第27話【正しい選択とは】
前回、 盗賊団に占拠された街を奪還すべく領主の執事グヴェールから依頼を受けたエル達。
そして潜入作戦を決行し、 見事盗賊団の団長がいる屋敷への潜入に成功した。
…………
屋敷の大食堂にて……
そこには大勢の盗賊達が集まっており、 酒やら御馳走がテーブルに所狭しと並んでいた。
「さぁさぁ、 こっちに座ってくれ! 」
「どうも……」
変装したエルとシュラスは促されるままに席へ座る。
うぅ……酒臭い……早くここから離れたい……
酒臭い部屋の雰囲気に我慢しつつもエルは屋根裏へ忍び込むチャンスを伺う。
すると……
「……へへっ、 そこの金髪のお嬢ちゃん……俺は君みたいなおどおどしてる女が大好きなんだ……」
酒に酔った何人かの盗賊達がエルの方に近付いてきた。
「え……えっと……ありがとうございます……」
そして盗賊達はエルの肩に腕を回し、 耳元でささやく。
「どうよ……今から別の部屋で……」
「……ッ……」
ヤバいヤバいヤバいヤバい! ! !
明らかにエルの体目的で盗賊達はエルを別室へと誘ってきた。
そんな状況にエルはかつてない程の恐怖を感じていると
「あら、 もうお誘い? 流石私の妹、 羨ましいわぁ……」
完璧な演技をしながらシュラスはエルの方へ寄ってきた。
するとシュラスはエルに耳打ちをする。
「……お前に一時的に格闘術を身に付けさせた……タイミングを見計らって盗賊達を振り切って屋根裏へ行け……」
「……は、 はい……」
「……そうそう……私、 この街で一番たくましいと言われる団長様に会いたいのですが……今からでもよろしくて? 」
エルの元から離れたシュラスはその辺にいた盗賊に交渉を持ちかけ始めた。
エルは誘ってきた盗賊達に連れられて別室へ行くことになった。
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別室にて……
「……さぁて……久々の女だ……たっぷり楽しむかぁ……」
部屋に鍵を掛け、 服を脱ぎ始める盗賊達。
……今だ!
次の瞬間、 エルは目にも留まらぬ速さで盗賊達を殴り蹴り、 気絶させた。
……す、 凄い……体が勝手に動いた……!
シュラスの魔法に感心しつつ、 エルは気絶した盗賊達をクローゼットに押し込み、 屋根裏へと侵入した。
……今の所順調だけど……シュラスさんは大丈夫かな……
屋根裏を伝いながらエルはシュラスの事を心配した。
…………
その頃、 シュラスは……
「私の勝手な申し出に付き合って頂いて感謝致します」
「いやいやぁ、 美女のわがままを聞いてやるのは男の性ってもんだぜ! 」
「団長もアンタみたいないい女を見たら喜ぶぜ! 」
上手く盗賊達を魅了して団長のいる部屋へ案内させていた。
「そう言えば……あなた方の団長様はどんな方なんですか? 」
シュラスは盗賊団の団長の情報を聞き出す。
「……あの方は……盗賊であることが勿体ねぇぐらいのいい方だ……」
「職も家族をも失って……路頭に迷ってる俺達を拾って下さった方なんだ……」
「へぇ……」
酒に酔っているせいか、 盗賊達はベラベラと喋り出す。
「団長も昔は黒曜等級の冒険者やってたらしくてよ、 力だったら誰にも負けねぇ程の実力者だったんだぜ? 」
「それにあの方にも昔、 娘さんと奥さんがいたらしいが……奥さんは病気で、 娘さんは馬車の事故で……」
それを聞いたシュラスは神妙な顔になる……
そんなやり取りをしている内にシュラスは団長のいる部屋の前に来た。
そして盗賊達は扉を開ける。
「失礼いたしやす、 団長……」
改まった態度で部屋に入る盗賊達の視線の先には
「……おう……またいい女を連れてきたのか……」
背中に巨大な剣を背負う熊の毛皮を纏った大男が領主の椅子にどっしりと構えていた。
その男からは確かなる強者の雰囲気を感じられる。
そしてシュラスは男の前に立つ。
「お初にお目にかかります、 私は――」
シュラスは自己紹介をしようとすると……
「おい、 お前らは出てけ……」
『は、 はい! 』
男はシュラスを連れてきた盗賊達を部屋から早々に追い出した。
そしてシュラスと男が二人きりになった。
「……」
「……」
シュラスは男の様子を伺っていると男は机にあったグラスに入ったワインを飲み干し、 一呼吸置くと話し始めた。
「……お前、 あの領主に頼まれたんだろ……俺を殺せと……」
男はシュラスの正体と目的を知っていたのだ。
それに対してシュラスは分かっていたと言わんばかりに元の姿に戻った。
「……流石だな……元黒曜等級の冒険者……豪力のヘルべール……」
「驚いたな……まだ俺を知っている冒険者がいたとは……俺を知るのは各国のギルドマスターぐらいだろうに……」
なんとシュラスは盗賊団の団長の正体を知っていたのだ。
するとヘルべールは立ち上がり、 窓の外を眺めた。
「……それで……俺を殺すのか? 」
「そのつもりだ……俺は頼まれた事をやるだけだ……前の領主がどうだとか俺には興味が無いし、 断る理由は無い……」
「理由はそれだけか? 」
「……」
ヘルべールはシュラスの心を見透かしている様子だった。
次の瞬間、 ヘルべールは背中の大剣を抜き、 天井の一部分を斬りつけた。
天井は落ち、 そこから変装が解けたエルが落ちてきた。
「うっ……いったぁ……」
天井から聞いてたけど……まさか気付かれてたなんて……
エルはシュラスとヘルべールのやり取りを聞いてた。
「……仲間のためか……」
ヘルべールはエル達の事情を察する。
「……シュラスさん、 前の領主がどうのって……一体何を隠しているんですか……? 」
話を聞いていたエルはふらふらになりつつも立ち上がり、 シュラスに聞いた。
するとシュラスは何一つ隠さず全てを話し始めた。
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「……そんな……そんなのって……」
全てを聞いたエルは騒然とした。
だからこの街の人達は妙に苦しそうな雰囲気が無かったのか……
「そんな大事な事を……どうして話してくれなかったんですか……」
「聞かれなかったからだ……」
「聞かれなかったからって……どうして知ってて断らなかったんですか! 」
「今の俺達の目的はルーミを助け出す事だ……目的を果たす為に一番効率の良い選択肢を判断し、 選んだだけだ……」
そんなの……どうして……
エルはシュラスの考え方を理解できなかった。
「いくらお金に困っているからって……いくら効率がいいからって……街の人達をまた苦しい状況に戻すのはいい事だとは思えません! ! 」
「ならお前は……今の状況でこの先、 どうやって逆さ星の連中と戦う準備をする? 」
「それは……」
確かにシュラスさんの言う事に間違いは無い……今の状況のままだとちゃんとした宿に泊まる事も満足にごはんも食べられない……でも、 今この団長さんを助ければお金も没収されちゃうし……かと言ってこのまま団長さんを殺して、 街を前の領主に取り戻させたら……街の人達がまた……
エルは迷った、 どちらを選択するのか……街の人々を再び苦しい状況に追いやり、 自分たちの目的を果たすか……ヘルべールを助け、 今の状況のまま旅を続けるか……
「……ッ」
するとエルの様子を見かねたシュラスはため息をつく。
「仕方あるまい……人を欺くのはあまり好まぬが……ヘルべール、 俺に一つ考えがあるのだが……聞いてもらえるか? 」
「? 何だ……」
「エル……これを機に学べ……もし今回のような状況で、 俺のようにどうにかしてくれる者がいなかった時……どちらかを選択しなければならない事を……」
「……へ……? 」
そしてシュラスはヘルべールに話を始める……
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翌日……
三人は予定通り、 街を出発した。
「しっかし皮肉なもんだぜ……領主がいた頃よりも今の方が状況がいいなんてよ……まっ、 金は手に入ったんだし結果オーライだな! 旦那もたまにはずる賢い事するじゃねぇか」
「世の中にはそんな街や村なんてざらにある……決して珍しくない事だ……それと俺は仲間の意志を尊重して最良の結果を導き出しただけだ……」
「……」
……これで……よかったんだよね……
…………
昨晩のあの時……
「ヘルべール、 一度死んでくれないか……」
「……は……? 」
「えっ……シュラスさん……それってどういう事ですか……? 」
シュラスはヘルべールに死ぬように言ったのだ。
……それじゃ街の人達が……結果的に悪い状況にするだけじゃん!
エルが再びシュラスに怒ろうとすると
「無論、 普通に死ぬのではない……文字通り『一度』死ぬだけだ」
「……どういう事だ……」
「今回俺達は報酬を前払いで依頼を受けた……明日にはここを出るつもりだからな……その際にこの魔石を渡されたんだ」
そう言いながらシュラスはグヴェールから受け取った魔石を出す。
「この魔石は契約上、 お前が死んだ際に依頼達成の報告代わりにこちら側とあちら側が持つ魔石が連動して壊れる仕組みになっている……勿論、 未達成のままこちら側が壊してもあちら側は壊れない……つまり何を言いたいか分かるか? 」
「……何が言いたい……」
「……お前を一瞬の間だけ死んだ状態にし、 依頼を達成した事にする……という事だ……」
そう、 契約上の依頼達成の条件はヘルべールの『死』、 すなわちヘルべールが死ねばいいだけであって、 その後生き返ってはならないという規定は無い。
つまり『死』の偽装である。
シュラスの話を聞いて察した二人は驚く。
「! ? それって……」
「死者の蘇生か! 」
「いや、 死者の蘇生とは少し異なる……やるのは瞬間的な心臓の停止だ」
そんな事ができるの! ?
驚くエルを余所に話は進む。
「……どうする、 エルの考えも尊重するとなるとこれしか最良の答えは無いが……」
そう言うシュラスにヘルべールは迷う様子は無かった。
「分かった……出来るものならやってみろ……」
ヘルべールがそう言うとシュラスは構えた。
次の瞬間、 シュラスは目にも留まらぬ速さで拳を放ち、 ヘルべールの胸に一撃を加えた。
するとヘルべールは意識を失い、 倒れた。
それと同時にシュラスの持っていた魔石は砕け散った。
「よし……」
魔石が砕けるとシュラスはすかさず倒れたヘルべールを仰向けにし、 胸に手を当て、 発勁を放った。
するとヘルべールは瞬く間に意識を取り戻し、 起き上がった。
「ゴホッ、 ゴホッ! ……上手くいったのか? 」
「あぁ、 契約は完了した……これで俺達は問題なく街を出られるだろう……あとはお前と領主がどうしようと関係ない……」
「……えっ……もう終わり? 」
「さほど手間のかかるものでも無い……さぁ……もうここにいる理由は無い、 さっさと帰るぞ……」
そう言ってシュラスは再び変装し、 エルにも変化の魔法を掛け、 部屋から出ようとした。
二人が部屋を出る時、 ヘルべールは二人を引き留めた。
「お前ら……何故盗賊である俺に手を貸した……いくら前の領主がクズだからって、 普通ならこんな事しないだろ」
そう言うヘルべールにシュラスは言う。
「盗賊だから助けないだとか……領主がクズだから協力しないだとか……俺はそんな事を理由に行動を選択はしない……ただ俺はその時の状況に応じて最良の答えを出すだけだ……」
そしてシュラスはエルを連れて部屋を出て行った。
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そんな事があり、 今もヘルべールは健在であり、 完全に油断した領主の雇った奪還部隊が来るのに備えて戦闘準備をしている。
「……シュラスさん……これで良かったんですかね……」
あの時から、 一晩考えたエルは自身の望んだ結果に対して少し疑問を抱いていた。
するとシュラスは言った。
「この結果が良かったかどうかは俺に言える事は無い……ただお前自身がそう望み、 それでよかったのだと思えるのなら……それがお前にとっての正解なんだろう」
「……」
「人の進む道に正解なんて存在しない……その者が選択した道に対して他人が否定する権限なんて無いし、 肯定する権限も無い……ただただその者自身が正しいと思った道を進むだけ……俺はそれでいいと思うぞ……」
「……そう……ですか……」
そうだよね……私が良かったと思えるなら……これでいいんだ……
シュラスの言葉にエルは少し気が軽くなった。
「さて……この先はレムレンソアルの寒冷地帯だ……そこに一つ目の目的地、 トルムティアがある」
「トルムティア! ? 」
トルムティア、 そこはレムレンソアル一を誇る大国、 エンタルテ王国の王都である。
そこには数々の怪事件が起きており、 最近ではヴァンパイアの事件が多発しているとか……
しかしそれと同時にそんな怪事件を解決する名探偵がいるという噂がある。
「おいおい大丈夫なのかよ……最近は吸血鬼がいるとか噂になっているんだぜ? 」
「逆さ星のアジトを探し出すのに役に立つ人物がその街にいるんだ……知り合いでもあるからきっと協力してくれるだろう」
……
トルムティアへ向かうと知ったエルは何故か表情を曇らせる。
続く……