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助けてほしい

 父を教会に運ぶための霊柩馬車を手配し、納棺師のうかんしを呼んで葬儀についても話し合う。

 悲しい気持ちはあったものの、メソメソしている暇なんてなかった。

 叔父一家は私達が喪に服し嘆いている間に、公爵家を乗っ取ったのだ。一刻も早く、事を進めなければならない。

 執事には解職を言い渡す。

 これまで誠心誠意仕えてくれた彼にそのような通達をするのは心が痛んだ。

 けれどもここを離れる以上、やるしかないのだ。

 執事は私の申し出を受け入れ、メンドーサ公爵家を去る。

 それ以外に残っていた使用人にも、紹介状と退職金を託したのだった。


 夕食はフロレンシと静かにいただく。

 私が作った料理を、彼は文句のひとつも言わずに食べてくれた。父が亡くなる前から料理をふるまっていてよかった、と思う。


 目が回るように忙しい一日を終え、フロレンシと同じ寝台で眠る。

 私が横たわると、眠っているフロレンシが温もりを求めるようにすり寄ってきた。

 彼の体を抱きしめ、目を閉じる。

 もしかしたら眠れないかもしれない、なんて思っていたものの、体が疲れていたからかすぐに意識は遠のいていった。


 ◇◇◇


 翌日――屋敷に訪問者が現れる。

 叔父一家ではなく、レイシェルだった。


「グラシエラ様、朝からごめんなさい。お手紙に助けが必要だとあったので、一刻も早く会ったほうがよいと思ったものですから」

「レイシェル様、ありがとうございます」


 どうやら彼女はまだ、帰国していなかったらしい。

 直接会って話したいと思っていたので、正直に言うと助かる。

 レイシェルは私の手を握り、潤んだ瞳で話しかけてきた。


「お父様のこと、大変だったわね。どうか落ち込まずに」

「ええ、ありがとうございます」


 レイシェルは夜会で一度会っただけの私を心配し、励ましの言葉をかけてくれる。

 叔父一家とは大違いの優しい女性だ。聖女と呼ばれるのも無理はないのだろう。


 彼女を比較的手入れが行き届いている客間に案内し、お茶を淹れた。

 その様子に疑問を覚えたようだ。


「グラシエラ様、あなたが手ずからお茶を淹れるなんて……。使用人はいないの?」

「全員解雇しました」

「まあ、どうして?」


 レイシェルを味方にするために、私は秘密を打ち明けた。


「実は、メンドーサ公爵家の財産を叔父一家に狙われておりまして……。父の容態がよくない中、家を乗っ取られないように、現在六歳の弟が成人するまで財産を凍結していまして」

「そう、だったの。よく、そんなことを決断したわね」

「すべては弟のためですわ。ただ、叔父一家はこの事実を知りません。父が亡くなった日も、意気揚々とやってきて、葬儀を取り仕切ろうとはりきる様子を見せておりました」


 この説明で、私とフロレンシが身を置く危うい状況を理解してくれたらしい。


「その叔父様に秘密がバレたら、大変なことになるというわけね」

「ええ、そうなんです」


 ここからが本題である。居住まいを正し、レイシェルをまっすぐ見つめながら話した。


「それでわたくし、弟を息子と偽って、ビネンメーアに渡って、しばらく姿を隠そうと思っていますの」

「まあ! あなた、そんな壮大な計画を考えていたの!?」

「ええ。叔父の脅威は以前から感じておりましたので」


 以前というのは時間が巻き戻る前の話である。感じるどころの話ではないが、レイシェルに納得してもらうための情報開示はこれくらいで十分だろう。


レイシェルは身を乗り出し、瞳を潤ませながら提案してきた。


「私に何か手伝えることはあるかしら?」


さすが、ビネンメーアの聖女である。話が早い。

申し訳ないという気持ちを表情に浮かべつつ、私はあるお願いをした。


「その、大変図々しく、難しいことかもしれませんが、ビネンメーアに渡ったあと、仕事と住まいを紹介していただけないかな、と思っておりまして」


 その辺は想像できていたのだろう。レイシェルは頷くばかりであった。 


「でもどうして、グラシエラ様は弟を息子と偽るの? そこまでしなくてもいいんじゃない?」

「異国の地で、年の離れた姉弟が移り住んだとなれば、悪目立ちしてしまいそうで」

「たしかに、言われてみればそうね。でもあなたはそれでいいの?」

「いい、というのは?」

「もしもすてきな人が現れても、既婚者だと思って声をかけないかもしれないわ」

「わたくし、異国の地で誰かと恋をしようだなんて、考えておりませんわ」


 既婚者という立場が、私を助けてくれるときもあるだろう。

 人妻だとわかっていて迫ってくる男というのは、危険人物としか言いようがない。そういう感覚を持つ人との付き合いを避けるためにも、フロレンシの母として在ったほうがいいのだ。


「あなたの覚悟は相当というわけね」

「ええ」


 レイシェルは目を閉じ、腕を組んで何か考えているようだった。

 普通の人ならば、よく知らない異国人に助けの手を差し伸べることなどしないだろう。

 ただ、彼女は聖女と名高い女性だ。

 手と手を合わせ、どうかお願いと祈りを捧げる。


「わかったわ。あなたと弟さんを支援しましょう」

「レイシェル様、よろしいのですか!?」

「ええ。私も少し困っていることがあって、それを解決するにはあなたの手を借りればいいと気付いたの」

「困っていること、ですか?」

「ええ」


 レイシェルは眉間の皺を解しながら、事情について話し始める。


「私のお祖母様なんだけれど、人嫌いで、傍付きを置かないの。趣味と言ったら若い騎士を呼んでお茶を飲むばかりで……。せめてひとりでもいいから傍付きを置いてほしいって思っていたのよね」

「そ、それは……」


 年若い騎士との茶会が趣味だなんて、なかなか元気なお祖母様である。


「グラシエラ様、あなただったら気に入るはずだわ。どうかしら? お祖母様の傍付きをするというのは?」


 お祖母様の屋敷には使っていない離れがあるようで、そこで暮らすのはどうか? と提案される。


「お庭は美しくて、静かな場所よ。若い人はつまらない土地だなんて言うけれど、私は大好きなの。どうかしら?」

「その、とても光栄なのですが、傍付き、という仕事は経験がないので、心配な部分があります」

「あら、そう? あなたが淹れてくれた紅茶、とってもおいしいわ。きっと、お祖母様も絶賛するはずよ」


 正直なところ、他人から好かれる自信なんてない。これまで付き合いのあった人達は、私がメンドーサ公爵家の娘という前提で仲良くしてくれただろうから。

 けれども貴婦人の傍付きができるなんて、またとない好待遇である。

 静かな土地というのも、フロレンシにとっていい環境だろう。


「レイシェル様、ありがとうございます」


 深々と頭を下げ、レイシェルの提案を受け入れたのだった。 

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