転生モブは完全ハッピーエンドを目指す【後編】
こちら後編になります。
同タイトルの前編からお読み下さい。
下校後、私は裏庭でスコップを持って仁王立ちで首を傾げていた。
「お嬢、お宝は埋まってないですよ。それは御伽噺の幻想です」
うるさいレイスは放っておいて、私は落とし穴を発見し、速やかに埋めるべく探索をしていた。
教室で侯爵令嬢と喧嘩したクレーリュを裏庭に呼び出して、マルグリットは平民が貴族に対する言葉遣いを注意する。
大声が漏れ、宰相令息と騎士団隊長令息がやってくると、クレーリュが落とし穴に落ちていて、マルグリットが手を伸ばしている。
マルグリットがクレーリュを落としたシーンなのだけれど、実際に押したと言う説明は無い。
第一、貴族の子女が嫌がらせの為に落とし穴を掘る訳がない。汚れるし、重労働だし、スコップなんて握らないし。
まあ、食費節約で家庭菜園を作っている私は日々握っているけど。
とすれば、何かの原因で穴が掘られていて、人目につかない場所で注意してあげようと気を使ったマルグリットに不利な事故が起きてしまうと言うのが真相だったのではないか。
ならば穴がある筈なのにどこにも無い。
先回りして埋めようと思っていたのに。
そうこうしているうちに、クレーリュがやって来てしまった。
「ライラさん、スコップなんか持って、何しているの?マルグリット様は?」
「まだいらしてないわ。後、『何しているの?』では無くて『何をしていらして?』、が良いと思うわ」
クレーリュはてへ、と笑ってコツンと頭をぐーで叩いた。
可愛い!ヒロイン可愛い!なんと言っても顔がいい!いい匂いもする!パン?こんがりパンの匂い!
私が作る布小物を買い取ってくれる雑貨屋は、クレーリュの家の斜め向かいにある。
買取のたびにパン屋に寄って、店番のクレーリュに会って仲良くなったのだ。しかもクレーリュ、サンドイッチの余りのパンの耳をくれる。
女神か?パンの女神か?次は肉の女神を募集しています。野菜は栽培しているから大丈夫です。
「お待たせしましたわ。あら?ライラさんはここにいらしたのね。仲が良さそうですこと」
「ほんと、平民と仲良くなんて、ねえ」
「しかもあれ、何を持ってらっしゃるのかしら?平民の持ち物ですわ」
マルグリットは私達が仲良くしているのを見て嬉しそうだ。
いい!この悪役令嬢ここにあり!みたいなスチルいい!校舎裏という裏寂しさも塗り替え、『ばばーん』みたいな擬音が空耳で聞こえる程、威風堂々が流れるような、優雅な近づき方もいい!
近づいて来るマルグリットに、クレーリュも歩を進める。
と、クレーリュの足元が少し沈んだ。
「危ない!」
クレーリュをマルグリットに向かって押す。
次の瞬間、私の体が首元まで地面に沈んだ。
「「ライラさん!」」
マルグリットとクレーリュの声がハモる。
何か焦げ臭いと周囲を見回せば、大量の黒こげの紙の束が私を取り巻いている。取り巻きの私が取り巻かれ。無機物に、だけど。
お尻が激しく痛い。
穴の外から心配で蒼白になったマルグリットとクレーリュが手を伸ばしてくれている。
神よ!美少女セットスチルありがとうございます!
「あー、汚れるんで、お嬢、俺が回収しますね」
「どうしたんだ⁈」
「大丈夫か⁈」
引っ張り上げるレイスの後ろに、宰相令息と騎士団長令息。
どうやらクレーリュと一緒に私を助けようとしていたマルグリットは誤解されなくて済んだらしい。良かった。
私が見つけられなかった穴は、用務員さんが古い教科書や資料を焼く為に掘って、作業後灰が飛び散らないように、綺麗に土をかけて均しておいた物だった。
まさか普段使わない裏庭に生徒達が来るとは思っていなかったそうで、ヒヤリハット案件として処理され、立派な焼却炉が作られた。
そして、私は全身焼け焦げた紙と灰に塗れ、小荷物の様にレイスにぶら下げられて保健室に運ばれた。
『サンドリヨン落とし穴殺人事件』は生徒達みんなに、どんな時も足元に注意という教訓を与えた。
ーーーーーー
夏といえばプールである。
水着スチルてんこ盛りである。私の大好きな攻略対象やヒロインやライバルも、惜し気もなく水着でキャッキャうふふ。
鎖骨、二の腕、太腿、うなじ…。
キャッキャうふふ。キャッキャうふふ。
ああっ!はうっ!
一瞬気が遠くなって、川が流れてて、向こうに死んだばーちゃんがおいでおいでって…。
「お嬢、ここ最近一番イカレタ顔になってます」
「はっ⁈何でレイスがここにいるのよお!」
「プールの事故は大ごとになりやすいんで、監視員のバイト頼まれました。すっごく給料良かったんで」
「ずるい、私も監視員が良かった」
「お嬢は監視されて助けられて保健室に行く方じゃないですか」
「好きで行ってるんじゃないわよ!」
「ソウデスネー。可哀想なので、バイト代でジェラードご馳走しますよ」
「二段?」
「一段」
「二段?」
「泣きそうな顔しないで下さいよ。従僕に集るのもおかしいし。いいですよ二段」
やったー!二段ジェラードがあれば頑張れりゅー!
プールといえばプール落ち。
実は溺れた事があって水が怖いマルグリットが、つい電撃魔法を放ってしまいショックで気を失ったクレーリュがプールに落ちて溺れてしまう。
水辺で電撃魔法を使うなんて、きっと殺そうとしたんだ!と噂になってしまう。
これは危ない。ただ落ちるより、数段危ない。死ねる。
マルグリットを見ると、すでにカタカタと震えている。
だったら見学にすればいいものの、公爵令嬢である自分が己の都合で授業を受けないなんて絶対あってはならないという鉄の意思で参加しているらしい。不退転の意思。今それいらないやつ。
一応数日前から止めたんだけど、「公爵令嬢たる者、恐怖を克服しなくては敵に弱みを見せる事になりますわ!」と考えを変えてくれなかった。
でも、マルグリットの水着いい!守りたい!守り切る!守れば!守る時!守れ!
ぱきいぃぃぃぃぃいいい!
マルグリットから剣呑な音が響く。
すぐ近くにクレーリュ!
させるか!
こっそり持ち込んでいたブレスレット付き極細チェーンの先をマルグリットに投擲!
チェーンがマルグリットに触れた瞬間、電撃が私のブレスレットに到達する!
プールに向かって吹っ飛ぶ私。
「にゃぎゃああああああああ!」
私の悲鳴に焦ったミリエーヌとカリーナが、得意の氷結魔法を放った。
ここで私は意識を手放した。
ミリエーヌとカリーナは、吹っ飛んだ私が溺れたらまずいと、とっさにプールを凍らせてくれたらしい。
電撃魔法により、私の緑のセミロングヘアは無駄なチリチリ感を付与され、膝辺りまで着水した所でプールと共に凍ったらしい。
その後、学年上位の魔力を持つクレーリュと、学年一の魔法コントロール力を持つマルグリットが、魔力干渉の為に手を繋いで熱エネルギー系魔法で私を溶かしてくれたと聞いた。
美少女の合体魔法、見たかったな。
気を失った私は監視員のレイスにより、大量のバスタオルで簀巻きにされて保健室行きになった。
『美しき友情〜女神二人による残念チリチリウンディーネ氷像救出事件』はマルグリットとクレーリュの二人の友情と実力を生徒達に知らしめた。
ーーーーーー
長かった。実に長かった。
卒業式の後、ダンスパーティーがあり、どんなエンディングでもマルグリットの断罪が行われる。ゲームでは。
王太子の婚約者であるマルグリットが、取り巻きや学園の生徒達を扇動し、平民であるクレーリュに嫌がらせや攻撃を繰り返した。
そんなマルグリットは王太子妃の資質に欠けるだけでなく、大切な臣下や国民を傷つける罪人であるという事で、国の外れにある女子修道院に送られる。
んだ、けど。
「ねえレイス、今まで怪我したり酷い目にあったのって、私だけよね」
卒業式も終わりダンスホールの裏口で、ホールの軽食や飲み物を用意していたレイスと合流した。
私は打撲や打身、包帯だらけの体にパーティー用のレモンイエローのドレス。レイスはジュストコール。
「良かったじゃないですか。大好きな皆んなが無事で。それがお嬢の望みだったんですよね」
「うん」
「言っておきますけど、俺が一番大変だったんですよ。お嬢を放っておくと最悪の事態を起こすんですから」
「ごめんなさい」
「せっかく可愛らしい見た目なのに、『事件を起こして周囲の時を止める空間メデューサ血塗れ令嬢』とか呼ばれてますし」
「……。」
ザワザワと人が集まって来た様なので、そっと裏口から入る。全員が揃った所で王太子が声をあげた。
「私はマルグリット・ラ・ロレーヌ嬢と婚約破棄をし、クレーリュ・リエット嬢と婚約したいと思う」
寄り添う王太子とリエット。
それをニコニコして祝福するマルグリット。
そんなマルグリットの前にすっと膝を落とし、手を取ってキスを落とす宰相令息。
「マルグリット・ラ・ロレーヌ嬢、ずっとお慕いしておりました。王太子と未来の王太子妃を一緒に支えていただけませんか?」
「……。な、何を言っているの?クレーリュさんが王太子妃になるなんて、まだまだ出来ない事が多すぎますわ!妃教育を受けていた、わたくしで良かったらお手伝いして差し上げますわ!
うひょおおおおおおおおおおおおお!
そこくっついたあああああああああ!
皆んな仲良くなって放課後グループ学習始めた辺りから、なんか怪しかったんだよー!
新スチル来た!追加コンテンツですかあ?課金してないんですけど、後払いですかあ?貧乏なんで分割払いでいいですかあ?
すすすすっとマルグリットに近づいていくと、周囲の生徒が左右に割れて、一本道が出来た。
気のせいでなければ、『近づくと巻き込まれるぞ』とか『血塗れウンディーネだ』とか『燃えても復活するって本当?』などと言われている様だが、今大切なのは箱推し全員の奇跡のハッピーエンドスチルを至近距離から脳髄に焼き付ける事だ。
「おめでとう、おめでとう、本当におめでとう」
私の言葉に皆んなが最高の笑顔で答えてくれる。
良かった!ほんっとうに良かっ……。
何だか気が遠く……。
「「「「「ライラさん!」」」」」
ふわりっ、体が宙に浮く感覚がする。
口に柑橘系の水分が含まされ、視界がゆっくりと回復した。
皆んなが私の顔を覗き込んでいるけれど、真上の一番近くにレイスの顔があった。
あれえ?
「皆様、大丈夫です。お嬢、昨日からピクニック前日の子供みたいに盛り上がって、まともに寝ないわ、食事もしないわ、パーティー準備のバイト代狙いで開場前に私と一緒に働くわで、気が抜けて倒れかけた様です。きちんと食事をすれば、回復されますので」
珍しく荷物運送状態でなく、お姫様抱っこ形体になっているらしい。
……。は、恥ずかしいいいいいいいいい!
そのまま壁際のソファに撤収、まだ目眩がするのでレイスに膝枕をしてもらう羽目になった。
邪魔な私が片付いて素敵な恋人達や、これから恋に発展しそうな生徒達が、くるくると踊り始める。
天国か?ここは天国ですか?死んでますか?
心が洗われる光景に涙がほとほとと溢れていく。
「お嬢、死んでませんよ」
「心を読むのはやめて」
「泣くと服が濡れるんでやめてもらえませんか?」
「止まらないんだものー。皆んな幸せそうでよかったんだもーん」
「でも、仲の良い方以外、お嬢の事『学園に異常事態を次々発生させる伝説の血塗れ残念令嬢』とか言ってますよ」
「そんな変なキャッチフレーズ聞いた事が無いわ」
「本人に言うわけ無いじゃないですか。俺、よく『令嬢回収係お疲れ様』とか声かけられますよ」
うおあ。
「卒業したら婚約させるって旦那様と奥様がおっしゃってましたが」
「知ってる」
「余りの不吉さに婚約全て断られたそうです」
「はぁ?それはお父様とお母様に悪い事したわね。でも良いかな。みんな幸せそうだし」
「そこでお嬢、提案なのですが」
「ん?死ぬまで独身の私の為にレザンヌ家で働いてくれるの?」
「俺と結婚しません?」
「へ?」
コイツハナニヲイッテイルノカ?
「俺、学園でバイトしている間、いつもみたいに何でも屋してたら学園管理向いてたみたいで、学園長から就職勧められたんですよね。それで、貴族子息令嬢と平民の優秀な生徒を国で育成する学園なんで、就職したら男爵の爵位が貰えるんですよ」
「待って、私の家の仕事は?」
「それでですね、学園管理長として就職したらレザンヌ家の収入の10倍以上の給料がもらえる事になります」
「うち辞めちゃうの?」
ずっと側にいると思っていたのに…。
あれ?何か、さっきと違う涙が?
レイスのエメラルドの瞳がとても柔らかく細められて、唇がゆるりと弧を描く。
「俺と結婚したら俺の給料もお嬢のものですよ」
「え?で、でも、前、レイスが労働の自由がどうとか言ってたし、同情とかされても、私、一人でも、みんなに幸せになってもらいたいし、みんなだから、レイスも入ってるし…」
「知ってました?俺ずっとお嬢が好きだったんですよ」
「へえええええ?」
「好きじゃなきゃお嬢の狂った行動に付き合うわけ無いじゃ無いですか?」
こやつ狂った行動とか言いおった。
「父と妹が亡くなって、母とレザンヌ家に拾われて、少し大きくなったら朝から晩まで働いて、俺なんで生きてるのかなって思ってた時に、小さかったお嬢に言われたんですよ。『私みんなを幸せにしたいからずっと一緒にいて助けてくれない?』って。ひねくれてた俺が『従僕の俺はみんなを幸せにする為に働かないといけないんですね』って返したら小さなお嬢はなんて言ったかわかります?」
そんな事あったかな?
「正直言うと覚えてないわ。でも、私ならこう言うわ。『みんなだからレイスも入っているに決まってるじゃない。一人でみんなを幸せにするのは大変だから、レイスの順番は最後になっちゃうけど』って」
「正解です」
レイスの笑顔が近づいたと思ったら、唇に一瞬何かが触れた。
???????
って!
え?
頬に血が上るのがわかる。
慌てて両手で顔を隠すと、耳元に何かが触れる。
「『みんなだからレイスも入るでしょ?最後になっちゃうけどごめんね』でしたよ」
「うひょおおおおおおお」
耳元で囁かれてるううう!
え?で?う?あ?
助けてー!
ぱくぱくと声の出ない口を動かして、マルグリットを見ると、女神の微笑みで頷いてくる。
じゃ、じゃあ、クレーリュ!あああ、目があった瞬間、拳をぐっと握ってるぅ!
後、男ども、すっごく安心した目で安心したって雰囲気出してこっち見てるんじゃねーです!
「嫌だったら断って下さい。それでも俺はお嬢と一緒にいますよ」
「い、嫌じゃ無い、かも」
パーティーでレイスと公認の仲になりました。
結局私の野望、箱推しゲームのみんなが幸せは成就した。
予想外だったのはみんなの中に私が入っていた事だけれど、私たちの幸せはずっと続いていく。だって、私は、みんなを幸せにする為に、レイスとここで一緒に頑張ってるんだから。