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第4話 人類絶賛敗退中



熱い手の平返しの後、俺は下にも置かぬ扱いを受けた。


たらいの水で布を濡らして汗を拭き(そもそもシャワーは存在していなかった)、新しい服を用意してもらって着替えた。


濃い青色の長袖のシャツ。

ガーゼで出来たような爽やかで気持ちの良い布地のシャツだ。


それとしっかりした生地の茶色の長ズボン。

両腿にポケットがある。ズボンはジッパーではなくボタンで留めることに驚いた。


その後先ほどの大テントに呼ばれ、レイモンさんと他7人と共に夕食をご馳走になった。


パンと、ローストビーフのような焼いた肉と、チーズのたっぷり入ったオムレツ、それに野菜のたっぷり入ったスープ。


ボリュームが多すぎてびっくりした。

あと、自分より年上であろうおっさんたちが、自分よりモリモリ食べている姿にも驚いた。


飲み物はギガー(ビールのような味の酒だ)というお酒が出た。


おっさん方はこのギガーをこよなく愛しているらしい。しかし在庫がないので一人一杯しか飲めない。しかも目出度い席でたまにしか出ないのだとか。


ちびりちびりと名残惜しそうにやるレイモンさんたちが切なくて、俺は自分の分の一口しか口をつけていないギガーのジョッキを増やしてあげた。


このことで、無限増殖は本当で、ひとつだけでなく、いくつでも好きなだけ増やせることが分かった。体がだるいとか、そういうこともない。あの女神様が言っていたことはどうやら本当らしい。


突然増えたギガーにおっさんたちは目を点にして驚いた後、わっと破顔した。


「おお!なんともこれは嬉しいことか!」

「腹一杯ギガーが飲めるぞ!」

「女神の使者殿に乾杯!!」

「「「「カンパーイ!!!」」」」


おっさんたちがジョッキ片手にワイワイ無邪気にはしゃいでいる。


なんだろう、この微笑ましさ。


この後もう1回増やしてあげたのは内緒だ。





***





翌朝。


再び同じテントの同じ席に集まった8人と俺。

昨夜とは打って変わって、真剣な面持ちだ。


「この世界には『結界石』という大きな石があります。


誰が名付けたか定かではありませんが、遥か昔からあると言われています。一説では神々がこの大地をお造りになった時に置かれたとか。


さて、この結界石は魔力を動力として、周囲に大きな結界のようなものを張ります。


この結界はとても特殊で、とても強力です。


人間の魔力なら人間に住みやすく、

エルフの魔力ならエルフに住みやすく、

ドワーフの魔力ならドワーフに住みやすく、

そして魔族の魔力なら魔族に住みやすく、


その小さな範囲の世界を変えてしまうのです」


説明しているのは、参謀のアシュエンさん。


なんと彼はエルフだ。

耳は大きく尖って長く、どこかに引っ掛かるんじゃないかと思ってしまった。


「人類側の結界石は主に白、赤、青、緑、黄色など白か色が付いています。


色々な色があるのは、魔力を注いだ持ち主の属性に左右されるからです。


魔族側の結界石は黒か濃い紫です。この結界石の結界の範囲では、我々は長時間生きることができません。


何故なのかは分かりませんが、息苦しかったり、体が重くなったり、魔法がうまく使えなかったりするのです。体の強くないものはそこに半日もいると死にます」


「地図を見てください」


テーブルに広げられた地図には、色とりどりの小さな丸が書いてある。


「この丸が結界石です。黒と紫以外は我々側の結界石です」


圧倒的に黒丸が多い。

地図の3分の2以上をびっしりと黒丸が覆い尽くしている。


「ほんの2年前までは、この反対だったのです」

「2年前・・・ですか」


「ええ。突然、圧倒的に強い魔族のリーダーが現れたのです」

「魔族のリーダーと言うと、レイモンさんのように・・・?」


「魔族も集団で行動しますし、軍隊のようなものもあります。そのリーダーは苛烈で、圧倒的な力を持っています」


(魔族も人間と似たような感じなのか・・・?)


ふと疑問に思った。


「そもそも魔族とは言葉は通じるんですか?」

「ええ。魔族語というものがあります。マスダ殿も喋ることができるかもしれませんよ」

「えっ?僕ですか?」

「どうやらあなたは相手によって言語を使い分けて話しているようです」

「へっ?」

「あなたが話したことは、私には流暢なエルフ語に聞こえますし、団長には大陸語に聞こえています。本当に自然で、あなたは全く意識していないようですが」


「そうなんですか?」と隣に座っている第2騎士団の団長ロックスさんに聞くと、「そうだぞ。俺にとっては湖水地方訛りの大陸語に聞こえてる」と苦笑された。


そう言えば最初からロズさんと言葉が通じたな。


あの時はテンパってたから何にも思わなかったけど、女神様のおかげだ。

女神様、ありがとうございます。

心の中で手を合わせた。


「話を戻します。見ての通り、人類は圧倒的に負けています。王国はもはやない。他の国もどうなったか・・・今では知るすべもありません」


地図の隅に追いやられた人類。


なんとなくオセロが思い浮かんだ。


これってオセロみたいじゃないか?

全ては神様のゲーム盤の上ってことなのか?


白と白に挟まれたら自動的に白になるわけではないが、そこの結界石は左右を自分の陣地としたわけだから、位置的に攻めやすく、白にしやすいだろう。


でも何故女神様は俺に無限増殖能力を与えたのだろう。それこそ敵を蹴散らせるような圧倒的な力を授けてくれたほうが・・・。


「我々は逃げてきた民を抱えながらの行軍です。馬や馬車が十分にないため、歩みは遅い。怪我人も多く抱えています。


城を捨て、王都を捨て、王族がたはもはや生きているかも分かりません。


その中で、こちらの王国騎士団長のレイモンが最後のリーダーなのです」


「また、このまま犠牲を出しつつ逃げ切れたとして、最後は海に当たります。


おそらく船もなく、我々は絶望的なのです」


地図の端に書かれた海を見て、気分が沈む。


(うわあ・・・)


思っていた100倍重い。

何を希望にしたらいいのだろう。

いったい、俺なんかに何ができるだろう。


「マスダ殿」


黙っていたレイモンさんが口を開いた。


「あなたの能力は、あなたが思っているよりずっとすごい。


あなたがいれば水も食べ物も薬も武器も無限に増やすことができる。


少なくとも飢えることはない。定住できない今、水と食料が確保できるだけでも、どんなにありがたいことだろうか。


魔族とは戦えばいい。しかし飢えと戦っても腹が減るだけで、打ち負かすことはできないのだ。


我らが希望を持つのに、生きるために、飯は大事だ。こんな今だからこそ、飯は大事なのだ」


レイモンさんの言葉に胸が詰まった。


そうだよな。

逃げて逃げて逃げるしかないこの状況で、コンビニがあるわけでもないこの世界で、飯の確保は死活問題なんだ。


「マスダ殿には補給部隊に所属して、その能力を存分に生かしてほしい」

「分かりました。僕にできることはなんでもします」

「ありがとう。とても頼りにしている」


レイモンさんと再び力強く握手を交わした。

彼の目に宿る強さを思い知らされるようだ。


そうだ、この人は諦めていないんだ。


どれだけ負け続けてきたんだろう。

どれだけ多くの兵士を失ったんだろう。


俺がビビってどうする。

やれるだけやろう。やってやろう。


ここはもう日本じゃない。

俺は、派遣社員の増田亮平じゃない。

きっと役割があるはずだ。


ぐっと拳を握りしめた。



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