終わりと始まり
空が澄み渡った、二十五歳の誕生日を迎えた今日、私の首は衆目の前で飛ばされた。
先に罪もない弟フロレンシが殺され、慟哭する中での死刑執行だった。
私に対する人々の罵声や執行官の乱暴な怒号よりも、最後まで傍にいてくれた蜘蛛妖精であるガラトーナ――ガッちゃんの必死の声が耳に残っていた。
『ニャッ! ニャニャニャーーーー!!』
ごめんなさい、ガッちゃん。ずっと一緒にいようって、話をしていたのに……。
人生という名の舞台に上げられた重たい緞帳が、他人の手で強制的に下ろされていく。
死という底なし沼に、私の体は沈んでいった。
◇◇◇
『ニャニャニャニャニャニャーーーー!!』
耳元でガッちゃんの叫びが響き渡る。
とても大人しい子なのに、こんなに鳴くなんて初めてではないだろうか。
なんて考えているところでハッとなる。
私は先ほど、処刑されたはずだった。
罪人は死んだら地獄界へ堕ち、永遠にマグマの中で苦しむという話だったが……。
「ガッちゃん、どうしてここにいますの!?」
『ニャ!!』
ガッちゃんのメレンゲみたいに白く、綿のようにフワフワの体が、顔面に飛び込んできた。
私の頬にスリスリすり寄せ、何やら喜んでいる様子である。
まさか、ガッちゃんは私を追って地獄界までついてきてしまったのか?
「ガッちゃん、いけませんわ! 今すぐ元いた場所に戻って――」
起き上がって説得しようとした瞬間、違和感を覚える。
私が今いるのは、清潔なシーツが広げられた寝台の上。
とても地獄界のマグマの中とは思えない。
「ここは……!?」
見覚えがある、五年もの間足を踏み入れていなかった我が家だ。
「いったいどういうことですの?」
頬に手を当てた瞬間、私は気付く。
魔力の使い過ぎでボロボロだったはずの肌が、すべすべだったのだ。
「え――!?」
事情聴取を行うさいに剥がされた爪もきれいな状態で、見慣れた荒れた手はどこにも見当たらなかった。
「ガッちゃん、わたくし、どうなってしまいましたの!?」
『ニャ』
ガッちゃんは手鏡を持って私のもとへ戻ってくる。鏡で自分の様子を確認しろと言いたいのだろうか。
最後に見たのはいつだったか。
顔色は青白く、目は落ちくぼみ、濃い隈が浮かんでいた。頬は痩け、手足はガリガリだったのだ。
かつての私を知る者達は口を揃えて別人のようだ、なんて言っていたのを思い出す。
差し出された手鏡を受け取り、恐る恐る顔を覗き込んだ。
「こ、これは!?」
藁みたいだった長い金髪には艶が戻り、失明しかけていた青い瞳には光が戻っている。ガサガサだった肌は絹のように滑らかで、ひび割れていた唇もふっくらしていて血色もいい。
本当に信じがたい話だが、鏡に映った私は若返っていた。
混乱しつつも寝台から飛び下り、見慣れた寝室の部屋に置かれていた七曜帳を確認する。
聖暦千八百八十年、睦ノ月の第二週、火食鳥の曜日。
「処刑された日から、五年前――!?」
ということは、今の私は二十歳に戻ったということになる。
そして、父が亡くなる二ヶ月前でもあった。
ドレッサーの引き出しを開けると、叔父に奪われたメンドーサ公爵家の家紋入りの懐中時計があった。
「時間が巻き戻っていますの!?」
『ニャッ!』
ガッちゃんはそうだとばかりに返事をする。
いったい何が起こったというのか。
「ということは、フロレンシは!?」
私より先に処刑された幼い弟フロレンシ――彼の首が飛んだ瞬間の記憶は、私の脳内にはっきりこびりついている。
慌てて部屋を飛び出し、フロレンシの寝室を目指す。
まだ外は薄暗く、早朝と言えるような時間帯なのだろう。
フロレンシの寝室を開き、寝台に駆け寄る。
「すーー、すーー、すーー……」
処刑された時よりも幼いフロレンシが、健やかに眠っていた。
そんな彼の前で、自分自身の頬を思いっきり抓る。
「い、痛い!」
これは夢の中ではない。
ズキズキと痛む頬が、現実だと教えてくれた。
「こ、こんなことが起きるなんて」
眠るフロレンシに縋るようにわんわん泣いていたら、起こしてしまった。
「グラシエラお姉様、どうかなさったのですか?」
私のせいで目覚めてしまったにもかかわらず、フロレンシは怒らずに優しく声をかけてくれた。
「怖い夢でもみていたのですか?」
そうだ。これまであったことは、悪い夢だったに違いない。
フロレンシを抱きしめながら、私は涙が涸れるまで泣いた。




