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ケルトは私と同じ闇魔法使いだ。だからかどうか知らないが、バルクのおっさんはケルトのことを加減のできない奴と評していた。しかし、ケルトとの修行中、私が死の危険を感じたことはほとんどない。ないこともなくはないが、それでも明らかにケルトは手加減をしていた。それはつまり闇魔法使いとして、ケルトの方が上だということだ。私は強くなりたかった。だから、ケルトに殺されるレベルの本気を出して私に向き合ってほしかった。そうすればレベルアップできるはず。もっともっと強くなれるはず。そして……もっと人の命を吸い取る力を操れるはず。
私の中で、あの力は半ば禁じ手のように思っていた。できれば人の命など吸い取りたくはない。だけど、それは人殺しにはなりたくないという私の弱気でもあった。それではいつか負ける。ほんの少しの実戦だったけど、私はあの熱を操る男たちとの戦いの中で感じたことだった。私はもっと強くならなければならない。少なくとも自分の力をコントロールできるレベルには。
「ねえ、ケルト」
「何だよ。今更修行が怖くなったか?」
「私さあ……もっと強くなれるかな」
「あん?何だよ急に。……お前はもっと強くなれる。だけど、それはお前も気付いてるだろ?自分の弱さと向き合うことだって」
そう。それは感じていた。私は過去のトラウマを受け入れる度、強くなった。それはとても辛いことだったけど、その分が強さに変わった。でも……じゃあ、次はどうしたらもっと強くなれる?私はもう過去のトラウマのほとんどを受け入れた。それ以上があるとしたら……
ポカっ……ケルトに頭を叩かれた。
「何悩んでんだよ。らしくねーな」
「うっさいわねー。私だって人並みに悩むことだってあるわよ。……ねえ、ケルトはどうやって自分の弱さと向き合ってきたの>それだけ闇魔法を使えるってことは……そういうことなんでしょ?」
「……それ聞いちゃう?つっても、何も語るようなことはねーよ。自分は自分ってことに気付いたってとこかな」
「自分は自分か……」
何だかとても芯をえぐるような、それでいて何ともないような表現の仕方だ。でも少しだけ、ヒントのような物を貰えた気がした。
「よし、自分は自分。それでいこう」
「何だよ。人の言うことを鵜呑みにすると碌なことねーぞ」
「鵜呑みになんてしてないわよ。ちょっと考えるきっかけを貰った気がしてさ」
「ふーん。……まあいいや。ほれ、修行だ修行」
「よっしゃ、こい!」
城の中、王女の部屋。セシリアが一人窓際にたたずんでいる。周囲に誰もいないことを確認すると独りごちる。
「柏木ルカ……あいついつまで持つかな」
「今回はきちんと仕事を果たしたけど、今後はどうなるか……」
「ギブソンとの試合で見せたあの力……あれが本物だったらかなりいいとこまでいくんだけど」
「何にせよ、やることはやってもらわねーとな」
トントン
ノックの音が部屋に響く。
「……どうぞ」
ノックの音の正体はミレニアだった。
「セシリア様……」
「うん?どうされました?ミレニア」
「ルカ様のことで相談が……」
「ルカのこと?どうしたのですか?」
「この前ルカ様が攫われたとき、国王は救出に誰も差し向けなかったと聞きました。もし、今後同じようなことがあって、ルカ様が一人で脱出できなかったときは……ルカ様は……どうなってしまうのでしょうか……」
「心配しなくても大丈夫ですよ、ミレニア。今回は相手の実力がそれ程でもないと判断した上の決断です。ルカの命が危険に晒されるようなことはありませんよ」
セシリアはにこっと笑い、ミレニアを抱擁する。
「私、ルカ様のことが心配で……」
「気持ちはよく分かるわミレニア。私もルカが帰ってくるまで心配で眠れなかったもの。でも帰って来た。今後も大丈夫ですよ」
「セシリア様にそう言っていただけると……安心しました。そうでうよね、ルカ様は強いですもんね。めったなことは起こらないですよね」
「そう、そういうこと。分かったら、さっ心配しないで仕事にお戻りなさい」
「はい!」
ミレニアは、元気を取り戻して部屋を出ていった。一人になったセシリアは呟く。
「もっとも、私が心配してるのは、きちんとやることやってもらえるかどーかだけどな」
そう言うと、セシリアは入浴のため、支度を始めた。
同じとき、ルカは何も知らず、ケルトとそれこそ生死を掛けた修行に励んでいた……