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一夜明け、正式にコリニアはオーリスの属国になることが公布された。かなりの混乱をきたすのではないかという思いもあったが、圧倒的な民意に押され、コリニア国王からセシリア女王への譲位は大した騒ぎもなく行われた。こうまでトントン拍子に話が進むと、不気味ですらある。元々コリニア国王が弱気であり、大臣も王子もそれなりの地位を約束されているから、声高に反対を叫ばなかったのかもしれない。
しかし、それにしてもセシリアのカリスマ性には驚いた。民衆の中にも属国化反対の者がいたはずだが、圧倒的な光のパフォーマンスにより、セシリアが光の神の使者であるというイメージを植え付けることに成功していた。元々小国であったため、反乱分子がいたとしてもすぐに鎮圧されてしまうだろう。それにしてもスピード決着だった。
私は女王となったセシリアと二人きりになる機会が余りなくなってしまい、事の真意を聞くことができなかったが、ある夜チャンスができたため聞きたいことを聞くことにした。
「ねえ、セシリア、この国の乗っ取りはどこまで計算していたの?」
「ん?そんなん全部に決まってんじゃん。元々これが狙いでこの国に危険を冒してまで来たんだからさ」
「それにしてもこんなにスムーズに事が運ぶなんて……」
「あの、アホ大臣とボンクラ王子のお蔭さ。あいつらが下心丸出しでうちに近づいてきたから渡りに船だった訳。まあそうでなくても何とか似たような方向には持ってこうと思ってたけどね」
「……これからセシリアはどうなっちゃうの?」
「オーリスの国王、つまりうちの親父はもっともっと勢力を拡大したがってる。だから、うちはこの国の統治に専念するけど、軍を出して戦争には参加することになるだろうね」
「そんな……光の神の使者が戦争なんて……」
「そんなの大義名分があれば何とでもなるさ。正義の名のもとに虐殺が繰り返されてきたのは、お前の居た世界でも同じだろ?一々悩むことじゃねーよ」
「……私はどうなるの?このままセシリアの影武者として生きて行けばいいの?」
「それなんだけどさー。目下影武者が必要だったのはコリニアからうちを守るためだったのが大きかったんだよね。それがなくなったから、ルカには影武者を降りて貰おうと思う」
「え!?聞いてないよそんな話!私はずっとセシリアを守っていこうと思ってたのに……」
「守ってもらうさ。ルカの戦闘能力は高いからね。どっかの軍の師団長を任せようと思ってる」
「そうじゃない!私はセシリアの傍でセシリアを守っていきたいの!」
「あんたさあ、よく考えてみ?光の神の使いの傍に闇魔法使いが居たら、皆どんな気持ちになると思う?」
「……でも、そんなの見せなければいい話じゃない!私達友達でしょ?」
「友達……友達ねえ……」
くっくっとセシリアが笑う。
「はっきり言うけど、あれは全部演技だかんね。うちには友達はいらない。あんたはうちにとっての大事な駒の一つなの」
「そんな……全部演技って……あんなに私のこと心配してくれたりしたじゃない!私もそれに応えようと必死に……」
「そりゃ駒がなくなりそうなら心配もするさ。だけど、それ以上でもそれ以下でもないの」
おかしい。何かが間違っている。いや、引っかかると言った方がいい。セシリアは相当な光魔法の使い手だ。そもそも魔法とは幼いころの記憶や経験が元になってその強さが決まるはず。確かにそう教わった。光魔法を得意とするセシリアがこんなに、人を駒扱いするような考え方をするのは何かおかしい。
「セシリア……あなた、何があったの……?」
「ん?何もねーよ。うちはうち。別におかしいとこなんか……」
「違う!初めからそんな考え方をする人が、あんなに光魔法を使える訳がない!もっと暗い……それこそ闇魔法を使うんだったら分かるけど……絶対に何か隠してる!」
「ルカ……あんたは私のこと友達だと思ってるんだよね?友達のことは詮索しないほうがいいよ」
「友達だから!気になるんじゃない!だって……本当のあなたはあの礼儀正しい、お嬢様の方なのか今みたいな粗暴な方なのか分かんないけど、どっちにしたってこれから演技していかなきゃいけなくなるんだよ?そんなの悲しいじゃん!」
「だーかーらー、余計な詮索はしない方がいいって言ってんの!」
私もセシリアも声を荒げる。だけどここで引くわけにはいかない。ここでセシリアの言うことにはいはい頷いていたら何も変わらない。絶対今のセシリアが進む道は間違っている。そんな気がする。
「……光魔法が使えるっていうことは、幼いときは幸せに暮らしていたんでしょ?しかも今も後光が差すくらい強力ってことはこの世で一番幸せに暮らしていたって言える位。それが、どうしてこんな風になっちゃうのよ……」
「あんたには関係のない話よ……あんたは私の言う通り動いていればいいの。それが影武者ってもんでしょ」
「影武者としてはそうかもしれない。だけど、友達として……セシリアのことが気になるのはそんなにおかしい?」
「友達、友達ってさあ。友達が何な訳?人は、自分以外の人間は、すべからく人を裏切るようにできてんの。あんたは身を持ってそのことを知ってるでしょ?」
そう言われて、私は何も言えなくなってしまった。確かに私の人生は裏切りの連続だった。信頼していた仲間から裏切られたし、私も仲間を裏切ってきた。でも……でも、そうじゃないことだってあるはずだ。そう信じることができたのはミレニアがいて、セシリアがいてくれたお陰だ。今こそ、セシリアにその恩を返す時が来たのかもしれない。
「セシリア、ちょっと付き合ってくれる?どうしても私は納得できない。だから試してみたいことがあるの」
「……ふん。まあ、いいわよ。それで駄目だったら、大人しくうちの言うことを聞くっていうならね」
「分かった。もし試してみて私が納得できれば、あなたの言うことを聞く。詮索もしない」
私は決意した。セシリアは多分、物凄い孤独の中にいる気がする。そこから絶対に助けてみせる。そのためには手段は選ばない。




