第26話【盗賊に盗られた街】
世界最大の極悪組織『逆さ星』に乗っ取られてしまったルーミを救出するべく大陸を渡り、 レムレンソアル大陸の港から一番近くにある街へ来たエル、 シュラス、 ディアの三人。
しかしその街は盗賊団によって占拠されており、 とても休息のできるような場所ではなかった……
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とある屋敷の前にて……
「へへへっ……嬢ちゃん、 中々いい体してるなぁ……」
「……」
「~~~~ッ……! 」
エルらしき女性と謎の女性は盗賊団の男達に絡まれていた。
うぅ……こんな事になるならあんな依頼受けなきゃ良かったかも……
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数時間前……
三人は街へ入ろうと正門の前にやって来た。
「……シュラスさん……大丈夫ですかね……」
「……任せろ……」
街へ入るのに不安を感じているエルにシュラスはそう言うと正門の前で門番をしている盗賊の方へ向かっていった。
「そこの三人! そこで止まれ……」
「お前ら見る限り冒険者って感じの風貌だなぁ……そこのチビは別としてだが……」
盗賊の二人は三人に威圧的な態度を取る。
しかしシュラスは物怖じしている様子も無く話す。
「いかにも俺達は冒険者だ……だがお前達に何かしようと思ってここへ来た訳ではない……どうか街に入れてはくれないだろうか? 」
すると盗賊二人はにやけながらお互いの顔を見合わせる。
「そうかそうかぁ……何なら金目の物を全部置いて行ったら入ってもいいぜ? 」
「嫌なら他当たりなぁ……」
完全に舐めている様子の二人にシュラスは冷静な態度で話す。
「……悪いな、 生憎有り金も殆ど使い切ってしまったんだ……それに俺達の所持物には大した金額になる物は無い……」
「そうか……なら他を当たりな」
「さっさと消えな! 」
「……シュラスさん……やっぱり無理ですって……」
そう言いながらエルはシュラスのローブを引っ張るとシュラスはそっとエルの頭を撫でた。
すると……
「本当に身勝手な申し出で済まない……しかし港へ戻ろうにも徒歩では時間が掛かり過ぎる……この二人は長い船旅でそんな体力は残っていない……一日だけでもいいんだ、 泊めては貰えないだろうか? 」
「しつけぇな! とっとと消えろって言って――」
次の瞬間、 盗賊二人の顔が真っ青になった。
『……なぁ……頼むよ……』
その時のシュラスの声は何か得体の知れない怪物のような声が混じっており、 仮面の下からでも伝わる謎の威圧感を醸し出していた。
すると二人はシュラスの威圧感に震えつつも道を開けた。
「ま……まぁ、 三人程度じゃ数百人もいる盗賊団に何か出来る訳でも無いしな……」
「一日程度なら……まぁ……」
二人の様子は明らかにシュラスに怯えているようだった。
「……礼を言う……さぁ、 二人とも行くぞ……」
「は、 はい……」
シュラスの威圧感に圧倒されながらもエルとディアもシュラスに続いた。
…………
街の中は至って普通だった。
ただし街中の至る所で盗賊団の者達に溢れかえっており、 普通の街の市民もいたがその全ては酒場などで働いている者ばかりだった。
……本当に街が占拠されてる……でも……何だか嫌な雰囲気ではない……?
働く街の市民たちの様子は確かに忙しそうだった、 しかし決して嫌な顔をしている様子は無かった。
「……シュラスさん……」
「物騒な雰囲気だなぁ……さっさと行こうぜ? 」
「あぁ、 行こう……一泊する宿代くらいはある……さっさと休んで明日には出発するぞ……」
そして三人は早々に宿屋へ向かった。
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宿屋にて……
「二人部屋を借りたい……」
「……二人部屋で銀貨二枚だよ……」
「え……二人部屋って……」
「俺はどこでも眠れる……ベッドはお前とディアで使え……」
シュラスさん……
そしてシュラスは代金を払い、 先に二人を部屋へ行かせると……
「……店主……この街について聞きたい事があるのだが……」
「……何だ……」
「街を占拠されていると聞いていたが……案外市民は苦に感じている様子は無いようだが……一体何があった……」
シュラスの質問に店主はため息をつきながら答える。
「この街にいた領主は前々から身勝手な奴でな……市民から金をむしり取り、 自分だけ裕福な生活を送っていた……だが、 最近はこの大勢の盗賊団が襲撃してきた事で街の護衛役は全滅……領主は知らん顔で街をあっさり捨てて雲隠れさ……」
「なるほど……大体は察した……」
「元から領主のせいで貧乏な生活を送っていた俺達だ……盗賊団の団長は確かに恐ろしい奴だが、 余程の事が無ければ俺達には何も手出ししないし、 働けば金は無いが食い物も分けてくれる……ある意味ではこの街を占拠されて良かったのかもな……」
「……そうか……教えてくれてありがとうな……」
そしてシュラスは二人のいる部屋へ向かっていった。
…………
「あ、 シュラスさん、 何をしていたんですか? 」
「少しな……それよりも腹が減っただろう……これでも食べておけ……」
するとシュラスは二人に干し肉を投げ渡した。
それを見たエルとディアは顔をしかめる。
「仕方ないだろう……しばらくは金が無いんだ、 それで我慢しろ……」
「は……はい……」
三人がそんなやり取りをしていると……
『そこの旅人方……もしや冒険者でありますかな? 』
窓の外から何やら声が聞こえた。
三人は窓の方へ目をやるとそこには一羽のハトが止まっていた。
「え……今、 このハトが喋ったのか? 」
「まさか……? 」
『実はあなた方に折り入って相談したい事がありまして……詳しい話をしたいので、 どうか中へ入れてはくれませんか? 』
「……」
するとシュラスは何も言わずにハトを中へ招き入れた。
「えっ、 シュラスさん! 大丈夫なんですか? 」
「話を聞くだけだ……別に減るものでもあるまい……」
『中へ入れて頂き感謝します……それでは……』
次の瞬間、 ハトは瞬く間に煙に包まれ、 そこから執事らしき一人の男が現れた。
人間だったんだ……変化の魔法かな……
驚くエルとディアを余所に男は話をする。
「お初にお目にかかります、 私はこの街の元領主であるフェール・バッハ・クリヴェルシェ様の執事を務めます、 グヴェールと申します」
「この街の領主様の執事! ? 」
「何でったってこんな所に……? 」
グヴェールは話を続ける。
「今回あなた方に話をしたいのは他でもありません……この街にのさばる盗賊団の団長を暗殺して頂きたいのです……」
「え……つまり、 この街を取り戻したいと? 」
「その解釈で大丈夫です……勿論タダでという訳ではありません、 成功報酬は金貨100枚……加えこの街で一番良い屋敷を差し上げます……と、 領主様からの伝言でございます」
それを聞いたエルとディアは意気揚々とシュラスに言う。
「シュラスさん、 今すぐ受けましょう! 」
「今は金が無いんだ! あんなに稼げるチャンスは早々ないぜ! ? 」
金貨100枚もあれば干し肉生活どころかしばらくは贅沢して暮らせる……ひもじい生活をしなくて済む!
興奮する二人をシュラスは宥める。
「二人とも落ち着け……いいだろう……その依頼、 受けてやる……」
「感謝致しま――」
「ただ! ……屋敷は要らん……俺達は明日にはここを出る、 その代わりに金貨100枚の報酬は前払いだ……」
その条件を出されたグヴェールは表情を曇らせる。
その様子を見かねたシュラスは渋々ローブの中から冒険者等級の証を見せた。
それを見たグヴェールは驚く。
「それは……! ! 蒼龍石等級の証! ! 」
「……はぁ、 あまり使いたくない手段だったが……今は時間が無い……構っていられない」
「まさか……貴方は紅月の夜……又の名を……」
「魔王殺し……! 」
それを聞いたエルとディアは驚く。
魔王殺し、 それはレムレンソアルに伝わる伝説の冒険者。
この世界では魔神戦争以降、 魔神が封印された代わりに突如として現れた魔王と呼ばれる魔人達が存在している。
その魔王達はそれぞれの軍勢を持ち、 それぞれの価値観、 それぞれの性格を持っており、 人間に対して友好的な者もいれば攻撃的な者もいる。
そんな魔王達がいる中、 ある時、 三つの勢力を結託し、 レムレンソアルを支配しようとした魔王達がいた。
そんな大勢力によってレムレンソアルで一番大きな国、 エンタルテ王国でさえも壊滅の危機に追いやられたそんな時、 ある一人の冒険者が現れたのだ。
彼はたった一本の剣を片手に軍隊を翻弄し、 魔王達を殺した。
それからというものの、 一度に三つもの魔王軍を滅ぼした彼は『魔王殺し』と呼ばれ、 レムレンソアル中で崇められる存在となっていた。
そしてその魔王殺しというのは……
「シュラス様! どうしてここに! ? 」
「少し野暮用があってな……ここでは顔がバレると色々と面倒だから素性は隠しているんだ……」
……魔王殺し……あの人から聞いた事はあったけど……まさかシュラスさんだったなんて……でもその伝説は数十年も前の話のはず……普通の人間ならもう老人のはず……やっぱりシュラスさん、 普通の人間じゃなかったんだ……
魔王殺しについて知っていたエルとディアはシュラスの新たな真実に驚きつつも、 今までのシュラスの力を見てきた二人は何となく納得した。
「旦那が……魔王殺しだったなんて……すげぇ……」
唖然とする二人を余所に話は進む。
「という事で……そんな実力者がやってやると言っているんだ……それとも……まだ信頼できないか? 」
「い……いえ、 そんな……承知致しました、 金貨100枚前払いしましょう」
こうして三人は領主からの依頼を受ける事となった。
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「それでは、 依頼完了の際には自動的にこの魔石が砕けますので……私はこれで……」
「……あぁ……領主によろしくと伝えておけ……」
そして契約が終わったグヴェールは再びハトの姿になり、 窓の外へ飛び立っていった。
「……にしても暗殺なんて……一体どうやって親玉の所まで行くつもりだ? 」
「シュラスさん、 何か考えがあるんですか? 」
「ある……ただこれはディアには危険が大きい……悪いがお前は宿で待機だ……」
「へいへい、 わかってるよ」
ディアちゃんには危険が大きいって……一体何をするつもりだろう……
エルが若干不安を感じているとシュラスは作戦の説明を始めた。
「作戦は単純だ……盗賊団のアジトに美女に成りすまして潜入するだけだ……」
「え……つまり変装ですか? 」
「あぁ、 エルには変化の魔法を掛ける、 無論俺も変装して付いて行くから心配は要らん……グヴェールからの情報では盗賊団の団長には美女であれば警戒もされずに近付けるらしい……余程自身の強さに自信があるのだろう……もしチャンスが来ても油断はするな……」
「え……は、 はい……」
大丈夫かなぁ……でもシュラスさんが一緒なら……
そしてシュラスはグヴェールから貰った盗賊団の団長がいる領主の屋敷の地図を広げる。
「……奴がいるのはここ、 領主の部屋だ……俺は何とかして正面から部屋に入るように仕向ける、 その間にお前は屋根裏から通って奇襲の準備をしてくれ……」
「わかりました……何とか忍び込むチャンスを探してみます……」
「地図はお前に渡しておく……方法は何でも良い……とにかく気付かれないように奴を殺せ……いいな? 」
「は……はい……」
エルは緊張した。
人を殺すのは初めてだからだ。
……まさか人生で人を殺す依頼が来るなんて……思いもしなかった……でも、 何としてでも成功させないと……街の人達だって解放してあげたいし……
この時、 エルはまだこの街の真実を知らなかった……
「よし、 準備をしたら行くぞ」
「はい! 」
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数十分後……
「……」
「……」
領主の屋敷を目指して歩く二人の美女……
エルとシュラスだ。
エルは赤い髪を変えられ金髪になっており、 目の色も琥珀色に変えられていた。
……シュラスさんの変化の魔法……凄い……鏡を見たけど本当に別人みたい……それに……
エルはシュラスの方に目をやる。
その姿は本来のシュラスとは全くの別物。
銀色に輝く長い髪に星空のように美しい瞳、 本当に男とは思えない容姿に変貌していた。
女の私でも思わず見惚れちゃいそう……凄く綺麗……
「……エル、 もうすぐだ……集中しろ……」
「あっ、 はい……」
そして二人は屋敷の前まで来た。
その時……
「へへへっ……嬢ちゃん、 中々いい体してるなぁ……」
「……」
「~~~~ッ……! 」
案の定、 屋敷前で警備していた盗賊団の男達に絡まれた。
うぅ……こんな事ならあんな依頼受けなきゃ良かったかも……
緊張するエルを余所にシュラスは話し始める。
「初めまして、 私はシュベーラと申します、 こっちは妹のヘスメル……今日はこの街で一番強いと名高い団長様に是非会いたくて来ましたの」
そう言いながらシュラスは着ていた露出度の高いドレスで男達を魅了する。
すると男達は下品な目つきで二人を眺めながらあっさりと屋敷の中へ入れてくれた。
……シュラスさん……たまにこういう依頼……受けてるのかな……
エルは手慣れた様子のシュラスを見ながらそう思った。
こうして二人は盗賊団の団長のいる屋敷への潜入に成功した。
続く……