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訓練の場所を移し、今度は見渡す限り草木が生い茂る原っぱにやってきた。ここで何をするのだろう。でも戦闘力が上がる。つまり喧嘩に強くなるという言葉に私は、さっきの痛みも忘れ、わくわくが止められなかった。
「よっしゃなんでもこい!」
「ふむ、その意気やよし。だが訓練に入る前に、お前の特性を見極めなければならん。」
「特性?特性ってなによ」
「物事にはすべからく得手不得手があるように、魔法にもその者が得意とするもの、また苦手とするものが分かれているのだ」
「つまり?」
「分かりやすく言うと、水を操るのが得意な者は、火を操るのが苦手だったり、光を操るのが得意な者は闇を操るのが苦手っだりと、対極関係にあるものは操りづらい。そこで、お主が何が得意か、つまりどのような属性を持っているかを見極める必要がある」
「なるほど」
「ちなみに、その者が得意とする属性は主に幼少期の経験に基づくことが多い。花火を見て楽しんだ印象を強く持っている者は火の属性を持っていたり、水遊びをして楽しんだことが印象的なものは水の属性だったりと、単純ではあるのだが、その印象が強ければ強いほど、操れる魔法の力もまた強くなる」
「じゃあ、あんたは昔泥遊びでもして物凄い楽しい思い出でもあるの?」
「わしは子供のころから、修行のため岩の種類を覚えさせられ、また岩でできた密室で何日も過ごさせられたことがある。それが、今のわしを形作っているわけだ」
「へー、苦労してんだね、意外と」
「わしの話はいい。それよりお主の属性を見極めるぞ。まずは、ここに仰向けに横になれ」
「なによ、寝てればいいの?」
「そうだ。もう少し説明するとこれから、お主らで言う逆行催眠をかける。そこで、幼少期の記憶と今の覚醒したお主の脳をリンクさせる。次にお主が目覚めたときは、その属性の魔法が使えるようになっているはずだ」
「ふーん、何かよく分かんないけど、寝てればいいなら楽でいいわ。あ、ただ変なことはしないでよね!」
「安心しろ、王女の影武者候補に万が一のことがあったら、わしの首が飛ぶ」
「それもそうか。じゃあ、安心して……よっと」
私は、草の上に寝転がり素直に目を瞑る。
「わしの声に意識を集中させろ。次に目覚めたとき、お主は変わっているだろう」
言われた通り、私は神官の声に意識を集中させ、じっと瞼を閉じて変化が起こるのを待っていた。神官は何かぶつぶつと言っていたが、それも徐々に聞こえなくなる。意識が遠のいていくのが感覚として分かった。そして、私は眠りに落ちるように何も感じなくなった。
……
……
どれ位時間が経っただろう。次に私が目を開けたとき、視界に飛び込んできたのは、青々とした草原ではなく、荒れ果てた荒野だった。
「な、何よこれ!」
思わず飛び起き、周りを見渡してみると、神官が恐れおののいた顔で私を見ていた。その私を見つめる瞳の中に一抹の同情があったのを私は感じた。私は神官に話しかける。
「これ、どういうこと?周りは草原だったはずだけど?」
「……その通りだ。確かに先ほどまでここは、草木に囲まれた草原だった……」
「それが何でこんな風になっちゃってんのよ!」
神官は重たそうに口を開く。
「お主の力だ……」
「私の?でも私こんな……」
「お主の属性は、闇だった。しかもとてつもない力を持った漆黒の闇だ。周囲の草木が枯れたのはその影響だ」
「そんな……じゃあ、これは全部私がやったっての?」
「そうだ。そしてそれはつまり……」
神官は言いよどむ。しかし、それ程間を置かず、はっきりと私に告げた。
「お主は幼少期にとてつもない悲しみを背負わされているということだ」
その言葉を聞いて私ははっとした。私のは幼いころの記憶がほとんどない。特に気にも留めていなかったが、気付いた時には、両親は私を蔑むような眼で見ていた。私の子供のころに一体何があったのだろうか……
「とにかく言えることは、お主は極めて強い闇魔法を操れるようになるだろうということだ」
「……それは喜んでいいのか何なのか分かんないけどね。あんた、私に何が起きたのかまで知ってるの?」
「お主に逆行催眠を掛けたときにほぼ知ることができた。しかし、それをわしの口からお主に伝えることはできない。理解してほしいのだが、それはお主のためを思ってのことだ。いたずらに悲しみを背負うことはない」
その言葉を聞いて、私は神官の目に同情の光があった理由を理解した。しかし、それ以上詮索するのはやめておいた。私だって、きっと思い出したくないから自分の記憶から取っ払ったのだろうから。
「分かった。じゃあ次は何をすればいいの?」
神官はしばらく考え込むと、重々しく口を開く。
「今日はもう休め。いや、正確にいうならば、今日はわしの考えがまとまらんから続きは明日にしよう」
「……分かった。じゃあ、明日本格的に魔法っつーのの使い方を教えてよね」
「ああ……」
それきり、神官は口をつぐみ、城へ帰る途中も会話をすることはなかった。