第5話 上級ポーション
「マスダ殿のことを、我ら以外の皆にも紹介したいのだがいいだろうか?」
「えっ・・・」
「あなたは我らの最後の希望。全てのものがあなたを守らなければならない。そのためにはマスダ殿の顔を知っておく必要がある」
「・・・分かりました」
またあの目線に晒されるかと思うと、かなり気が重い。
「それから、マスダ殿は戦ったことはあるか?」
「ありません・・・」
「では、3つ約束してほしい。
戦いの場に行かないこと、
もし戦いになったら逃げること、
逃げられないなら、隠れて身を守ること」
レイモンさんの目はとても真剣だ。
ゴクリと唾を飲んで、深く頷いた。
「それから、あなたを守るために護衛を2人つける。赤い髪がゴウ、青い髪の方がカコと言う」
いつの間にか、壁際に赤い髪の男と、青い髪の女性が立っていた。
赤い髪の男性は、体つきがしっかりしていて、俺よりも背が高く、見るからに強そうだ。あとそれなりに精悍で、ちょっぴり嫉妬心が頭をもたげる。
青い髪の女性は、細身ながら凛とした印象を受ける。俺と同じくらいの背丈で、女性にしては背が高いなと思う。そしてかなり美人だ。
「髪の色に現れているように、ゴウは炎の魔法を使える。剣がメインだがな。カコは水の魔法が使える。彼女は魔法使いだ。
ちなみに2人は姉弟だぞ」
「おお・・・」
ゴウさんが大きいから兄と妹かと思った・・・。
「よろしくお願いします」
「必ずお守りいたします」
2人はサッと片膝をついて、頭を下げた。
いつも頭を下げる方だったから戸惑う。というか、焦る。
「あ、頭上げてください!こちらこそ、よろしくお願いします」
いつもの習慣でつい頭を下げてしまう。
「ゴウ、カコ。昨夜言った通りだ。くれぐれもマスダ殿を頼む」
「「はっ!」」
***
今は、補給部隊の隊長さんのブールさんに付いて回って、色々教えてもらっている。
もちろん、カコさんとゴウさんも一緒に。
自分の後ろから油断のならない面持ちをした人が付いてくるのって、結構緊張する。しかも一人は美人だし・・・。
「今一番足りねえのはポーションだな」
「怪我人が多いからですか?」
「ああ。そもそも王都が襲われた時、ポーションを多く持ち出せなかったからな・・・上級ポーションなんかの良いやつは全部城に保管してあったんだよ」
一番足りないのはポーションだが、医薬品も食料も武器も何もかもが慢性的に不足しているのがよく分かった。そもそも補給するすべがないのだから。
「中級ポーションがもうありません!」
「くそっ・・・仕方ない!低級ポーションで少しでも悪化を遅らせるんだ!」
向こうのテントで声が聞こえてドキッとする。
「マスダ殿、これを増やせるか?」
ブールさんは、騒がしい周りに気をとられることなく、鍵のかかった黒い箱から、赤い液体の入った小さな瓶をそっと取り出した。
「これは・・・?」
「上級ポーションだ」
これが、ポーション。
(意外だ・・・)
とても小さい。
マニキュアの瓶みたいだ。
親指と人差し指でつまんで、ひょいと持ててしまうくらいの大きさと、重さ。
中に入っているのは、鮮血を思わせるような真っ赤な液体で、日にかざすとラメが入っているかのようにキラキラして見える。
これが、こんなものが人の怪我を治すのか?現代医療よりもすごいのか?
「これを増やしてもらえないか。出来るだけ、沢山」
「分かりました。やってみます」
目を閉じて、右手に握ったポーション瓶のつるっとした感触を感じながら、増えろ増えろ100個くらいにと念じると、
ぽこ ぽこ ぽこ ぽこ
手から溢れ出たものが、地面にボト、ボトと落ちていく。
アメーバが分裂して増えていくみたいに増えていく。
(う〜ん・・・もうちょっと早くならんかな?)
ぽこ ぽこ ・・・ぶわわわっ!!!
念じれば念じるほど、ブワッと爆発的に増えた。
もっと増えろ。
もっと増えろ。
ブールさんが地面に落ちていく小瓶を必死に拾っている。
「分かっちゃいたが・・・分かっちゃいたが、こらぁ、強烈だな!!もう良いぞ!」
いつの間にか、足元に溢れる上級ポーションは山になっていた。
***
「効果のほどはどうだ?」
「し、信じられない・・・これは、本物です、本物の上級ポーションです!!」
飛び上がって喜んでいる。
「マスダ様!マスダ様!ありがとうございます!」
「これで多くの怪我人を救うことができます!!」
僕も上級ポーションを使う様子を見せてもらった。
といっても、怪我人がその小瓶をぐいっと飲みほしていくのを見ていただけだが。
30cmほどのひどい傷が塞がっていく。
失われた片足が元どおりに生える。
折れた両腕が治り、すぐに使えるようになる。
顔の傷が塞がり、目も見えるようになる。
3人に試したところで、「これは本物だ!」と衛生兵が震える声で叫んだ。
怪我人たちがこちらを見ている。
衛生兵の彼は泣いていた。
「やったー!」と叫んでいた。
その日は上級ポーションの大盤振る舞いになった。
そして、怪我人が満杯詰め込まれていた治療者テントには、誰もいなくなった。
「あの人が、神様ですか?」
先ほどまで怪我人だった人が、俺を指差して呆然と呟く声が耳に入った。
「僕は、神じゃありません。絶対に」
もし僕が神なら・・・どうしただろう。
「ブールさん、あと何を増やしますか」
「じゃ、こっちを頼む」
兵士たちの眼差しから逃げるように、その場を後にした。