王妃の近衛騎士たち
なんでも王妃の首飾りは夜間に盗まれたらしい。
現在、騎士隊が調査しているという。
いったい誰がそのようなことをしたのか。なんて考えているところに、侯爵邸に騎士隊がやってきたという報告を受ける。
侯爵夫人が呼んでいるとメイドのローザから聞いた瞬間、ゾッとしてしまう。
まさか、犯人だと疑われているのではないか。
戦々恐々としながら客間へ向かう。
何もしていないのに、動悸が激しくなる。
時間が巻き戻る前も、今日みたいに騎士が突然やってきたのだ。
重たい足を引きずるように歩いていると、ガッちゃんが気遣うように『ニャニャァ』と鳴いた。
大丈夫だ、と答えても、心配そうに頬にすり寄ってきた。
ガッちゃんのフワフワな毛並みを感じていると、いくぶんか気持ちが落ち着く。
客間へ入ると、待ち構えていた騎士が立ち上がって敬礼する。
侯爵夫人が私を振り返り、憤るように言った。
「ララ、我が家に先触れもなく突然押しかけた失礼な騎士達が、あなたから話を聞きたいのですって」
「え、ええ」
騎士達に会釈し、侯爵夫人の側の椅子に腰かける。
やってきた騎士達は、王妃の近衛騎士だと名乗った。
ひとりは二十代半ばほどの若い騎士。もうひとりは四十代後半くらいの騎士で、近衛部隊の隊長だと言う。
「ドーサ夫人に話をお聞きしたく、本日は参上しました」
「はあ」
彼らが聞きたかったのは首飾りの件ではなく、公妾カリーナ妃についてだった。
「その、少し前にカリーナ妃と面会したようですが、何か王妃殿下について話していたでしょうか?」
「なぜ、そのような質問を?」
「実は、首飾りを盗んだのはカリーナ妃ではないのか、という疑惑が浮上しておりまして」
思いがけない容疑者の名に、言葉を失ってしまう。
「ご存じかもしれませんが、王妃殿下とカリーナ妃の関係は良好とは言えず、おふたりを支持する取り巻きが対立するという状況にあります」
なんでも先日、公妾の夜遊びがゴシップ誌に掲載されたらしい。
「カリーナ妃は王族しか立ち入りできない庭に、男性を連れ込んでいたようです」
情報を提供したのは王妃ではないのか、と公妾は疑っていたらしい。
そういう騒動があっていたなんて知らなかった。
昨日、ゴッドローブ殿下が話していた風紀が乱れているという話は、この一件のことだったのだろう。
もしかしたら昨晩、東屋にいた女性は公妾だったのかもしれない。
きちんと確認できたらよかったのだが……。なんて考え事をしている場合ではなかった。
騎士は今回の事件について、熱く訴える。
「高貴な女性にとって、私物の管理はとても重要なことなんです。それが盗まれたとあれば、管理体制が杜撰だったと言うようなもの」
盗んだ人が悪いとはいえ、盗まれた王妃側にも不備があったことになるようだ。
「もしもカリーナ妃が何か話していたのならば、教えていただこうかと――」
「それにつきましては、お答えする義務はございません」
「なっ! ドーサ夫人は公妾派、という認識で間違いないでしょうか?」
「いいえ。わたくしはどちらかを支持しているつもりはございません。カリーナ妃の騎士が訪れ、王妃殿下について話を聞かせてほしいと訴えても、同じようにお話しするつもりはありませんわ」
騎士の目をまっすぐ見て、言葉を返す。
ここでおじけづいたり、弱気な態度を見せたりしてはいけない。
毅然とした態度でいれば、相手も私を軽んじることなどしないだろう。
「これ以上、お話しできることはありませんので、どうかお引き取りくださいませ」
私の言葉に続いて侯爵夫人にキッと睨まれた騎士達は、敵前逃亡するように去って行った。
扉が閉められ、足音が遠ざかっていく。
静けさを取り戻すと、はーーーーと盛大なため息を吐いてしまった。
やりすぎてしまったか、と侯爵夫人の反応を窺う。すると、にっこり微笑みを返してくれた。
「ララ、よくやったわ。騎士を追い返すなんて、普通の人にはできないことよ」
「しかしながら、相手は王妃殿下の近衛騎士でしたので、あれでよかったのかと心配です」
「いいのよ。心配なんていらないわ。あれくらい言わないと、騎士は強引な人が多いから」
今回やってきたのも、おそらく王妃の命令ではないだろうと侯爵夫人は言う。
なんでも近衛部隊の隊長は王妃が結婚した当初から任務に就いていたらしく、私情から動いた可能性があるようだ。
「王妃殿下のお気持ちを勝手に忖度して、やってきたに違いないわ」
「そうだといいのですが」
私が王妃から首飾りを見せられた当日に盗まれるなんて、タイミングが悪いとしか言いようがない。
あのとき私が首飾りを受け取っていたら、今回の事件は起きなかったのだろうか。
考えただけで、頭がズキズキと痛む。
「それにしても、カリーナ妃の醜聞がゴシップ誌に掲載されていたなんて」
「正直、国王陛下の相手をしながら、別に男を作るなんて難しいような気もするけれど」
国王の公妾への愛は相当なもので、今でも毎晩のように寝所へ通っているという。
「毎晩のように寝所に、ですか?」
「ええ、そうよ。カリーナ妃の侍女を務めていた女性が暴露したようなの」
それもゴシップ誌に掲載されていた記事らしい。
「私、実はああいうくだらない記事を読むのが好きで、けっこう詳しいのよ」
堅苦しい文章で書かれている新聞よりも、読み応えがあるのだと言う。
いい暇つぶしになっていたようだ。
「国王陛下と毎晩のように共に過ごしているのであれば、首飾りを盗むのは難しい気もしますが」
「まあ、誰かに盗むように命令することもできるわ」
自分の手を汚さずに盗んだ可能性もあるようだ。
「王妃殿下の金庫は寝所にあるはずだから、眠っているうちに盗ませたのでしょうね。だいたんな犯行だわ」
寝所にと聞いて、ハッと気付く。
昨晩、公妾は国王と過ごしていた。ならば、東屋にいた女性の人影は王妃ではないのか。
彼女が庭へ散歩に行っている間に、首飾りは何者かに盗まれたに違いない。
ただ、本物の幽霊である可能性も否定はできなかった。
ゴッドローブ殿下と話したあとに女性の姿は消えていたから。
ただ、庭にいたのが王妃であっても、何かに役立つ情報ではない。
問題は何も解決しておらず、深いため息を吐いてしまった。




