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【完結】泥船貴族のご令嬢、幼い弟を息子と偽装し、隣国でしぶとく生き残る!  作者: 江本マシメサ
第四章 忍び寄る影

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霧深き湖での悲劇

 ひとまず、歩きながら話を聞く。


「その、ご指摘通り、ここはイルマお嬢様の遺体が発見された湖です」

「先ほどから言いかけていたのは、この件なんですね」

「はい」


 イルマについては禁句となっている。ローザは比較的彼女の名前を出してしまうようだが、家政婦長になったから我慢していたらしい。


「イルマお嬢様が亡くなって、使用人達が解雇される前、裏庭で不気味な人影を見たっていう騒ぎが何度かありまして……。未練があって、天国に行けなかったイルマお嬢様が彷徨さまよっているんだ、ってみんなが噂していたものですから、どうしようもなく恐ろしくって」


 マントイフェル卿との結婚を目前に、若くして亡くなってしまったのはさぞかし無念だっただろう。

 魂がこの世にとどまっていて、人影が目撃されるという話が広がってしまうのは、なんら不思議ではない。


「窓から裏庭を覗き込むことでさえ、怖かったんです」

「そうだったのですね」


 話をしているうちに、太陽がさんさんと降り注ぐ庭に出てきた。

 ローザも安心しただろうと思って横顔を見ていたら、どうにも冴えない。

 まだ何か、気になることでもあるのだろうか。

 気分転換になるかもしれないと、私はローザをコテージに招待した。


「いいのですか?」

「ええ。今、レンは屋敷で勉強中ですので、誰もおりませんので」


 初めてコテージにお客さんを招待した。

 朝から揚げたドーナツを振る舞うと、ローザは嬉しそうに頬張る。


「うう、ドーサ夫人のお菓子、とてつもなくおいしいです」

「お口に合ったようで、何よりですわ」


 元気になったかと思いきや、紅茶を飲み干したあとのローザは物憂げな表情を浮かべてしまった。


「あの、ローザさん、何かあったのですか?」

「な、なんでもないですよ!?」


 何かありました! と言わんばかりの否定っぷりに、ローザ自身も驚いているように見えた。


「ローザさん、わたくし、口がとっても堅いんです。何かあったのならば、ひとりで抱え込まないで、話してくださいな」


 それから、もっとドーナツを食べるように勧めた。

 ローザはドーナツを一口かじってから、静かに話し始める。


「実は私、大変な場面を見てしまったんです」


 それは三年前の、イルマが亡くなる前日の話だったと言う。


「その日はマントイフェル卿がやってきて、イルマお嬢様は上機嫌でした」


 婚礼衣装のデザイン画が完成したようで、どれがいいか嬉しそうに聞いていたらしい。

 紅茶を運んでいったメイドが、幸せそうだったと話していたようだ。


「私は洗濯物の回収にいっていたのですが、そのとき、庭で会話するマントイフェル卿とイルマお嬢様を目撃してしまったんです」


 ふたりの逢瀬を邪魔しないよう、ローザはこっそりその場から離れようとしたらしい。

 けれども、踵を返そうとした瞬間に、イルマの切実とした声が聞こえてきたと言う。


「イルマお嬢様はマントイフェル卿に、〝愛しているの〟と熱烈な告白をしていたんです」


 恋物語のような会話を耳にしたローザは、思わず立ち止まって聞き入ってしまったようだ。


「当然ながら、マントイフェル卿は感極まって、イルマお嬢様を抱きしめるものだと信じて疑いませんでした。しかしながら、私の想像は大きく外れてしまったのです」


 マントイフェル卿はイルマに背を向け、〝僕は君の気持ちに応えることはできない〟という、残酷とも言える一言を返した。


「我が耳を疑いました。マントイフェル卿とイルマお嬢様は、愛し合って婚約したと思っていたものですから」


 そのあと、マントイフェル卿は足早にその場を去っていったらしい。

 イルマはあとを追いかけたようだが、これ以上会話はできなかったようだ。


「その日の晩、イルマお嬢様はとても落ち込んでいて……」


 使用人達は皆、イルマの意気消沈っぷりを見て、どうしたのかと心配していたらしい。

 お喋りなローザも、さすがにメイド仲間に昼間に聞いてしまった会話は伝えられなかったと言う。


「その日の晩、イルマお嬢様は行方不明となり、翌日、湖に浮かんだ状態で発見されました」


 騎士隊の調査では、何か悩みがあって夜中に屋敷を抜け出し、雰囲気のある湖の前で物思いに耽っていたのではないか。その最中に足を滑らせて落下し、溺れて死亡した、というのが死因として報告されたと言う。


 イルマが湖に浮かんでいるところを従僕が発見したようで、使用人達の間でその様子が鮮明に伝わったようだ。


「イルマお嬢様が亡くなったあとは、よく夢にみていました。イルマお嬢様が私に、よくも盗み見ていたな、って怖い声で言ってくるんです」


 三年経ったので夢に出てこなくなったようだが、裏庭へ行くのは今でも恐ろしいようだ。


「それで、その、騎士隊の調査では事故だと言われていましたが、私は、もしかしたらイルマお嬢様は自分で湖に飛び込んだのではないか、って思ってしまって」


 昼間でさえも、裏庭へ足を踏み入れるのは恐ろしい。

 そんな場所に、いくら深刻な悩みがあったとしても、夜中にひとりで湖へ行くだろうか?

 ローザは長い間、疑問だったらしい。


「裏庭の湖だったら見つかりにくいですし、その、身投げをするならば、言い方が悪いですが、うってつけだな、とぐるぐる考えてしまって」


 事故にしろ、自ら身を投げたにしろ、イルマが亡くなってしまった事実に変わりはない。

 ローザにはあまり気にしないように言っておく。


「ドーサ夫人、こんな話をしてしまって、申し訳ありません」

「いいえ。ローザさん、あなたもこれまで辛かったでしょう」

「そう、ですね。気付かないうちに、重荷に感じていたところはあったかもしれません」


 私に話して楽になったというので、よかったと思う。

 ただ、イルマの死について、少し引っかかる部分に気付いてしまった。


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