すっかり元気になった騎士
マントイフェル卿との初めての外出は、とんでもない結果に終わる。
その日はゴッドローブ殿下の計らいで、深夜に帰宅できた。
しかしながら皆眠っていたため、会えたのは翌日だった。
侯爵夫人はフロレンシに、「リオンがお腹を下してしまったから、あなたのお母様が介抱していたのよ」と言ってくれていたようだ。
そのため、フロレンシはマントイフェル卿のお腹の調子を心配していた。
もうよくなったと告げると、安堵した表情を見せる。
呪いを受けたマントイフェル卿が命の危機に晒されていた、なんて正直に言えるはずもなかったので、侯爵夫人には感謝しかない。
それから三日後に、マントイフェル卿は元気な姿を見せてくれた。
片手には、クリスタル・スノードロップの鉢を抱えていた。
「いやはや、心配をおかけしました」
フロレンシが一番に駆け寄って、声をかける。
「マントイフェル卿、お腹はもう痛まないのですか?」
「お腹?」
「この前、お母さんとお出かけしたときに、痛めたと聞いていたので」
口裏合わせをしていなかった、と思ったのは一瞬のことで、マントイフェル卿のほうは瞬時にどういう意味か察したようだ。
「あー、そうそう。もう本当に酷かったんだけれど、レンのお母さんの看病のおかげで、今はもうよくなったよ」
「よかったです」
マントイフェル卿はしゃがみ込み、「優しい子だねえ」と言ってフロレンシの頭を撫でる。
フロレンシは嬉しそうに目を細めていた。
マントイフェル卿と一緒に、家庭教師もやってきたようだ。フロレンシは名残惜しそうに部屋を去る。
「ララ、この花、馬車に忘れていたでしょう?」
「ええ、その、はい」
帰宅したあと、そういえば……と思い出したものの、彼がどういう状況にいるかわからなかったので、次に会ったときに聞いてみようと考えていた。
クリスタル・スノードロップを受け取り、改めて感謝の気持ちを述べると、侯爵夫人が咳払いする。
「ああ、侯爵夫人、何やらレンには上手く言ってくれていたようで」
「当たり前よ。あなたが殺されかけて、お母さんが重要参考人になって帰れないなんて言えるわけがないでしょう」
侯爵夫人には詫びの品として、絹のハンカチを持参していたらしい。
「もっといいお品がよければ、用意するけれど」
「これで充分よ」
マントイフェル卿は侯爵夫人から座るように勧められたのだが、その前に謝りたいことがあると言って頭を下げた。
「ララを巻き込んでしまって、ごめんなさい」
「謝る相手は私ではないでしょう?」
侯爵夫人は庭でも歩きながら、謝罪でもしてきなさい、と言った。
マントイフェル卿は私を振り返り、少し困ったような表情で見つめる。遠慮するような雰囲気を感じたので、仕方がないと思って誘ってあげた。
「今日はよく晴れているので、外を歩きませんか?」
「いいの?」
「ええ。クリスタル・スノードロップも植えてきましょう」
「そうだね」
ガッちゃんは侯爵夫人と一緒に、お茶を楽しむらしい。最近、紅茶の味を覚えたようで、お気に入りの角砂糖を落として飲んでいるのだとか。
「時間は気にしなくてもいいから、息抜きしてきなさい」
侯爵夫人とガッちゃんに見送られながら、私とマントイフェル卿は庭に出る。
クリスタル・スノードロップはマントイフェル卿が持ってくれた。
外はまだ少しだけ冷えるものの、日差しは暖かだ。
「なんか思っていたよりも寒いけれど平気?」
「ヴルカーノの気候に比べたら、ポカポカ日和と言えるくらいです」
「へえ、ララの故郷ってそんなに寒いんだ」
今日のマントイフェル卿は浮かない表情を浮かべていた。
もう、私の前で明るい男性を演じなくてもいい、と思っているのか。
きっとそれだけではないのだろう。
彼はきっと、何かに迷っている。でないと、迷子の子どものような顔で私を見つめるわけがない。
「マントイフェル卿、人生って、巡る季節のようだと思うときがあるんです」
途中ですれ違った庭師に、スノードロップをどこに植えていいか聞いてみる。
好きなところに植えていいと言うので、適当な場所に腰を下ろした。
マントイフェル卿も私の隣にしゃがみ込んで、クリスタル・スノードロップを鉢から取り出してくれた。
私は庭師から貸してもらったシャベルで、土を掘り起こす。
スノードロップを移植し、土をふんわりと被せた。
魔法植物の栄養源は魔力なので、水やりは不要、そのまま放置でいいらしい。
ホッとしたのも束の間のこと。
マントイフェル卿が話しかけてくる。
「ララ、人生は巡る季節のようだって話、続きを聞かせて」
「言ったあと、恥ずかしくなっていたのですが」
「いいから」
季節は同じように巡ってくる。
美しい花々が咲き誇る春に、厳しい暑さを迎える夏、実りの秋が訪れ、雪が降り積もる冬が巡ってくる。
「人生も同じように、人には花盛りがあったり、ジリジリとした暑さに耐えるような辛い出来事があったり、努力が実ったり、積雪のような重圧があったり――いろいろありますよね」
ただそれがずっと続くわけではない。
人生というものは、季節と同じように、時が進むにつれて巡っていくのだ。
「どれだけ雪が降り積もって辛くても、春になったら溶けます」
「人生も同じように、今が辛くても、長くは続かないってこと?」
「そうだといいな、とわたくしは信じています」
そうだ、と言い切れたらよかったのだが、他人の人生の責任は取れない。
結果、やんわりとした言い方になってしまった。
「それから、季節の感じ方も人それぞれで、自分が感じていることを、他人も同じように考えているとは限りません」
ビネンメーアの寒さを厳しいとマントイフェル卿が思っていても、ヴルカーノ生まれの私がなんてことないと感じているように、人生の捉え方もさまざまだ。
「誰にも言えないような大問題でも、人によってはささいな問題だったりするんです。だから、自分の中で溜め込まずに、相談することは大切だと、わたくしは思います」
今の状況がすべてだと思わないでほしい。自分の行動によって、運命はひっくり返るものだから。
そんな願いを込めて、人生観を少しだけ語ってみた。
「ララ、ありがとう。なんだか勇気が湧いてきたよ」
そう言って、マントイフェル卿はやわらかな微笑みを浮かべた。
迷子の子どものような表情は、どこかへ消えたようだ。