王妃というひとりの女性
マントイフェル卿がいなくなったあと、私は王妃から質問攻めに遭う。
「彼とどういう関係なんだ!?」
「いえ、その、友人のひとりです」
マントイフェル卿を友人と呼んでいいものかわからないが、知人だとしっくりこない。
異性の友人ができたのは初めてなので、なんだか気恥ずかしい気持ちになる。
まさかこのような状況に追い込まれるとは思いもしなかった。
助けを求めようにも、私以外の侍女の姿はない。
続けて王妃から質問を投げかけられる。
「マントイフェル卿は恋人ではないのか?」
「いいえ、違いますわ。わたくしは既婚者ですので、彼とはそのような関係ではありません」
自分で言っておいて、心の中で傷ついていることに気付いた。
私は既婚者で、マントイフェル卿の恋人になる資格などは端からない。
恋なんてしないと宣言していたのに、この体たらくである。
こうなったら、侯爵夫人が言ったマントイフェル卿が好きなの? という言葉を認めないといけない。
私は彼のことが好きなのだ。
「あの男はどういうつもりで、あのような行動に出てきたのか」
「わたくしにも理解しがたいものでした」
王宮では目立たないように振る舞わないと、と考えていたのに、まさか出仕一日目からこのような状況に追い込まれるなんて……。
「ドーサ夫人は、真実の愛は存在すると思うか?」
「!?」
いったいどういう意図があって聞いてきたのか。
想いを寄せる国王についてなのか、それとも長年関係があった愛人についてなのか。
王妃にとっての真実の愛がどちらに傾いているのか、判断できないでいた。
ひとまず、差し障りない愛について語ってみる。
「愛というのは受け取る人によって形が異なり、在り方もさまざまです。そもそも愛に嘘も真実もあるのか、若輩者のわたくしにはよくわかりません」
「愛もわからぬのに子を産み、育てているというのか?」
「ええ。不思議なことに、わたくしみたいな経験が浅い者でも、子育てはできるようです」
私の至らない愛でも、フロレンシはすくすく育ってくれる。
同時に、温かな愛を返してくれるのだ。
「その愛で私もまた、成長しているような気がします。相手を思う心は温かで、同じように返ってくるのが愛だと思っていますわ」
「そうか……。それが、真実の愛なのか」
王妃の眦から涙が溢れ、頬を伝って落ちていく。
「私が長年、愛だと思ってたものは、どちらも偽りだった! どれだけ気持ちを寄せても、返ってこなかったから」
「お、王妃殿下……」
ハンカチを差しだそうとしたら、そのまま抱きつかれてしまう。
王妃は子どものように、わんわん泣いたのだった。
それから王妃はすっかり弱りきった様子で、これまでのことについて語り始めた。
「事の始まりは、姉の駆け落ちだった」
噂話では姉を蹴落としてまでビネンメーア王に嫁いだ、なんて言われていたものの、事実は異なるようだ。
「姉は護衛騎士と恋仲だったらしい。ビネンメーア王との結婚が決定していたのに、愛に生きると言って姿を消したのだ」
結婚するはずだった姫君が騎士と駆け落ちしたことが知られたら、王妃の祖国であるフランデーヌ国の恥となる。
「姉と騎士は発見され、保護したものの、ビネンメーア王と結婚するならば命を絶つとまで言いだしたらしい」
これがふたりの愛だと言いきったようだ。
「私にとっては衝撃だった。相手のために国を裏切ってまで、そこまでできるのか、と」
結局、王妃の姉をビネンメーア王へ嫁がせることは諦めたらしい。
無理矢理結婚させても、上手くいくとは思わなかったからだとか。
「ただ、一度決定した姉との結婚をどう覆そうか。父王は三日三晩悩んだようだ。結果、父がひねり出したものが、私のほうがビネンメーアの王妃として相応しいから、姉を蹴落としたというとんでもないものだった」
フランデーヌ国の恥を晒すよりも、王妃を悪女として仕立てたほうがマシだと思ったのか。とんでもない作戦であった。
「最低最悪な結婚だと決めつけていたが、国王陛下との結婚は、悪いものではなかった」
見目麗しく、心優しい国王に王妃は一目惚れしたらしい。
「それが私の初恋だったんだ」
国王のため、ビネンメーアのために尽くす王妃となろう。
そう決意していた王妃だったが、想定外の事態になる。
長年、どれだけ努力を重ねても、子どもが生まれなかったのだ。
「年々、私の立場は悪くなっていった。王妃の価値は子どもを産むことだとばかりに、内心バカにする者達も出てきた」
唯一、国王が優しく励ましてくれたことが、王妃にとっての救いだったらしい。
国王がいるならば、何年かけても頑張ろうと自らを鼓舞させていたのだとか。
そんな状況の中で、王妃を追い詰めるような出来事が起きた。
「国王陛下が突然、公妾――アンネ妃を迎えたのだ」
これまで王妃が目にしたことがないような甘い顔を、マントイフェル卿の母親であるアンネ妃に見せていたようだ。
「国王陛下のアンネ妃への愛を前に、私の心はポッキリと折れてしまった」
その日の晩、アンネ妃のもとへ嬉々として通う国王を見送ったあと、王妃を励ましてくれた心優しい男と初めて夜を共にしてしまったらしい。
「その日の晩のことを、私は今でも後悔している」
ドクン! と胸が激しく脈打った。
その人物こそ、イルマを手にかけた男かもしれない。




