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「ふう……」
私は城の自室に戻ると、着替えもせずベッドに横になった。それから今日一日の出来事を反芻する。壮絶に頭が痛かったこと。青々とした草原、そして、その後の荒野。自分の中にとてつもない闇が隠されていたこと……
心がざわついているのが分かる。恐らく自分でも触れられたくない部分に触れられたせいだろう。しかし、その一方で、どこか納得している自分もいる。
「……心の闇、か……」
その時、部屋のドアがノックされる。
「ルカ様?お戻りですか?」
エミリアだ。だけど、今は人と話す気分じゃない。
「ごめん、今はちょっと一人にしといて」
「お体の具合が悪いのですか?それなら掛かりつけの医者に……」
「いいから。別に具合悪くないし。一人になりたいだけ」
「……分かりました」
それ以上、引き下がることなく、エミリアはドアの前を離れる。今は誰とも喋らずに静かにしていたい。自分と向き合っているという訳ではない。私は心のどこかで、自分の過去から目を背けている。そこに目を向けると、それこそ闇に呑まれるかもしれないことが分かっているからだ。だけど、今日は、その触れられたくない部分を突きつけられた。幾つもの修羅場は潜り抜けてきたが、こと自分のこととなると、どうして私はこんなに弱いんだろう。
「強くなんなきゃ……」
誰も聞いていないことを知りながら、私は一人ごちる。しかし、実際に自分の心と直面した時に私は耐えられるだろうか?……とてもじゃないけど自信はない。そんな日がいつか来るのだろうか。できれば一生来てほしくない。その時、ふと、試してみたいことが頭に浮かんだ。
「あの神官のおっさん、魔法の使い方は明日教えるって言ってたよな……今私が自分だけでやってみたらどうなるんだろう」
やり方なんて知らない。だけど、このまま明日を迎え、何も知らないまま、もし自分の中の闇に直面させられたら、私は私でいられる自信がない。ちょっとだけ練習してみようか。
「……よし」
神官によれば、私の頭は「覚醒」しているはずだ。恐らく後は、その放出されるエネルギーをいかにコントロールするかなのではないだろうか。ほんの少しだけ、やってみよう。コツを掴んでおけば、明日上手くやれるかもしれない。
私はベッドから起き上がると、部屋の中央に立つ。そこで、意識を集中させ、何となく右手をかざしてみる。そして、念じる。
『闇よ……私の中の闇よ……』
すると、かざした右手の先に黒い塊が渦を巻いて現れた。……上手くいった。右手から出てきた闇は、ぐるぐると回転しながら、宙に浮かんでいる。私はそこで念じるのをやめた。すると、同時に闇も消えた。
「なるほど」
やはり、自分の心と向き合うことがトリガーとなって、闇が発生するらしい。今はほんの少しだけだったから、小さい闇が発生したのだろう。もし、自分の内側の一番暗い部分と向き合ったとしたら。私は今日見た荒野を思い出し、空恐ろしくなる。
「……今日はこれ位にしとこう。腹減ったな……」
私は敢えて意識を変え、自分の中ではなく外に、しかもできるだけ明るい方向に目を向けることにした。とりあえず、エミリアを呼び食事を持ってきてもらおう。それから、少し話し相手にもなってもらおうかな。できるだけ、馬鹿っぽい話の。
そう決めた私は、ベッドにあるボタンを押した。