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王妃の首飾り

 ドキドキと落ち着かない状態で、一歩、一歩と王妃のもとまで歩いて行く。

 王妃は公妾派に反感を抱けど、中立派にはそこまで嫌悪感を抱いていないらしい。

 今回は王妃派のニーナの紹介なので、大きな問題は起きないだろう。


 ずらりと連なる行列に並び、一時間ほどで私の番となった。

 失礼のないように、レイシェルから習ったビネンメーア式の会釈をしながら名乗る。


「ファルケンハイ侯爵夫人の名代でやってきました、ララ・ドーサと申します」

「ああ、侯爵夫人から話は聞いている。面を上げよ」


 ゆっくりと顔を上げたその瞬間、胸がどくん!! と大きく鼓動した。

 王妃が身に着けていた首飾りに見覚えがあったのだ。

 勘違いだと思いたかった。だが、信じられないほど澄んでいるエメラルドがあしらわれた首飾りを間違うはずがなかった。

 あれは時間が巻き戻る前の世界で、叔父が私に売ってくるように命じた品と同じ首飾りだろう。

 私がなんでも屋〝禁断の木の実フルットプロイビート〟に運んだ盗品はいくつもあった。

 中でもあの首飾りは特別で、記憶にこびりついている。

 処刑される前に、何度も証拠品として確認させられたから。


 ビネンメーアの王妃の首飾りを盗んだ罪は極めて重たかった。

 叔父は私に罪をなすりつけ、被害者のような顔でいたのを、昨日のことのように思い出せる。


 首飾りがビネンメーアにあるのは、盗まれる前だからだろう。

 いったい誰がどのような手段で、王妃の手元から持ち出したのか。


 考えているうちに、眩暈めまいに襲われた。


「――っ!」


 目の前が真っ白になりかけていたものの、なんとか奥歯を噛みしめて耐える。

 私は侯爵夫人の名代としてここにいるのだ。

 与えられた役割だけは、なんとか果たさないといけない。


「侯爵夫人にも、いつか顔を出すように伝えておいてくれ」

「はい、必ず」


 深々と会釈をすると、下がるように言われる。

 なんとか最後まで終えることができたようだ。


 王妃の首飾りを見た影響で、胸がバクバクと鼓動を打っている。

 呼吸さえも、上手くできている気がしない。

 そんな私をニーナは心配し、顔を覗き込んでくる。


「ララさん、大丈夫ですか?」

「え、ええ。少し、緊張していた、ようです」


 なんとか言葉を振り絞る。

 目の前にいるニーナの姿が二重、三重にぼやけていた。

 一度、休んでから帰らないと、どこかで倒れてしまいそうだった。


「ニーナさん、今日はありがとうございました。おかげさまで、王妃殿下に挨拶をすることができました」


 ニーナは会場内で数名、知り合いに声をかけられていた。私にばかり構っている場合ではないだろう。


「もう、ひとりで帰れますので、ニーナさんはお友達にご挨拶なさってください」

「本当に平気なんですか?」

「はい。ただの緊張ですので、少し休憩してから侯爵邸に帰りますわ」

「そうですか」


 ニーナは私の手を握り、今度ゆっくりお茶でも飲もうと誘ってくれた。

 本当にいい人だ。そんな彼女にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

 ニーナと別れたあと、休憩室を目指すために歩きだす。


 先ほどから冷や汗が止まらない。指先はガタガタと震え、寒気に襲われる。

 

『ニャ、ニャア?』


 ガッちゃんが私を心配し、顔を覗き込んでくる。

 大丈夫だと安心させるために言葉を返したかったが、喉がれていて上手く声が出てこない。


『ニャ……』


 力を振り絞ってガッちゃんを撫でると、不安げな声をあげていた。どうやら強がりだとバレているようだ。

 それにしても、王妃の首飾りを目にしただけで、ここまで気力を削られるなんて……。

 処刑とフロレンシを亡くした恐怖がぶり返してきたのだろう。

 とうとう立っていられなくなり、壁を伝って歩いて行く。


 ニーナに教えてもらった休憩室までもう少しだ。 

 

「あ、あなた!!」


 聞き覚えのある声が耳に届いた。

 誰かと認識する前に、腕を取られてしまう。


「私が話している途中にいなくなるなんて、失礼だと思わなかったの?」

「あ」


 ぼんやりとした視界に映る、燃えるように真っ赤な髪――彼女は公爵令嬢リーザだ。

 ここで出会ってしまうなんて、本当に運がない。


「あなたみたいな人が王妃殿下に挨拶するなんて、生意気なのよ!」


 リーザの手が大きく振り上げられた。

 回避する余裕なんてまったくなく、ぎゅっと目を瞑って衝撃に備える。

 

「――っ!」


 ばちん! と叩かれる覚悟をしていたのに、何も起きない。

 そっと瞼を開くと、リーザの細い腕を誰かが掴んでいた。


「王宮で暴力沙汰はよくないなあ」


 どこかのんびりしている声の主を見上げる。一瞬だけ、ぼやけていた視界が鮮明になった。

 近衛騎士の制服に身を包んだ、銀色の髪に緑の瞳を持つ美貌の青年――マントイフェル卿だった。


 リーザは顔色を青くさせ、掴まれた腕を引き抜こうとした。

 けれどもマントイフェル卿は放さない。


「なんか、生意気だとか聞こえたんだよねえ。彼女のどこが生意気だったか、僕にも聞かせてくれるかな? そういう醜聞、けっこう好きなんだよね」


 にやり、と悪魔のような微笑みを浮かべ、マントイフェル卿はリーザを問い詰める。

 リーザはしどろもどろ、と弁解を口にした。


「あ、あの、彼女は王妃殿下と言葉を交わすに相応しい人ではないのに、お祝いをしに行っていたものですから、その、な、生意気だと思って、指摘してあげたのです」

「へーーーー」


 リーザは再度手を抜こうと引っ張ったが、びくともしない。

 マントイフェル卿は彼女の腕を掴んだまま、真顔で見下ろしていた。


「君はマイン公爵の娘さんだったかな?」


 マントイフェル卿に覚えてもらっていて嬉しかったのか、リーザの表情が明るくなる。


「は、はい! リーザと申します」

「ああ、そうそう。そんな名前だったね。あんまり覚えてなかったし、今後も覚える予定はないけれど」


 冷たく突き放すような物言いに、リーザの顔色が再び悪くなる。


「ひとつ、教えておくけれど、君がケンカを売った彼女は今回、侯爵夫人の正式な名代として参加していたんだよ」


 マントイフェル卿はにっこりと微笑みを浮かべ、リーザに指摘する。


「生意気なのは、どうやら君のほうだったね」


 そう言って、パッと腕を放す。

 別に突き飛ばしたわけではないのに、リーザはその場に倒れ込んでしまった。

 少し驚いた表情を浮かべたマントイフェル卿が手を差しだすのと同時に、リーザは弾かれたように立ち上がる。

 そして素早く回れ右をし、そのまま走り去ってしまった。


「あの子、悪魔から逃げるようにいなくなったなー」


 悪魔のような表情や物言いをしていた自覚はないらしい。


「ララ、災難だったねえ」

「……ええ」


 助けてくれたお礼を言いたかったのだが、もう限界だった。

 ただ、彼の前で倒れるわけにはいかない。

 休憩室は目の前だ。

 会釈だけして通り過ぎよう。なんて考えつつ一歩前に踏み出した瞬間、体がぐらりと傾く。


「危ない!!」


 マントイフェル卿の声が聞こえたのと同時に、意識がぶつんと途切れてしまった。

 

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