攻略キャラに転生した俺にしかヒロインは興味ない
俺は乙女ゲームの攻略キャラである。
なぜ攻略キャラかと知っているのかというと、前世の記憶を持っているからだ。まぁ、前世の記憶といってもこの乙女ゲームに関する事柄しか覚えてない。俺が何の名前だったのか、容姿はどうだったのか、妹はいたし妹が乙女ゲーについて話していた言葉は覚えているが妹の容姿は覚えていない。前世というには曖昧だったが、俺はその記憶を前世だと実感していた。
前世の妹だった子がこの乙女ゲーに熱中しており、乙女ゲーについて語ってくる妹を温かい目で見ていた。
『この乙女ゲーかなり面白いんだよ〜、あっこれが私の推しね!』
『へ〜面白いんだな、おっイケメン』
『乙女ゲー侮ったらいけない。なにせ新感覚な乙女ゲーだからね! この子がヒロインちゃん、可愛いよ』
『新感覚……? ヒロインも可愛いなー』
なんてない会話をしてこの世界の知識を少しだけ得た。
この乙女ゲーはバッドエンドでヒロインも攻略キャラが死にまくる。ベストエンドでも他の攻略キャラは死ぬ。危険な乙女ゲー。
なんてなく、バッドエンドなんてものは存在しない。あるのは全てハッピーなエンドだけらしい。
なにせ、舞台が学校だし、青春ラブコメらしい。
なんて素晴らしいんだ。人が死なない乙女ゲーに転生した俺は!
それに前世の妹の推しに転生もし、攻略キャラだ!
それにヒロインの容姿は可愛いし、この子になら攻略されてもいい。他のキャラルートにヒロインが入っても死ぬことはないからどっちでもいい。
そう思っていた時期が俺にもあった。俺は知らなかったんだ。その可愛い容姿のヒロインが
「せんぱーい! 今日も麗しいお姿ですね、先輩の写真撮っていいですかぁ?って言ってももう撮ってますけど……私ったら何やってるの? ああ、先輩って今日は朝からお風呂入ったみたいだからその残り湯でお味噌汁を作りたいなって思って、ほんと私ったらいい彼女……ふふっ」
もの凄く変態で俺にベタ惚れだということを俺は知るはずがなかった。
因みにヒロインは俺に向かって言ってるのではなく、壁に貼り付けた俺の写真に向かってだ。
「……何やってるんだ、お前は」
「あっせんぱーい、おはようございますぅ! 今日も麗しいお姿ですね、先輩を見るだけで私の心は張り裂けそうなほど苦しくなってつらいんですよぉ」
「……ああ、それは大変な病いだな」
「そうなんですよぉ〜! 私の病いは不治の病で永遠に先輩のことを愛してしまう病なんですよ〜」
毎日のことだがなんてコメントをしていいか分からずに固まる。
ヒロインの顔は俺好みでかなり可愛い。だがヒロインはもの凄く変態なんだ。常に語尾にハートマークが付くくらい甘えた声を出してくる。
「先輩にお願いがあるんですぅ〜」
「……ああ」
「先輩が朝から入ったお風呂の残り湯を貰っていいですかぁ?」
「……残り湯で何をするつもりかな?」
「味噌汁を作るんですぅ、あっ先輩も飲みますか? でもぉ、先輩には私の残り湯で作ってあげますね!」
「いらない」
「あはっ、先輩って照れてるんですかぁ? 照れた先輩もすごーく可愛いです」
全くもって照れてもいないし、飲みたくもない。普通に作った味噌汁は飲んでみたいが、そういう感じで作った味噌汁は飲みたくもない。
前世の妹が面白いと言っていたのはヒロインの行動だろう。ヒロインの行動がやばい。
それに乙女ゲーは最初からルートを選択してからストーリーが始まった。なのでヒロインも最初から俺ルートを選んで始めている。
因みに乙女ゲーにはバッドエンドはない。そうハッピーなエンドしかないんだ。
どうあがいても俺はヒロインと結ばれる運命なのさ。
「てかなんで味噌汁なんだ?」
「えっだってぇ、毎日俺の味噌汁を作ってくれって台詞がプロポーズなんですよね? だから先輩の残り湯で味噌汁って実質的に先輩からのプロポーズになりますかぁ?」
「ならない」
そうですかぁ?と下を向き落ち込んでいるヒロインがやっぱり可愛くて、彼女の頭をポンポンと叩くように撫でるとバッと顔を上げた。キラキラとした表情でこちらを見上げるヒロインはやっぱり好みの顔で、胸がドキドキと高鳴る。
「せんぱぁい、大好きですぅ〜!」
「うん、気持ちはありがとう」
「えへへ、先輩にお礼言われちゃった」
頰を赤らめるヒロインに微笑むと、彼女はピタッと時間が止まったように固まる。約一分間ほど固まった後、ぜぇぜぇと肺に空気を入れるような呼吸を繰り返した。
「大丈夫か?」
「先輩の微笑みいただきましたぁ、ああ〜永久保存したい」
うっとりとこちらを見つめるヒロイン。
うん、ヒロインは通常運転だ。俺は思考回路を放棄し、ヒロインに見つめられながら曖昧な笑みを浮かべ続けた。
トンッと誰かと肩がぶつかる。学校の正門付近でのことで、相手も同じ学校の生徒だ。
「ごめんな!」
「いや、こっちも悪かった」
顔を確認すると乙女ゲーの攻略キャラの一人である。爽やかそうな好青年である。確かスポーツ関連の部活に入っていたはずだ。
お互いに謝って終わるはずだった。
そうはずだった。
「ああ? ちょっと、そこのクソ野郎が! 私の愛しのダーリンにぶつかっておいて謝るだけ? もっと誠意を見せろやぁ!」
急に荒っぽい口調で怒り出すヒロインは既に女子高生ではない。ヒロイン特有の可愛ささえもない。あるのは殺意だ。殺意しかない。
相手はルートには入らなかったが攻略キャラである。
だがヒロインには関係ない。ヒロインは好きになった相手にしか甘えない。それ以外には過激なのだ。
「はいはい、お前は黙ってて」
「……ん!」
ヒロインの口を片手で覆うと、どこか嬉しそうな彼女の声が聞こえる。そんなヒロインを無視し、困惑しながら立ち止まっている攻略キャラに謝り立ち去ってもらった。
パッと手を離すとヒロインは「口を手で覆ってくれた記念日にしないと!」と興奮した様子で手帳に記入していた。
「はぁ、やっぱり先輩のこと大好きですぅ」
「うん、知ってる」
「先輩は私のこと好きですかぁ?」
「……一応、お前と俺は結ばれる予定だから」
「はぅ!」
大好きですぅ!といつも以上に甘ったるい声で俺に愛の言葉を囁くヒロインは嫌いになれない。
「せんぱぁい、お願いがあるんですけど?」
コテッと可愛らしく首を傾げてみせるヒロインに一応何のお願いなのか聞いてみる。
「先輩の残り湯をくださいなぁ? 全身を一時間以上浸からせた湯が一番いいですけど、先輩が大変なら顔を洗ったやつでも大丈夫ですからぁ」
「因みに何に使うんだ?」
「さっきも言いましたけどぉ、味噌汁を作るんです! 味噌汁だけじゃなくて、ご飯も作りたいなぁ?」
きゃっ、美味しそう!と嬉しそうにしているヒロインに一言だけ言いたい。絶対美味しくないぞ、それだけ言いたい。
ヒロインが変態な乙女ゲーに転生した俺だが、彼女のことは何だかんだ言っても嫌いにはなれない。
「だって俺は彼女と結ばれる運命だからなぁ」
一緒に暮らす頃になる前に料理を習い、俺自身がまともな料理を作ろうとそう決意した。