第28話【あの人】
前回、 とある街を占拠した盗賊団の団長の暗殺依頼を成功させたエルとシュラス、 しかしそれは『死』の偽装によるものであり、 結果的に団長は生きている形で依頼が終わった。
その後、 あの街がどうなったのかは三人は知ることは無い……
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レムレンソアルの寒冷地帯、 凍てつく森の中にて……
「エル! 七時の方向、 三体来るぞ! 」
「はい! 」
三人は森に生息する狼の魔物達に襲われていた。
冒険者である二人にとってはいつもの事であったが……
「うおぉっ! うわぁ! こっち来んなぁ! 」
ディアは苦戦している様子だった。
まぁ……魔剣を持っているとは言え、 ディアちゃんはまだ成人もし切っていない子供……私達と比べて戦闘経験も明らかに差がある……こうなるのも当たり前か……
そう思いながらエルはディアを助ける。
シュラスはと言うと……
『ガゥッ! ! 』
「……」
襲い掛かってきた一匹の狼をかわし、 手のひらを狼の頭に乗せるようにし、 狼を地面に叩き伏せた。
その様子を見た狼達は一斉に襲い掛かってきた。
「シュラスさん! 」
エルが援護しようとした次の瞬間……
「……」
『ドドドドドドッ! ! 』
シュラスは回転をしながら片手で逆立ちをし、 両足を広げて狼達に蹴りを放った。
狼達は一瞬にして吹き飛ばされ、 その様子を見ていた他の狼達は勝てぬと判断し、 退散していった。
……相変わらず凄いなぁシュラスさんは……流石魔王殺し……
「トルムティアまではまだ遠い、 先を急ぐぞ……」
シュラスの戦闘に見惚れているエルに構わずシュラスは先を急ぐ。
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「にしても旦那は本当に強いよなぁ、 姉貴も弟子になりたがる訳だ」
「お前も学びたければ教えてやるが……まだ幼過ぎるな……」
「ちぇ~! 私も教わろうと思ってたのによ! 」
そんな二人のやり取りを見ていたエルは思った。
そう言えばシュラスさん……あんな凄い格闘術……一体どこで習ったんだろう……シュラスさんは格闘術についても何一つ語ろうとしないし……
最近、 エルはシュラスが人間ではない事を知り、 多少シュラスの不審な点に納得がいっていた。
しかし、 それでも尚エルはシュラスに対する疑問はいくつかあった。
シュラスをここまで強くしたのは何なのか……シュラスは何者なのか……そして……
シュラスの持っている首飾りを贈った者は何者だったのか……
そんな事を考えていると
「……もう暗いな……今日はここで野宿だな」
そう言ってシュラスはテントを準備しだした。
実は前の街を出る際、 三人はヘルべールからの密かな礼として食料を貰っていた。
シュラスは焚き火と鍋を用意し、 料理し始める。
「……休んでおけ……この寒い中では体力の消耗も激しい……」
「はい」
そして数分後、 料理が完成し三人は夕飯にありついた……
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食後、 疲れ切っていたディアは早々にテントに入り、 眠ってしまった……
エルとシュラスは焚き火の前で話をしていた。
「星が綺麗ですね、 シュラスさん……」
「ここは他の地域よりも空気が澄んでいるからな……よく見えるのは当然だ……」
「あ……あはは……」
ブレないなぁシュラスさんは……
そんな何気ない会話をしているとシュラスが口を開く。
「……トルムティアに誰がいるんだ……エル……」
「え……どうして……」
シュラスはエルがトルムティアに向かうのを躊躇っているのに気が付いていた。
「お前の態度を見ていれば察しが付く……で、 誰がいる……まさかお前の言っていた『あの人』か? 」
「……全く……シュラスさんには敵いませんね……そうです、 その街には『あの人』がいるはずなんです……私が独り立ちする際、 『あの人』はトルムティアに引っ越すと言っていたので……」
「……何故そんなに不安そうにする……お前の恩師に会えるのだろう、 普通なら喜ぶところだと思うのだが……」
「それは……」
エルは言葉を詰まらせる。
……私は……あの人に自分の成長を見て欲しい……でも……あの人の元を離れて二年……私自身、 成長できている実感が湧かないまま……そんな中で、 あの人に会うのは……恐い……
エルは自分を育ててくれたであろう『あの人』に自身の成長を見て欲しかったのだ……力を付け、 立派な冒険者として成長した自分を……
しかしエル自身は自分の成長に何となくでしか気付けずにいたのだ。
するとシュラスは驚くべきことを口にする。
「……実を言うと、 俺はお前の言う『あの人』を知っている」
「えっ! まさか! ? 」
「……『天啓の賢者』、 ヴィアレ……俺の知人だ……奴は俺やジーラと同じく、 人からかけ離れた力を持っている……大体の情報はこれで合っているな? 」
「……その通りです……」
そう、 シュラスはエルの言う『あの人』の事を知っていたのだ。
天啓の賢者 ヴィアレ、 それは知る人ぞ知る世界最強の魔法使いの一人、 冒険者ではないためその素性の殆どは不明……シュラスには劣るものの実力はカルミスを超えると言われている、 だがそれと同時に異質な雰囲気を放っており、 知っている人々からは変人扱いされているとか……
そんなヴィアレという人物を知っていたシュラスにエルは少し動揺するも、 すぐに冷静を取り戻す。
……やっぱり……あなたには敵いません……シュラスさん……
「知ってて黙っていてくれていたんですか……」
「……お前を変に動揺させるのは……あまりに危険だと思ったからだ……」
それって……私の中にある力の事か……
「気を遣っていてくれていたんですね……ありがとうございます……でも、 どうして今になって……」
「……お前は日々成長しつつある……今のお前なら……多少なりのショックを受けても大丈夫だと思ったからだ……」
シュラスは今までの旅で起きた出来事でエルの心が成長しているのを密かに認めていた。
するとシュラスは仮面を外し、 エルの目を見て言った。
「自分の成長に自信を持て、 エル……そう不安がらずとも、 奴はお前の成長を認めてくれるだろう……」
「シュラスさん……」
シュラスはエルが不安がっている理由も察していたのだ。
そしてエルはそんなシュラスの言葉を聞いて何となく気が軽くなった。
「しかしまぁ……奴も相変わらずだな……お前に自身の素性を隠すように言うなんて……だからいつまで経っても不審人物扱いされるんだ……」
「ははは……」
……何だろう……この気持ち……あの時、 シュラスさんに受け入れてもらって……私を成長に導いてくれて……嬉しかったのかな……私……
エルは今まで自分の力を恐れ、 人々と接するのを極力避けるようにしていた。
しかし、 シュラスと出会い、 様々な人と出会い、 経験し、 日々変わっていく自分に対して喜びを感じていた。
「……シュラスさん……私、 シュラスさんに会えてよかったです」
エルは何となくシュラスにそう言った。
「……そうか……」
シュラスはいつもの態度でただそう返すだけだった。
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翌日……
三人は再びトルムティアを目指して吹雪の中を歩いていた。
「ささささささ寒い~! ! 」
「凍えちゃいますよシュラスさん! 」
猛吹雪で寒さに耐えかねる二人を見たシュラスはローブの中から二つの首飾りを出した。
「防寒の呪文を込めたアミュレットだ……多少寒さを防げる……着けておけ」
「なんだぁ、 そういうのあるなら早く出してくれよぉ! 」
「……行くぞ」
そして三人は吹雪の中、 トルムティアを目指す。
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もう数時間は歩いただろうか、 吹雪も収まり、 視界が開けてきた頃……
「……あ、 シュラスさん! あれ! 」
「やっと着いたぁ……ここまで一週間は流石に長かったぜ……」
三人の視線の先には大きな街が見えていた。
エンタルテ王国の王都、 トルムティアである。
やっと着いた……きっとあの街にヴィアレ先生が……
エルにはもう不安は無かった。
「行きましょうシュラスさん、 逆さ星のアジトを探せる人物がいるんですよね! 」
「あぁ……」
そして三人はトルムティアへ急いだ。
…………
「……わぁ~……! 」
「綺麗な街……」
トルムティアに入ったエルとディアはその美しい街並みに目を奪われた。
赤いレンガ造りの建物が立ち並び、 遠くにはエンタルテ王国の王城と巨大な時計塔が見える。
建物の屋根に積もる雪が更に雰囲気を出しており、 何とも言えない美しさを感じさせた。
「……奴は昼間は基本寝ている……会えるのは夜の間だけだ」
「え……という事は! 」
「お前らは二人で街の観光にでも行くといい……俺は他に用がある……」
そう言ってシュラスは二人の元から離れた。
「あ……シュラスさん! 」
エルはシュラスの後を追いかけようとするがディアがエルの腕を引っ張る。
「なぁエルの姉さん、 行こうぜ! 」
「……う、 うん……」
シュラスさん……一体一人でどこへ……
エルはシュラスが心配であったがディアを放っておけず、 そのまま観光することにした。
…………
トルムティアの時計台近くにある酒場にて……
シュラスは時計台が良く見えるバルコニーの席で誰かを待っていた。
そして……
「いやぁ……お待たせしました」
シュラスの元に一人の青年が現れた。
その青年の髪は夜空のように美しい色をしており、 瞳はまるでその中に宇宙が広がっているように煌めいていた。
服装は街中を歩く人々とは雰囲気が違い、 純白のシルクのように輝くローブを身に纏っていた。
「久しいな、 ヴィアレ……」
そう、 その青年こそエルの恩師、 ヴィアレである。
実はシュラスは前もってヴィアレに連絡し、 会う約束をしていたのだ。
「さて……どうですか、 あの子の様子は……」
そう言いながらヴィアレは向かいの席に座る。
「順調に成長しつつある……全く……導く者が現れるなどと言わずに直接伝えてしまえばいいものを……」
「フフ……それだと面白くないと思いまして……貴方だって彼女に自分が導く者だと打ち明けていないじゃありませんか」
「なるべくあいつを混乱させないようにしたかっただけだ……」
ヴィアレとシュラスは何かを知っている様子だった……しかし二人の真意はまだ語られることは無い……その時が来るまでは……
そしてシュラスは紅茶を一口飲むと
「それより……エルの中にある力がもう限界だ……恐らくこの街にいる間に……」
エルの中にある神の力について話し始める。
「そうでしょうね……成長したとは言え、 あの子はまだ未熟……力を制御するという段階に至るにはまだ時間が必要……ですが……彼女の力がここで暴発するのはもう必然でしょう……」
「……やはり『妨害』か……」
「そうでしょうね……本当に……あの怪物は恐ろしい奴ですよ……」
そう言いながらヴィアレは時計台を眺める。
そしてシュラスは深くため息をつき、 席を立った。
「まぁ対処するしか他は無いだろう……俺自身にも……あまり時間は無い」
そう言いながらシュラスはあの白い宝石の首飾りを出す。
その宝石は以前とは変わり果てており、 所々にヒビが入っていた。
それを見たヴィアレは穏やかだった表情が急に神妙になる。
「……何とかするしかない……それに限りますか」
「そういう事だ……お前は『その時』に備えておけ……とりあえず変わりないようで良かった、 それじゃあな……」
「……シュラス様……ご武運を……」
そしてシュラスはその場を立ち去った。
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その頃……
「姉さん! 次はあの店に行こうぜ! 」
「えぇ……お金無くなっちゃうよ? 」
エルとディアは街にある店を巡り、 いろんなものを買い漁っていた。
そして二人は次の店に向かおうとすると
「待たせたな二人とも……」
「あ、 旦那! 」
「シュラスさん! どこに行ってたんですか? 」
「少しな……それより、 早く宿へ向かうぞ……奴に会うのは夜中の12時だ……今のうちに眠っておけ」
「えぇ~、 まだ眠くねぇよぉ……」
「夜中に活動するんだ……今寝ておかなければ後がきついぞ」
「は~い……」
そして三人は夜中の活動に備えて宿へ向かい、 昼から眠ることにした。
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そして夜中……
シュラスは二人を叩き起こし、 シュラスの知人と言う者に会いに行った。
「むぅ~……眠い……」
「我慢しろ……この街にお前一人で置いて行く訳にいかん……」
……確かに……この街で起きているという吸血鬼事件……私も少しだけ耳にはしていたけど、 襲われた人達は皆一人で行動していて……宿とかの密室や人気のない裏路地……この街でディアちゃんを宿に置いて行くのはあまりに危険すぎる。
夜中の行動には多少慣れていたエルは眠気は無かった。
「……! ……! …………」
ディアは眠気でふらふらしている。
その様子を見ていたシュラスは仕方なさそうにディアをおんぶした。
「……幼子には少しばかり酷だったか……」
「すまねぇ……だんなぁ……」
「寝てていいぞ……あとは俺達でやっておく」
シュラスがそう言うとディアはぐっすり眠ってしまった。
やっぱりシュラスさん……子供に甘い……
子供を負ぶっているシュラスの姿を見たエルは彼がまるで一人の父親のように見えた……
そしてしばらくして……
「……ここだ」
「え……ここって……」
目的地に着いた……が、 そこは何ら変哲も無い裏路地だった。
う……あの時のトラウマが……
エルはジュドルアで攫われた時の記憶が蘇る。
「行くぞ……」
しかし、 シュラスはそんなエルを余所に裏路地の奥へと進んでいく。
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続く……