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侯爵邸についてのあれこれ

 侯爵夫人はひとりになりたいから、と言って私達を下がらせる。

 コンサバトリーから出ると、レイシェルに謝罪された。


「ごめんなさい。お祖母様、今日は機嫌がよろしくなかったみたいで……というか、いつもだいたいあんな感じなの」

「いいえ、とんでもない。追い出されなかったので、ホッとしているところでした」


 本当の人間嫌いならば、見知らぬ子連れ女なんて追い出すだろう。

 

「ひとまず、ここでの滞在は許されたようですので、侯爵夫人の支えになれるよう、努めてみせます」


 レイシェルは私の手を握り、「ありがとう」と言ってくれた。

 感謝しないといけないのは、私のほうなのに……。


 長い廊下を歩きながら、レイシェルは屋敷での過ごし方について教えてくれた。


「必要な品があれば、三日に一度やってくる通いの商人に頼むといいわ。ドレスでも、化粧品でも、なんでも頼んでちょうだい」


 この屋敷は侯爵の監視のもと、次期当主であるライルが管理しているらしい。


「ライルはイルマの兄で、私の従兄でもあるの」


 現在三十歳で、亡くなった父親の代わりに祖父である侯爵の補佐をしているらしい。


「今度夜会か何かで、紹介するわ」

「は、はあ」

「お祖母様に似て少し偏屈なところはあるけれど、まあ、いい人よ」


 外国人であり、身分があやふやな私が夜会になんて参加する資格があるのか。疑問でしかないが、ここでお世話になっている以上、挨拶はしておいたほうがいいのだろう。


「あの、侯爵様はわたくしの存在を把握しているのでしょうか?」

「していないというか、しなくてもいいわ。お祖父様は若い女性が大好きなの。あなたの境遇を聞いたら気の毒がって、愛人として別邸に囲いたいって言い出すはずよ。そういうのは、嫌でしょう?」

「それは――」


 フロレンシと生きていくためならば、若さと女性であることを武器に誰かに依存することも覚悟していた。

 はっきり嫌だと否定できる立場に、私はいないのだ。

 そんな気持ちが表情に出ていたのか。レイシェルはすぐに謝罪した。


「ごめんなさい。余計なことを言ってしまったわ」

「いいえ」


 そんな話をしているうちに、フロレンシが待つ部屋へと行き着いた。

 扉を開くと、レイシェルの侍女以外にひとりの女性がいた。


「ああ、ちょうどよかった。彼女はメイドのひとり、アニーよ」


 年頃は二十過ぎくらいだろうか。栗毛に黒い瞳を持つかわいらしい女性だ。


「お祖母様は彼女の無口なところが気に入っているの」


 ララ・ドーサだと名乗ると、アニーはペコリと会釈する。その後、言葉を交わすことはなく、レイシェルが何か耳打ちすると、そそくさと部屋から去っていった。


「アニーはいつもあんな感じだから、気にしなくてもいいわ」


 もうひとりのメイドの名前はローザ。十八歳の女の子で、こちらはお喋りらしい。


「ローザは一度捕まったら永遠に話しかけてくるから、ほどほどに付き合ってちょうだい」

「わ、わかりました」

「あなたについては他の使用人に話しておくようアニーに頼んでおいたから、トニーやロイドと屋敷ですれ違ったら挨拶すればいいわ」


 トニーは侯爵家に三十年もの間勤める熟達した料理人で、ロイドはライルが送り込んだ秘書官兼従僕らしい。


「一応、あなたがお祖母様の次に偉い立場にあるから、彼らに命令しても構わないわ」


 忙しいので、聞き入れてもらえるかはわからないけれど、と付け加えられる。


「屋敷も掃除が行き届いていなくて、驚いたでしょう?」

「いえ、我が家も使用人を最低限の人数しか置いていなかったものですから、似たようなものと言いますか」

「そうだったわね」


 心配はいらない、とレイシェルを安心させておく。

 その後、侯爵夫人の私室や寝室、厨房やリネン室、蒸留室スティルルームに備品庫など、最低限の部屋の案内をしてもらった。

 使用人がいそうな場所に足を運んだのに、彼らの姿は影も形もなかったわけである。

 続いて、私達の生活の拠点となる小さな家コテージを案内してもらった。


 裏口から外に出ると、豊かな庭が迎えてくれる。

 そばかすが散ったような花を咲かせるフレックルスや、剣のように真っ直ぐな茎を生やすアイリス、かぐわしい芳香を放つダフネなど、冬の花々が咲いていた。

 少し雑草が生えてはいるものの、きれいに整えられている。

 週に一度は庭師を大勢呼び寄せ、手入れを頼んでいるらしい。

 スノードロップに囲まれた道を歩いた先に、コテージが建てられていた。


「ここがそうよ」


 蜂蜜色の煉瓦で建てられた、かわいらしい平屋建ての一軒家である。

 フロレンシは「わー!」と歓声を上げ、玄関のほうへと走って行った。


「すてきなお家ですね」

「ええ、そうなんだけれど」


 レイシェルがぐっと接近し、まさかの情報を耳打ちする。


「ここはお祖母様が建てた離れなんだけれど、お祖父様が若い頃、あまりにも愛人を屋敷に連れ込むから、〝避難〟と〝非難〟、両方の意味を込めて造った家だそうよ」

「そ、そうだったのですね」


 子どもをふたり産んだあとは立場が逆転し、侯爵夫人は侯爵と愛人を屋敷から追い出したらしい。

 その後、このコテージは侯爵夫人がひとりになりたいときに立ち寄る場となっていたようだ。


「ワケアリなコテージだけれど、使ってくれたら嬉しいわ」

「はい」


 内部は週に一度掃除するようメイドに頼んでいたらしい。すぐに使える状態にあるようだ。 

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