夜会にて
フロレンシに顔を見せると、満面の笑みで駆け寄ってきた。
「グラシエラお姉様! とってもおきれいです。まるで、本物の王女様のようですね!」
久しぶりに華やかに着飾った私を前に、フロレンシは瞳をキラキラ輝かせる。
まさか、ここまで喜んでくれるとは……。
ここ数年、病床に臥せる父に遠慮し、華美な装いはしていなかったのだ。
フロレンシがこうして明るい表情を見せてくれるのならば、身なりにも気を使ったほうがいいのだろう。
メンドーサ公爵家の財産は凍結されてしまったが、ガッちゃんの蜘蛛細工があれば、着飾れるはずだ。
フロレンシのために、見目にも気を使おうと心の中で誓う。
「そういえば、今日は夜会に参加されるとおっしゃっていましたね」
「ええ、そうですの」
「一緒に参加できる、アントニーお義兄様は幸せ者です!」
アントニーの名前が出た瞬間、顔を引きつらせてしまう。
そういえば、フロレンシに婚約解消について話していなかったのだ。
私の反応の悪さに、フロレンシはすぐに何かを察したようだ。
眉尻を下げ、申し訳なさそうに問いかけてくる。
「グラシエラお姉様、アントニーお義兄様とケンカされたのですか?」
「い、いいえ、違いますの。その、アントニーとは先日、婚約を解消しまして」
「そうだったのですね。知らずに、申し訳ありませんでした」
婚約解消が決まった時点で、話しておけばよかったと後悔する。
フロレンシは六歳とは思えないくらいしっかりしていて口も堅い。大切な話も心に留め、口外することはないだろう。
彼はこれ以上、アントニーとの婚約解消について話を聞くつもりはないのか、別の話題を振ってきた。
「あ! 今日は、ガラトーナも一緒に行かれるのですね」
「そうですの。よく気付きましたね」
「えへへ」
フロレンシはガッちゃんとも仲良しで、たまにふたりで遊んでいるほどだった。
視線の先がちょうどガッちゃんがしがみついた先だったため、偶然気付いたのだと言う。
「ガラトーナ、グラシエラお姉様のことを、よろしく頼みますね」
ガッちゃんが了解したとばかりに、敬礼をしながら『ニャ!』と鳴く。
その瞳は使命感で燃えているように見えた。
「グラシエラお姉様、今晩は楽しんできてくださいね」
「ええ、ありがとう」
フロレンシの頭を撫でると、心地よさそうに目を細める。
もう眠るというので、おやすみなさいのキスを頬に落とした。
フロレンシの見送りを受けつつ、夜会が開催される宮殿へと向かったのだった。
◇◇◇
会場付近は馬車が渋滞していた。今日は招待客が多いので、いつも以上に街は騒然としている。
幸いにも上級貴族は特別な道を案内されるので、すんなり宮殿に行き着く。
煌びやかな宮殿を前に、深く長いため息を吐いてしまった。
今宵の夜会も、婚約解消していなければアントニーと参加する予定だったのだ。
当然ながら、いつもの場所に彼の姿なんてなかった。もしもいたら、一言謝罪をと思っていたのだが。
やはり彼は、メンドーサ公爵家の財産目的で私と結婚したかったのだろう。
皆、同伴者と寄り添い、歩いていた。
ちらちらと視線を感じるのは、ひとりでいるからか。こういった夜会は同伴者が必須で、単独でいる者は〝わけあり〟なのだ。
もしかしたらじろじろ見ているのは、アントニーとの婚約解消の噂を知っている者達なのかもしれない。
想定していたよりも、居心地が悪い。針のむしろに座るような心地を味わってしまう。
庭で時間を潰してから大広間に向かおうか。
なんて考えていたら、背後より声をかけられる。
「あら、グラシエラじゃない」
甘ったるく、甲高い声の主は、聞き覚えがありすぎた。
従妹のソニアだろう。
できれば会いたくない相手だが、無視をしたらあとが怖い。
しぶしぶ振り返った先で、驚愕することになる。
ソニアはアントニーと腕を組み、勝ち誇った表情で私を見ていた。
一方で、アントニーは気まずげな空気を振りまいている。私と目が合わないように、顔を逸らしていた。
アントニーがソニアに気があるのはわかっていたものの、変わり身が早すぎやしないか。呆れたの一言である。
婚約解消して一日と経っていないのに、別の女性を連れていたら、アントニー自身の評判も悪くなるだろうに。
ソニアの印象もよくないだろう。
なんて考えているところで、ピンと閃く。
こうなったら、彼らの愚行を利用しよう。
精一杯の悲しみの感情を瞳に浮かべ、アントニーに話しかける。
気分は悲劇のヒロインであった。
「まあ、アントニー。今日はソニアと参加なさるのね」
「あ、ああ。まあ……」
傍から見たら、アントニーがソニアと浮気をして婚約解消になったように見えるだろう。
ソニアは悲しむ様子を見せる私を見て、口元に弧を浮かべる。
「グラシエラ、こんなことになって辛いだろうけれど、気に病むことはないわ」
「ええ……ソニア、ありがとう。あなた達の幸せを、わたくしは願っていますわ」
私が殊勝な態度に出れば出るほど、ソニアは上機嫌となる。
その一方で、アントニーはこの場に居場所なんてないような表情を浮かべていた。
演技の効果は絶大だった。
先ほどまで私を見ながらヒソヒソ噂話していた人達が、今度はアントニーとソニアに非難めいた視線を向けていた。
彼らはきっと、婚約解消の原因はアントニーにあると判断しただろう。
あとは、噂話が自然と広がるのを待つばかりだ。
「それでは、ごきげんよう」
涙を拭う仕草を取りつつ、彼らの前から立ち去る。
私を見つめる周囲の視線は、揃って同情的なものへと変わった。