制裁を!
フロレンシは普段と異なる執事の様子から、何かあったのではと察したらしい。
すぐに私を呼びに行ったようだが、部屋にあった置き手紙に気付いたと言う。
正面玄関は執事が管理する鍵でしか開け閉めできないため、裏口から出て行ったのだろうと推測したようだ。
「フロレンシお坊ちゃんにはしばし待つように言ってから、ここでグラシエラお嬢様のお帰りを待っておりました」
「そうだったのですね。すぐに、フロレンシのもとへと向かいます」
今まとっているのはメイド服だが、なりふりなんて構っている場合ではなかった。
急いでフロレンシのもとへと向かう。
彼の部屋の扉を叩くと、勢いよく飛び出してきた。
「グラシエラお姉様、いったい何があったというのですか!?」
フロレンシの小さな肩を抱き、長椅子があるほうへ誘う。
すでに不安げな彼に、父の死を告げるのは辛い。けれども、私しか彼に言えないのだ。
「フロレンシ、よく聞いてくださいませ」
「は、はい」
どくん、どくんと脈打つ胸を押さえながら、父の死についてフロレンシに伝えた。
「お父様の容態が急変し、お亡くなりになりました」
「なっ――!?」
フロレンシは大きな瞳を見開いたかと思えば、一筋の涙をポロリと零す。
「お医者様は以前、お父様はよくなっていると、言っていたのに」
「ええ……」
ここ最近は短い時間だが、起き上がれるようになっていたのだ。
それが昨晩、大量に吐血し、意識が戻らないまま亡くなってしまうなんて。
今でも信じられない。
「うう……うううう!!」
大粒の涙を零し、悲しみに暮れるフロレンシを抱きしめる。
ふたりっきりとなってしまった私達だが、できる限りの準備はした。
もう二度と、同じ過ちは犯さないだろう。
フロレンシを慰めるのと同時に、私はこれからどうすべきか考えていた。
◇◇◇
父の訃報を叔父一家が聞きつけたようで、屋敷にやってきたという知らせを執事から受ける。
ついに、彼らと対峙する瞬間を迎えた。
時間が巻き戻る前の私は、葬儀を取り仕切るという叔父の言葉をありがたく思い、すべてを託した。当時の私は、それが破滅への第一歩だとまったく気付いていなかったのだ。
けれども今の私は違う。
「あの、ご命令通り、ご一家はエントランスでお待ちいただくようにお声かけいたしましたが、納得いかないと憤っていらっしゃるようでした」
「ええ、想定済みですわ」
以前は叔父一家を父の執務室に通してしまった。そのときに、メンドーサ公爵家の家紋入りの懐中時計を盗まれてしまったのだ。
今回はエントランスで待ってもらい、話をしようと計画を立てていたのである。
「すぐに向かいます」
喪に服すための漆黒のドレスをまとった状態で向かった。
まだ玄関まで離れているというのに、叔父一家の不平不満の声が響き渡っている。
エントランスに繋がる階段に行き着くと、すぐに叔父が私に気付いた。
「ああ、グラシエラ。よかった。お前のところの無能執事が、私達をこのような場所に待機させていたんだ!」
叔母も続けて言葉を付け加える。
「秋とは言え、玄関は冷えるわ。早く暖炉がある部屋に入れてちょうだい」
ソニアは当然の権利だ、とばかりに頷いている。
まずは父を弔う言葉を先に言うべきなのに、彼らは現状の不平を口にしていた。
わかっていたが、実に新鮮な気持ちで呆れた人達だと思ってしまう。
「ガエル叔父様、ロミーナ叔母様、ソニア――みなさま、今日はこちらでお話しいただけたらなと思っております」
そう告げると、叔父一家はギョッとした表情で私を見る。
「グ、グラシエラ、何を言っているんだ! 私はお前を助けるために、ここにやってきたんだぞ!」
「必要ありませんわ」
「は!?」
叔父は信じがたい、という瞳で私を見つめる。
「ひ、必要ないって、これから兄上の葬式を行うんだろう? 年若いお前が仕切れるわけがないじゃないか」
「いいえ、立派に果たす自信しかありません。ですので、叔父様はお引き取りください」
これまで従順な姿しか見せていなかったからか、叔父は呆気に取られているように見えた。代わりに、叔母が諭すように声をかけてくる。
「グラシエラ、あなた、お父様が亡くなって、気が動転しているのね。大丈夫、うちの夫に任せていたら、心配なんて欠片もないから」
「そうよ! グラシエラ、生意気言っていないで、お父様に従ってちょうだい」
彼女らの言葉にも、首を横に振って応えた。
私の意思は断乎として曲がらないと叔父も気付いたのか、強行的な手段に出ようとする。
「どうやら、少し〝わからせてやる〟必要があるようだな」
叔父は手を掲げながら、階段を上ってこようとした。
一歩足を踏み入れた瞬間、叔父の体は目に見えない壁にぶつかったように転倒してしまう。
「は!?」
叔父は立ち上がってもう一度階段を上がろうとしたものの、結果は同じ。
「な、なんなんだ、これは!?」
「〝魔法〟ですわ」
「魔法、だと!? なぜ、そんなものが使えるんだ!」
「叔父様、お忘れですか? メンドーサ公爵家は国内でも有数な魔法使いの家系でした。地下にはたくさんの魔法書があり、知識はいつでも学べる環境だったのです」
私は屋敷のいたる場所に、悪意がある者が通り抜けられない魔法の糸を張っているのだ。
もちろん、ガッちゃんと協力して作ったものである。
これまでレース以外作ったことがなかったのだが、蜘蛛細工は私の想像力を使ってさまざまな物を完成させる魔法だ。
結界みたいな糸も作れるのではないかと思ってガッちゃんに相談し、作ってみたわけである。
「この魔法はわたくし達に悪意を抱く者が通過できないようになっていますの」
「ば、馬鹿を言うな! 私はお前に悪意なんて抱いていない! 今日だって、助けようと思ってやってきたのに、恩知らずな娘だ!」
まだ私を利用する前なので、このように大きな口がきけるのだろう。
叔父の言葉なんて、欠片も信じるつもりはなかった。
その後、叔母とソニアが私に接近しようとやってくるも、叔父と結果は同じ。
私に接近することすら叶わなかった。
「叔父様、そろそろお帰りください。わたくし、父の葬儀の準備で忙しくて」
「グラシエラ、お前は何を――!!」
叔父一家の前に手を差し伸べ、拳をぎゅっと握る。
すると、叔父一家は操り人形のような動きで、回れ右をした。
続いて腕を振り払う動作を取ると玄関の扉が開き、叔父一家は外へ投げ出される。
すぐに扉は閉まり、ガッちゃんの手によって施錠された。
「ふう、上手くいきましたわ」
『ニャ!』
これも、ガッちゃんと協力して作った操り人形をイメージした魔法である。
私が話している間に、ガッちゃんが叔父一家の手足を魔法の糸で繋いでくれたのだ。
簡単に追い出すことができて、ホッと胸をなで下ろした。
外からドンドン!! と勢いよく扉を叩く音が聞こえるが、好きなだけそうしているといい。
たとえ扉を破ったとしても、ガッちゃん特製の糸の結界があるので、侵入は叶わないだろうから。