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次の日、約束通り、広場にコリニアの民衆が集められた。セシリアはその全景が見渡せる場所に立った。後ろには大臣やセシル王子、そして国王が座っている。しかし、セシリアに手出しできないよう、私が睨みを利かせる形をとった。正直、私もセシリアが何を考えてこのような場をセッティングしたのか分かっていない。ただ、友達のやることだから、そこに茶々を入れて欲しくはなかったのだ。
セシリアは民衆の集まり具合を見ている。そして、ざわめきが収まるのを待っていた。しばらくしてその時が来た。セシリアは明朗な声でコリニアの民衆に対して話し出した。
「コリニアの皆さん、急な呼びかけに参集していただき、ありがとうございます。わたくしは隣国オーリスの王女セシリアと申します。今日は皆さんにどうしても伝えたいことがあってこのような場を設けました」
民衆は、始まったセシリアの演説に耳を傾けている。それはセシリアの威厳もあったが、何よりセシリアの後ろから差す「光」がそうさせたのだろう。
「今、このコリニアは危機にさらされています。今まで王家の者が受け継いできた光の力、光の神から授かってきた力が失われようとしているのです。それは皆さんも知っての通りだと思います。それを打開するために、コリニアの王家はあらゆる手段を講じてきました。皆さんもわたくしに掛けられた懸賞のことは知っているでしょう。そうまでして、この国の王家は光を取り戻したがっているいるのです」
懸賞の話など知らなかった国王は面食らった様子で話を聞いていた。しかし、当の大臣は気まずそうにしている。私は何があってもセシリアを守れるように一層緊張感を強めた。
「それは果たして許されることなのでしょうか。光の力とは正しき方向に人を導くためのもの。無理やりに手に入れた光がどうして他人を導くことができましょう。そのような暴挙をわたくしは、光の力を持つ者として、許すわけにはいきませんでした。わたくしがこの国を訪れたのも、そういった状況を打開するためです」
国王の顔色が悪くなる。そして大臣に事の真偽を確かめていた。大臣はきまり悪そうに、のらりくらりと国王の質問をかわすだけだった。王子はうつむいて何も動きがない。
「仮にも皆さんを統治する立場の者がそのような暴挙に及ぶことを皆さんはどう思われますか。自らの力ではなく、他人から奪った光であなた方は納得してこの国の王族に付いていくことができますか?」
セシリアの呼びかけに民衆はにわかにざわめき始めた。無理もない。私だっていきなりそんなこと言われたら、逡巡するに決まっている。しかし、セシリアは畳みかけるように続ける。
「皆さん。わたくしは皆さんを救いたい。間違った光ではなく、正しき光の下に導きたい、そう考えているのです。そのためには今の国王を始めとするこの国を治めている者たち、彼らを打倒することが必要なのです!」
ざわめいていた民衆の中から「そうだ!」とか「国王を倒せ!」と言った声が上がりだした。国王は苦虫を噛み潰した顔をして、今にもこちらに飛びかからんとしている。いや、国王だけでなく、大臣も、うつむいていた王子もセシリアの演説を隙あらば止めさせようと動きを見せた。その動きを私は、手に闇を発生させることでけん制する。一触即発だ。
「ですが皆さん、私は争いは好みません。ここで争ってもそれは光の道に背く行為だと思います。だから皆さんは無益な血を流す行為に及ぶことなく、今からわたくしの言うことをよく聞いて下さい。皆さんが望むのであれば、オーリスはコリニアを属国とし、正しき光の道に導く用意があります。そのためには、現国王ほか国の統治者たる面々に退いていただき、新たにわたくしが、変わってこの国を治めていきたいと思っています。そして、光の神の御心に叶うまつりごとを行い、皆さんに平和と安寧を与えていきたいと思っています。皆さん、わたくしに賛同していただけますか?」
セシリアがそう民衆を煽ると、オオーッ!と声が上がる。そして口々に「セシリア王女に任せよう!」「国王は退け!」といった声が上がる。国王は顔面蒼白で最早何もする気力もないといった表情だ。大臣も、王子も。そこでセシリアは後ろを振り向き、国王に話しかける。
「民意は、あなたよりわたくしを選んだようです。国王、皆さんの前に立ちひと言言葉を述べて下さい。もし、民意を覆すとしたら、今しかありませんよ?」
セシリアは笑顔で話しかける。その顔に邪なものがあったことは否めない。だけど、私はセシリアを守ると決めた。それは変わらない。しかし恐らくこれはセシリアが全て計算していたことなのだろう。この国に来た目的も、コリニアを属国化することが本来の目的だったのだろう。全ては合点がいった。そんなセシリアが私は少し恐ろしくなったのは事実だ。だけど、私は私の決めたことをやる。
「さ、どうしました?国王。皆さんの前に立ち、言葉を述べて下さい」
セシリアは再度国王に促す。国王はよろよろとしながら立ち上がり、民衆の前に立った。すると民衆から「国王はやめろ!」「退け!」と怒声が飛ぶ。この状態で何を言っても無駄だろう。国王はただ一言、「光の神の御心のままに」とだけ言って、後ろに下がってしまった。
その後は、セシリアが民衆の前で、光のパフォーマンスをし、一層民の心を引き付け、そして「詳しくは明日、交付いたします。それでは皆さんお集りいただいてありがとうござしました」と言って壇上から降りた。しかし、民衆の熱気は収まらず、「セシリア王女万歳!」とか「光の神はセシリア王女を望んでいる!」といったことを叫び解散するまでにかなりの時間を要した。
それと並行してにセシリアは国王と話していた。
「皆さん分かっていただけたようです。あなたは国王を退いて下さい。王子も、そして大臣も。悪いようには致しません。きちんと元王家の者として扱うことを約束します」
国王が答える。
「……初めからこれが狙いだったのだな……」
「この国来たのは、わたくしがこの国を救おうと思ったからです。けして間違った方法ではなく、正しい方法で。今までのあなた方の統治の結果が、今現れているのですよ。素直に現実を受け入れて下さい」
それきり国王は何も言わなくなってしまった。王子と大臣については、もはやセシリアは歯牙にもかけなかった。そしてセシリアは国王に告げた。
「新たな統治法に関しては既にまとめてあります。これを明日民衆に交付することでよろしいですか?」
「……好きにしろ……」
そう国王は言い残しその場を立った。王子と大臣もそれに続く。
残された私とセシリアは、少しだけ会話をした。
「……セシリア、全て計算通りなの?」
「あったりめーだろ。大体懸賞掛けて、うちの体を手に入れようとした罰だよ。もっとも国王は何も知らなかったようだけどな。だけど、これは前から計画していたことだ。うちをあの部屋に閉じ込めることになった最大の要因がこの国だったからな。私怨も混じっているのは否定しねーよ。だけど、この国はもう駄目だったんだ。うちのあんな演説一つで爆発するくらい、民衆の不満は溜まっていたのさ。うちはそれを少し解放してやっただけ。さ、もうすぐオーリスから軍が入ってくる。全て手筈通りだ。うちの命は今が一番危ない。しっかり守ってくれよ」
「……分かった」
私は釈然としないものが残りつつも、やはり自分のやるべきことに集中しようと決めた。そして、オーリスから軍が入り、政権が交代するまで、セシリアを守り抜いた。といっても、もう刺客が襲ってくることはなかったが。
こうしてセリア王女はコリニアの女王になった。私はこれからどうなるのだろうか……