……足跡も犯人が残したとされる物品も……」
「なるほど、 賢いな……」
するとエルはあることが気になった。
「そういえばラメリスさんの能力でも解決できないとか言っていましたけど、 ラメリスさんの能力って……? 」
「私はこの世界にあるさまざまな物の記憶を見ることができるんだよ、 私達ミフェルダ家は代々その能力で事件を解決してきたんだ」
ラメリスの能力は『物の記憶』への干渉、 主に特定の人物が持つ物品があった場所で起きた出来事を見る事ができるといった能力となっている。
そして各国のギルドは何故その能力を持つミフェルダ家を探偵として依頼するのか……それは何かしら不可思議な事件が発生した際、 人の記憶を見る事ができる魔族や魔術師を雇うよりもミフェルダ家に依頼する方が安価だからである。
ミフェルダ家の人間は昔から人助けへの意識が強い傾向にあり、 普通の冒険者よりも安く依頼を引き受けているという……らしい……
「え、 じゃあこの資料にある人達の物品から見ることができるんじゃ……」
エルがそう言うとラメリスは首を横に振る。
「それが随分と恥ずかしい話でねぇ……事件が起きたその日から何故だか物の記憶が見えなくなってしまったんだよぉ……」
「えぇ……」
エルの反応を見てラメリスは慌てる。
「わ、 私は悪くないって! ある日突然だったんだよ本当に! 」
「なるほど……という事はどっちにしろお前は逆さ星のアジトを探すことができなかったという訳か……」
「うっ……その……面目ない……」
……でも、 これもある意味手掛かりになるかも……この事件が発生した途端にラメリスさんの能力が使えなくなるなんて……明らかに犯人がラメリスさんに何かしたとしか思えない……
エルがそう考えているとシュラスは推理し始める。
「まぁそれは置いておくとして……今のラメリスの状態からするに犯人の仕業と見ていいだろう……だとすれば犯人はラメリスの能力を封じる何かを持っているという事……これだけでも犯人はだいぶ絞れるかもな……」
「ふむ……私もそう思って、 先日トルティンの店を調査してみたんだ……結果何も見つからなかったけど……」
ラメリスがそう言うとエルは話し出す。
「残念ながらラメリスさん、 犯人はトルティンさんの可能性は極めて低いと思います……」
「えっ! ? 何故だい? 」
「ラメリスさんの見立てだと犯人は魔道具を使ってラメリスさんの能力を封じた……それで合ってますか? 」
「う、 うむ……それが何か? 」
「実はこの世界にある魔道具で、 対象の能力を封印する魔道具は殆ど存在しないんです……私の知る限りでは対象の能力を封印する事ができる魔道具は全て特殊な条件を全て揃え、 膨大な魔力を持つ黒曜等級以上の力を持つ魔術師がいないと発動は不可能なんです……」
それを聞いたラメリスは驚愕する。
しかしそれは自分の推測が外れたことに対してではなく……
「もしかしてエル君……魔導書とか全部暗記してたりする……? 」
「え……はい、 まぁ……私に魔法を教えてくれた先生が色々持っていたので、 小さい頃から読んでいる内に……」
エルは幼少期の頃からヴィアレの元で魔法の勉強ばかりしていたのだ。
結果、 エルの頭にはこの世界の殆どの魔道具、 魔術に関する情報が入っているのだ。
最近はシュラスに神類文字に関する事も教えてもらっているそう。
それを聞いたラメリスは驚愕する。
「……ま、 まぁ……専門家がいるなら心強い、 これで犯人は大分絞れるはず」
「でも一応トルティンさんの店にある魔道具も徹底的に調べる必要があります……可能性は無い訳ではありませんし」
「そうだね……では私の方で令状を発行してもらうとしよう」
そして一同は本格的な捜査へと動き出した。
続く……