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「王女?」
我ながら素っ頓狂な声を上げる。まあ元々王女の影武者だっていう話だったから、いつかは会わなきゃいけないんだろーけど……
「いきなり言われると……何か緊張するな……」
「まあ、無理もあるまい。今までそのお姿の欠片も見たことがないのだからな」
「でも、何で今日なの?」
「お主が闇魔法の修行を始めて一か月程が経った。その成長ぶりは目を見張るものがある。本来なら、もう少し時間を掛けてじっくりと身に着けていく筈の技をほぼ習得してしまった。これならば王女の護衛としての役割も果たせると判断したのだ」
「護衛か……でも私この一か月間ひたすら修行はしたけど、実戦経験ないよ?さすがにちょっと不安なんだけど」
「そう、お主に足りないのはまさにそこだ。だから今日は、王女の前で精鋭の者と試合をしてもらう。それぞれが、戦闘に関してはかなりの実力者だ。そこで王女自身にお主が影武者としてふさわしいか判断してもらおうという訳だ」
「テストってことね。もしダメだったら?」
「また一から修行してもらう。それでお主が相応の実力を身に着けるまで、王女にはこれまで通り自室から出ずに生活をしていただくことになる」
「え?ちょっとまって。王女が自室から出ないって……」
「当然であろう。お主がこの世界に呼び出されたときに伝えたように、王女はいくつもの敵に狙われているのだ。外に出て危険な目に合わせる訳にはいかん」
「でも、その精鋭の護衛が付いているんでしょ?自室から出れないなんてあんまりじゃない!」
私はつい声を荒げてしまう。私は元の世界では少年院なんていう狭い部屋に閉じ込められる施設を経験している。自由を奪われる辛さは人一倍理解しているつもりだった。
「仕方がないのだ。護衛を幾ら付けたところで、王女は余りに目立ちすぎる。敵にしてみれば格好の標的となってしまうのだ」
「目立ちすぎるってどういうことよ。変装でも何でもすればいいじゃない」
「それは、王女にお会いすれば分かる。とにかく、我々としても王女の自由を奪うのは酷だということは理解している。そのために少し早いがお主のテストをするのだ」
「うーん……まだ何かよく分かんないけど、とりあえず勝てばいいわけね!」
私が誰かのために何かをするなんていつぶりだろう。でも、今回は自分でも驚くほどやる気になった。恐らく私も似た経験をしてきたからかもしれない。
「そう、勝てばいいのだ。我々もそれを願っている。しかし、精鋭たちにもプライドがある。生半なことではないぞ」
「なんでもいいわよ。やってやろうじゃん!」
「よし、それでは試合に行く前に最終確認だ。まず、わしが作り出す岩石を砕いて見せよ」
そういうと神官のおっさんは、短い詠唱の後、目の前に巨大な岩を出現させる。でかさとしたら、私の身長と同じ位の高さで、横幅はそれよりも少しだけ長い、球体の岩だ。恐らく普通に殴ったりしたら、こちらの拳が砕けて終わるだろう。しかし、修行のおかげで私の戦闘力は遥かに上がっている。
私は少し岩から距離を取ると、一足飛びに岩に向かって駆ける。そして右拳を引き絞る。
「フィスト!」
私がそう叫んだ刹那、私の右拳は闇に覆われる。と、同時に岩をぶん殴る。見事に岩は砕け散った。修行の成果だ。
「よし、では次だ。今度はわしが作り出す岩を地面に沈み込ませてみよ」
今度はさっきの岩の3倍はあろうかという岩が、私の前に聳え立つ。だが、これも修行でやった範疇!何のことはない。
「グラヴィティ!」
私が叫ぶとそそり立つ岩の周辺の重力場が変化し、岩を押しつぶす。私は右手を突き出し、さらに力を込める。
「はあああ!」
うず高い岩は、みるみる内に地面の中に押し込まれ、残ったのは平坦な地面だけになった。
「よし、まあこんなところだろう。まだ使っていない技もあると思うが、それはこれからの実戦で上手く使ってみせろ」
「ふう。そうだね、練習で体力使ってもしょうがないし。ウォーミングアップには丁度良かったよ」
「では、いよいよ王女に会いに行くぞ」