厄介すぎる叔父
葬儀の喪主に任命されたので、私との接触は諦めたと思っていたのに。
片手には三日分の荷物が入った鞄があり、もう片方の手はフロレンシと手を繋いでいる。
すぐに逃げられるような状態ではなかった。
「メンドーサ公爵家の地位と財産を凍結したというのは本当なのか!?」
「どうしてそれをご存じなのですか?」
「アントニーから聞いた!」
口止め料を払っていたはずなのに、約束を破ってくれたようだ。
父が亡くなったので、効力を失ってしまったのだろう。
「わたくしはよく存じませんので、国王陛下に聞いてくださいませ」
おそらく叔父が謁見を希望しても叶わないだろうから、申し訳ないと思いつつも問題を丸投げする。
「兄上の娘であるお前が、知らないわけがないだろうが!!」
叔父が私に向かって手を上げた瞬間、ガッちゃんに指示を出す。
「ガッちゃん、お願い!」
『ニャ!』
勇ましく鳴いたガッちゃんは、目に見えない糸を叔父の腕に数回ぐるぐると巻き付けたあと、近くにあったガス灯に飛びつく。
叔父の腕に巻き付けた糸を伸ばし、ガス灯にくくり付けてリボン結びにした。
私のもとへ戻ってきたガッちゃんは、上手くできたと長い足でマルを作っていた。
「ガッちゃん、ありがとうございます」
『ニャニャ~』
繋がれた犬のような状態になった叔父は、自由が利かなくなった腕を不思議そうに見上げる。
腕が上がらないことに気付いたようで、力任せに引っ張り始めた。けれども魔力で緻密に編まれた糸は、人の力で切れるわけがない。
「ぐ、ううう! な、なんだ、これは!? グラシエラ、またお前の仕業なのか!?」
「どうでしょう? よくわかりません」
「馬鹿を言うな! メンドーサ公爵家の屋敷にも、誰も足を踏み入れられないような妙ちきりんな魔法をかけていただろが!」
「あれは、わたくし達に悪意を抱く者達を遠ざけるだけの魔法ですわ。普通は出入りできるはずです」
叔父は顔を真っ赤にして、怒りをぶつけてくる。
「この、悪女……いいや、悪しき魔女め!!」
なんとでも言えばいい。フロレンシを守るためならば、私は悪女にでも魔女にでもなってやろうではないか。
「フロレンシ、そろそろ行きましょうか」
「は、はい」
叔父を前に一礼し、その場を去る。
背後より罵声が聞こえていたものの、まったく気にならなかった。
レイシェルが宿泊していた高級宿の前には、立派な馬車が十数台並んでいた。
数台は荷物や使用人を運ぶだけの物なのだろう。
レイシェルはちょうど乗りこむ瞬間だったようで、私達に気付いて声をかけてくる。
「ララ、こっちよ!」
今、この瞬間から、私はララ・ドーサとなり、フロレンシはレン・ドーサとなる。
一度フロレンシと顔を見合わせ頷きあったのちに、レイシェルのもとへと駆け寄った。
フロレンシは六歳とは思えないほど立派な挨拶を、レイシェルに披露した。
「あなたがレンね。聡明そうな子じゃない」
フロレンシは照れたような表情を浮かべ、淡くはにかんでいた。
レイシェルはビネンメーアの大公令嬢ということで緊張していたようだが、一気に解れたように思える。
「あなた達が乗るのはこの馬車よ。どうかくつろいでちょうだいな」
「はい、ありがとうございます」
お言葉に甘え、馬車へと乗りこんだ。
車内はフカフカの座席に、落ち着いたマホガニー素材の内装である。
フロレンシが乗ったあと、レイシェルも乗車する。
思わず驚いた表情を浮かべると、すぐに気付かれてしまった。
「あら、私はお邪魔だったかしら?」
「い、いえ、勝手ながら、婚約者さんとご一緒するものだと思っておりまして」
「彼は外交官で、まだ数日、ヴルカーノに残るの」
「そうだったのですね。その、道中お世話になります」
「こちらこそ」
レイシェルが合図を出すと、馬車は走り出す。
切ない気持ちで王都の街並みを眺めていると、ガス灯に繋がれて大騒ぎしているように見える叔父を発見してしまった。
周囲には人だかりができていたが、皆遠巻きに見ているようだった。
大通りの通行を妨害するほどの人が集まっているようで、馬車は止まってしまった。
「なんの騒ぎ?」
レイシェルは前方に繋がる窓を開いて、御者に説明を求める。
「あーー……なんでしょう? 大道芸人が何か見せているようです」
「迷惑な話だわ」
窓が開いたからか、叔父の絶叫が聞こえる。魔女の仕業だの、グラシエラは悪女だの、よく通る声で叫んでいた。
魔法の糸を引きちぎろうとしているからか、叔父の体はとんでもない角度に傾いている。
人々にも糸が見えないので、叔父が何か芸をしているように見えるのだろう。
さらに叔父が大騒ぎをするので、このように人を集めてしまったようだ。そろそろ解放しよう。
こっそりガッちゃんに合図を出すと、魔法の糸は叔父の腕から外れる。
拘束がなくなった叔父は、勢いよく転倒していた。
「へぶしっ!!」
叔父が悲鳴をあげつつ地面に転がっていくと、人々は芸が終了したと思ったようで、散り散りになっていく。
騎士達も駆けつけ、交通整理がなされた。
さらに私の名を叫び続けていた叔父は騎士に拘束され、どこかへ連行されていく。
馬車は五分後に動き始めたので、ホッと胸をなで下ろした。
王都から馬車を走らせること三時間――港町へ到着する。
そこから三日間かけて、ビネンメーアへと行くのだ。
なんでも屋〝禁断の木の実〟で購入した旅券は問題なく審査を通過し、海上にある国境を越えることができた。
フロレンシは初めての船旅を楽しんでいるようで、よかったと心から思う。
船内は叔父の脅威にさらされることはなく、レイシェルともたくさん言葉を交わし、いい気分転換になった。
あっという間の船旅を終えた私達は、ビネンメーアへと下り立ったのだった。
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