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デートの前に

 ひとまず、マントイフェル卿に指摘されたメイドの雇用について、侯爵夫人に相談した。

 すると、呆れた表情で言葉を返される。


「いつ言ってくるんだって、待ちくたびれていたわ。私のほうはすでに、コテージで働くメイドを雇っている状態だったのに」

「そ、そうだったのですか?」

「ええ。あなたの意志を大事にしたいから、私のほうからは言えなかったの」


 なんでも侯爵夫人は私が時々、疲れた顔をしているのに気付いたらしい。

 そこで、フロレンシから私の休日の過ごし方について、聞いていたようだ。

 私は頑固なので、侯爵夫人から勧めても受け入れないと思っていたようだ。そのため、言ってくるのを待っていたと言う。


「レンも心配していたわ。お母さんは働き過ぎだって」

「忙しくしているつもりはなかったのですが」


 ビネンメーアに来た当初は、いつかメイドを雇い入れようと考えていた。けれどもいざ生活が始まったら、私ひとりでも大丈夫だと思うようになっていったのである。


「これで安心して、あなたを傍付きとして置けるわ」

「心配をおかけしまして、申し訳ありませんでした」

「いいのよ。でもどうして、いきなりメイドを雇う決意を固めたの?」

「それは、マントイフェル卿にそうしたほうがいいという指摘を受けまして」

「まあ、彼が!?」

「はい。珍しく、少し怒った様子で言われてしまいましたわ」


 他人に深入りせず、いつも調子のいいことを言って、のらりくらり生きているように見えるマントイフェル卿からのまっとうな意見は、私の胸に響いてしまったのだ。


「そう。意外、というか、他人に対して彼がそこまで踏み込んで意見するのを聞いたのは、初めてだわ。ララ、あなたはリオンにとても気に入られているのね」


 その言葉を、そっくりそのまま信じるわけにはいかない。自分自身の目で、彼がどういう人物なのか知る必要があるのだ。


「マントイフェル卿の件で、もう一点報告しておこうと思いまして」


 今度の休日に、彼と出かけることを伝えておく。そうすれば、もしも外出中に私が誘拐されたり、命を脅かされたりするような事件が起きたら、真っ先にマントイフェル卿が疑われるだろうから。


「あなたがリオンと出かけるですって? あなた、ずっと彼の誘いをかたくなに断っていたでしょう? どういう風の吹き回しなの?」

「それは――」


 マントイフェル卿を知ろうと思ったきっかけは、イルマの死の謎に触れたからだ。それをそのまま侯爵夫人に言っていいものなのか。

 少し迷ったが、すべて説明せずにやんわりと伝えてみた。


「実は、マントイフェル卿についての悪い噂を耳にし、とても衝撃を受けまして……。ただそれをそっくりそのまま信じるというのはよくない気がして、彼がどういう人なのか、わたくし自身の目で確認したいと思った次第です」

「そう」


 マントイフェル卿のよくない噂について、侯爵夫人は把握していたのだろう。それについて、深く聞かれることはなかった。


「ララ、あなたは噂を聞いて、リオンが怖いと思わなかったの?」

「怖いです。けれども、他人からの情報を鵜呑うのみにして、誰かを嫌ったり、怖がったりする自分のほうが怖いと感じてしまいました」

「ええ……あなたの言うとおりだわ」


 侯爵夫人は私の無謀とも言える行動を反対せず、応援してくれた。


「でも、念のため、気を付けてね。私はリオンのことを信用しているけれど、その信用があなたにまで働くとは思っていないから」

「わかっております。ガッちゃんも一緒ですし、もしも何かあったときは糸でぐるぐる巻きにして、時計塔に吊しますので」

「あら、あなた、いい戦い方を知っているじゃない」

「もちろんですわ」


 マントイフェル卿が私に牙を剥くことがあっても、ガッちゃんといればどうにかなるだろう。

 時間が巻き戻る前までは、レースを作ること以外に蜘蛛細工を使っていなかった。

 けれども今は、自分を守るためにも使いたい。

 ガッちゃんも同じ思いのようで、キリリとした表情で『ニャ!』と鳴くのと同時に頷いていた。


 ◇◇◇


 あっという間にマントイフェル卿と出かける日を迎えた。

 一応、フロレンシにも言っておいたのだが、「楽しんできてくださいね!」と明るく返されるばかりだった。

 少しだけ、「お母さんは僕とマントイフェル卿、どちらが大事なんですか?」なんて言ってほしいと思っていたところがあったのが……。

 フロレンシも姉離れをする年頃なのかもしれない。

 いくらかわいくても、いつまでも一緒にはいられないのだ。

 こうして異性と出かけるなんて、とても久しぶりなのではないか。と考えたところで、その記憶がないことに気付く。

 婚約者だったアントニーとは、一度もデートなんぞした覚えがなかった。

 会うときはメンドーサ公爵邸か、夜会の会場である。

 他のご令嬢は舞台を観に行ったとか、百貨店に出かけたとか、そういう話を聞いていた。

 そのとき、なぜアントニーは誘ってくれないのか、と思ったことすらなかったのだ。

 きっと彼との結婚は政治的なもので、関係を深くしようと望んでいなかったからだろう。

 それに気付いた途端、異性と出かけるときはどういうふうに振る舞えばいいのか、わからなくなってしまった。

 しかしながら、私は人妻という設定である。

 こういうことに慣れていない様子を見せたら、マントイフェル卿は不審がるだろう。

 どうして初めてのデートが、女性との付き合いに慣れていそうな彼なのか。

 思わず頭を抱え込んでしまった。 

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