遺品整理
なんでも三年もの間、侯爵夫人はこの部屋に立ち入ることができなかったらしい。
鍵をかけて、誰も入れないようにしていたのだとか。
「たぶん埃っぽいと思うの。申し訳ないんだけれど、掃除も手伝ってくれる?」
「掃除はわたくしがします」
「一緒にしましょうよ、ね?」
「は、はい」
そんなわけで、掃除道具を持ってイルマの部屋に入る。
侯爵夫人が鍵を開けたのだが、手が震えていた。
「侯爵夫人、今日でなくて、別の日でも……」
「いいえ、平気よ。ちゃっちゃと終わらせましょう」
なんでも三年前、騎士隊がイルマの部屋を調査しようとやってきたようだが、侯爵夫人が追い返したらしい。
つまり、騎士隊の調査が及んでいない唯一の場所がここだということだ。
「もしかしたらあなたとリオンが知りたかった証拠が、ここにあるかもしれないわ」
イルマの死について、彼女は何かメッセージを遺しているのだろうか。
それを調べるために、まずは掃除に取りかかる。
三年間、誰も立ち入っていなかった部屋というのは、とてつもなく汚れていた。
一度入ってから、すぐに脱出する。
ゲホゲホと咳き込み、目も痒くなった。廊下の窓を広げ、新鮮な空気を吸い込む。
「ララ、一回着替えましょう。私の体に合うエプロンドレスはあるかしら?」
「ございます」
メイドが着ているような作業がしやすい服に着替え、口元には布を当てて後頭部で結んだ。眼鏡をかけ、目元も保護しておく。
箒を握り、イルマの部屋へ挑む。窓を全開にし、床を掃いていった。
「どうして部屋に砂粒なんかがあるのかしら!?」
「天井から落ちてきたのかもしれませんね」
ガッちゃんは糸で布巾を作り、テーブルや椅子などの家具を磨いてくれた。
協力して掃除すること二時間――やっとのことで部屋はきれいになる。
「こんなに掃除をしたのなんて、三年前に行った慈善活動ぶりだわ」
休憩を入れようかと提案したものの、侯爵夫人は首を横に振る。
「一回座り込んでしまったら、二度と立ち上がれないと思うの。あなたは?」
「わたくしもです」
「だったら、このまま整理を始めましょう」
私は小物が収納されている棚を調べる。侯爵夫人はドレッサーを開いていた。
イルマはかわいらしい品が好きだったらしい。ウサギの置物やクマのぬいぐるみ、リスの焼き物など、種類豊富な雑貨が並べられていた。
これらは養育院に寄付するようだ。壊れないように布に包んで木箱に詰めていく。
棚の確認が終わったら、デスクを確認するように頼まれた。
「あの、侯爵夫人。ここをわたくしが見てもいいのですか?」
「お願い。私はまだ、あの子の存在感が強いところは少し怖いから」
「承知しました」
イルマが使っていたデスクには日記帳に書きかけの手紙、それから結婚式に関する資料や招待客リストなど、たくさんの私物が出てきた。
これらもすべて、目を通すように命じられる。
遺書のようなものは見つからなかった。
イルマの性格を考えると、自ら死を選んだならば、何かしらメッセージを残すはずだ。
やはり、彼女は誰かに殺されたのだろう。
イルマが書いた文章をすべて読ませてもらったが、事件に関係があるような記述は見つけられなかった。
最後に手に取ったのは、リオン・フォン・マントイフェル様へ、と書かれた手紙である。
これは唯一鍵がかかった抽斗の中にあった物だ。
鍵は部屋になく、侯爵夫人も持っていなかったので、ガッちゃんの糸を使ってこじ開けてしまった。
「侯爵夫人、マントイフェル卿へのお手紙はどうしましょう」
「開封して読んでちょうだい」
「いいのですか?」
「ええ。もしも恋文だったとしたら、受け取ったリオンも気まずいでしょう?」
なんだか申し訳ないと思ったものの、侯爵夫人が調べろと言うのだから仕方がない。
そんなふうに思いつつ、ペーパーナイフを使って封を開いた。
中には数枚の便箋がきれいに折りたたまれている。
「親愛なるリオンへ――伝えるべきか迷ったのだけれど、あなたの醜聞を握っているという記者から接触がありました。もしかしたら、私が握っている情報と交換してほしい、という取り引きを持ちかけられるかもしれません」
その一文を読み上げた瞬間、ゾッと鳥肌が立ってしまう。
「侯爵夫人、こ、これはもしや、イルマが亡くなった晩に書いた手紙なのでしょうか?」
「わからないわ。続きはあるの?」
「あ、あります」
深呼吸し、手紙の続きを読み上げる。
「私が王族専用の庭と知らずに迷いこみ、目撃してしまった方々は、どうやら長年にわたって関係があったそうです。強く口止めされたのですが、あなたの情報次第では、喋ってしまうかもしれません。また、帰ってきてから続きを書きます」
ここで手紙は終わっていた。
「侯爵夫人、この手紙の内容はやはり――!?」
「ええ、間違いないでしょうね。それにしても、イルマが王宮の庭で見た人物は、いったい誰だったのかしら?」
以前、レイシェルにイルマが伝えていた警告を思い出す。
花嫁修業として王妃の侍女を行うさい、王家の庭に男女の幽霊が出るので近付かないように、というものだった。
「男女の幽霊ですって? ありえないわ。きっとレイシェルが近づかないように、あえてぼかしたのでしょう」
「わたくしもそうではないのか、と思っています」
男女の片方は王妃だとわかっていた。それについて伝えると、侯爵夫人は深く長いため息を吐いた。




