4
明くる日、いよいよ教育とやらが始まった。
まずは、王女としての所作を身に着ける、いわゆるマナー講座みたいなものだった。教え役は、召喚のときにいた神官。
「王女たるもの、いかなる時も気品を持ち、その振る舞いは優雅でなければならない」
うぇー。正直私はこういう形式ばった動作というか、行動が苦手だった。
「正直、やる気出ねー。マジかよ」
私は「やる」といった手前、一応はカリキュラムをこなしていたが、こちとら少年院にすらなじめなかった身だ。長続きするはずもない。
「もうやだ!こんな格式ばったことばっかやって何になるっつーのさ!つーかわざわざ来てやったんだから、そっちが合わせろよな」
「その申し出は却下だ。あくまでも、お主が王女に合わせて貰わなければならない。ほれ、もう一度歩き方からいくぞ」
私のわずかな抵抗もむなしく、教育は続く。大体まだ会ってもいない王女の真似しろっつーのが無理なんじゃね?段々腹立ってきた。
「おい、神官様。まず所作を真似ろつっても王女も見たことない私が、どうやって真似すりゃいーんだよ。まず王女に会わせてくれよ」
「その申し出も却下だ。王女は公務が忙しい。お前が最低限、影武者として振舞えるようになったら会わせてやる。というより、四六時中同行してもらう」
なーにが公務だっつーの。自分の影武者と会う時間位作れるだろ普通。くそっ。
「じゃーさー。所作はもう飽きたから、別のにしない?教育つったってこれだけじゃないんでしょ?」
「それは、その通りだ。ふむ……お主の集中力も切れてきたようだな。それに好戦的な性格も何となく分かってきた。よろしい、休息の後は魔法の教育を始める」
よし!この形骸化したような動作の練習からは一先ず解放された。魔法っていうのもよく分かんねーけど、これよりはましなんじゃねーかな。大体私は昔から人と同じことをするのが苦手だったんだ。しかし、魔法か……地球から来た私にはそれがどんなものか皆目見当もつかなかった。確かこっちの世界に来た時に「ここは魔法文明が栄えている。」的なことを言ってたよな。地球で言うとなんだろ。ガンダムの操縦でも覚えるようなもんかな。
そんなことを考えている内に、休息時間が終わった。いよいよ魔法の訓練だ。
「まず、お主には魔法とは何かから説明しなければならない。それを理解ししないと、上手く自分の持っている資質をコントロールできないからだ」
「何だよ。いきなり座学かよ……まあ、いいや、その魔法ってのには私も興味があるんだ。聞かせて貰おうじゃん」
「よし、少し難しくなるかもしれんから、よーく聞いておけ。この世界を構成しているのは全て微細な粒子であることは知っているか?」
微細な粒子?それはきっと原子とか分子とか、何となく子供のころ、私がまだドロップアウトする前に勉強したやつのことだと思う。
「一応知ってる……つもり」
「ふむ。その微細な粒子が組み合わさり、水になり、時に反応を起こして火になり、また様々な形に構成して、物質を形作っている。これもよいか?」
「あれだろ?水だったらH2Oとか、そういうやつだろ?」
「その通りだ。呼び方こそ違えど、この世界でも構成は同じだ。だが、ここからはお主の知らない知識になる。その物質を構成する粒子は人の心と親和性を持つ」
「はーい、質問。なんで私が知らないとか分かんの?」
話を途中で遮られ、多少ムッとした神官だったが、一応質問には回答してくれた。
「地球から召喚されたのはお主だけではない。数こそ多くはないが、この世界には地球出身の者もいるのだ」
「へー、そうなんだ。そう思うと何か親近感わくね」
「その者たちはこぞって、万物を構成する粒子と人の心との親和性について知らなかった。いや気付きようがなかったとも言える」
「気付きようがなかったってなんでさ」
「お主たち地球人には、目覚めていない感覚があるのだ」
「目覚めていない感覚?」
ついついオウム返ししてしまう。
「そう。その感覚を目覚めさせることによって、自分がどのような粒子と親和性を持ち、その粒子が構成する物体を操れるかがわかる」
「感覚ねえ……例えばあんた……いや、神官様はどんなものと親和性を持ってんの?」
「わしは、この世界を構成している岩や石、それ自体数多くの粒子が結合しているものだが、その殆どと親和することができ、操ることができる」
「へー、試しにやって見せてよ。実際見たほうがこっちもやる気になるしさ」
「いいだろう」と神官が述べると、何やら目の前に手を翳し、集中力を高め出した。すると、大気が震えるのが分かった。マジか……固唾を呑んで見守ると、周辺の土が盛り上がり、石ころは宙に浮いた。
「はっ!」
神官の掛け声とともに、大地は波打ち、局所的な地震が起きた。震度にしたら恐らく計測不可能なレベルだろう。
「むん!」
神官がそういうと、大地は元に戻り、石ころも地面に落ちた。正直私は度肝を抜かれた。今まで色んな修羅場を潜り抜け、男でも女でも決して自分が負けるところなんて想像しないで喧嘩してきたし、実際それに勝ってきた。でも……こいつには勝てない。私の本能がそう言っている。いや、厳然たる事実がそう告げている。これが魔法か。
「すげー!私も魔法を極めればこんなことができるようになるの!?マジかー。うわめっちゃテンション上がるわー」
「まあ落ち着け。今大地を動かしたのは、さっきも言ったように私が岩石類を構成している粒子と親和性が高かったからだ。人にはそれぞれ向き不向きがある。人によっては火を自在に扱ったり、水を自在に扱ったりする」
「何でもいいからさー。私にも早く教えてよ。私もそういうのやってみたい。そしたら喧嘩ぜってー負けねーじゃん」
「喧嘩するための技術ではない……それにお主は地球人だ。物の動かし方を教える前にやることがある」
「やること?」
「覚醒だ。」