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私は男と一旦距離を取る。熱を操る能力か……熱を操るということは分子の振動を制御しているということか。漢字としてはギブソンに近いけど、全然戦い方が違う。これもタイプの差だろう。さてどうすっか。近距離戦はちと不利だな。相手がどの程度闇魔法に対する力を持っているか分からないけど、遠距離で勝負!
私は、さっと後ろに飛び、飛び道具を仕掛ける。
「ダークボール!」
まず1発。これで相手がどう動くか。
「ふん。重力場を持った飛び道具か。小賢しい!アイスウォール!」
男は氷の壁を作ってダークボールをせき止める。氷は闇に吸い込まれていくが、その度新しい氷が出てきて、ダークボールの進行を止めている。成程ね。ならば。
「ダークボール!ダブル!」
これでどうだ!計3発の闇の塊。これは耐えられまい。氷の壁は崩壊し男に迫る!
「くそっ!」
男はたまらず横に飛び、迫ってくる闇を回避する。そこっ!
私は一気に男と距離を縮め、一撃を加える!
「シュート!」
男の足にスライディング気味に蹴りを入れる。
「ぐあっ」
男の動きが止まる。一気に畳み込む!
「はああああ!マックスフィスト!」
男の顔に強烈な一撃をお見舞いする。本来なら顔の骨が砕けるどころか、原形をとどめないほどぐしゃぐしゃになるところだが、さすがにそこは手練れだ。きちんと気絶しただけで済んだ。
「ふう」
私は一息つく。男の本気とやらを見ずじまいだったけど、これ以上長引いてお互い本気の勝負になったらやばかったな。またギブソンの時みたいに殺してしまいかねない。こいつには聞かなければいけないことが沢山あるんだ。
倉庫の中に入ると、おあつらえ向きにロープがいくつかあった。こいつで男たちをふんじばる。さて……まずはチンピラ風な男、ジェイの方からたたき起こす。平手打ちをばしばしくれてやったら、すぐに目を覚ました。
「ひぃっ!た、た、助けてくれ!」
「いいわよ~。ただし、あんたたちが何者で、何の目的で王女を狙うのか。しっかりと教えてくれたらね」
「お、お、俺たちは雇われただけなんだ!なんも知らねえ!ほんとだ!」
「そんなことを聞いてるんじゃないのよ。あんたらが雇われた目的はなんだっつーのよ。こっちが下手に出てるうちに喋ったほうがいいと思うけど?」
「何も知らねえ!ほんとだって!」
「ああん?てめえ、さっき言った言葉聞いてたか?脳みそあんだろ!おい!何のために王女を狙うんだよって聞いてんだろうが!さっさと言わんかい!」
ついつい昔の口調に戻ってしまう。しかしその威勢にビビったのか、男はぽつりぽつり喋りだした。
「隣の国コリニアは、光の神への信仰が篤い国なんだ……だから、王族はみな生まれ持って光魔法の力を持っていなければならない。だけど、今の王族たちはなぜか光魔法が使えないんだ。原因は色々言われているが定かじゃねえ。、そのお蔭で、国の統治に支障をきたす様になってきた。だから、天性の光魔法の使い手である、この国の王女が必要なんだ。この国の王女を攫って、王族の誰かと関係を結ばせれば、またもと通り国を治められると思ってるんだ。……俺が知ってるのはここまでだ。ほんとだ。嘘じゃねえ」
ふん。王女の力を政治に利用しようってか。しかも無理やりどこぞの馬の骨とも分からん奴と関係を持たせてだって?ふざけんじゃねえっての。
「それで?あんたらを雇ったのは誰よ」
「コリニアの大臣だ。王女にはもともと懸賞が掛けられていた。だけど、俺たちの腕を見込んで直接依頼してきた。報酬も弾むからって……なあ、これだけ喋ったんだから解放してくれよ!もうあんたを狙ったりしねえからさ!」
あ、こいつはまだ私が王女だと思っているんだった。言葉遣いに気を付けとけば良かったかな。まあ一緒か。
「いいわ。最後に。ここが何処で、どうやったら帰れるか教えてくれたら解放してあげる」
「ここは、あんたらが外遊していた町の外れだ。南に一時間も歩けば元の道に出る。なあ、これでいいだろ!」
「ええ、いいわよ」
聞くだけのことは聞いた。そこで私はジェイにもう一度強烈な張り手をお見舞いして気絶させた。さて、帰り道も分かったし、さっさとずらかるか。こいつらはもう襲ってはこないだろうし。しかし、いくら何でも隣の国の王女に懸賞まで掛けるとは……とんでもねえ国だな。コリニアってのは。でも確か、隣国はそれだけじゃなかったはず。色んな国から狙われてるとしたら……王女が部屋から出なかったのも頷ける。私は今回は役目を果たせたけど、次、もっと強敵が現れたら……
嫌な予感が頭をよぎるが、それを振り払って私は帰途についた。これが、王女争奪戦の序章とも知らずに……