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セシリアのスパルタ教育の甲斐あって、私は数日後には王女としてのマナーをほぼ身に着けることができた。……地獄のような日々だったけど。これなら魔法の修行してた時の方がましだったと何度思っただろうか。
しかし、苦難を乗り越えた私はついに影武者デビューを果たすことになる。
その日は、とても晴れた日だった。こんな日に出かけたら気持ちいいだろーなーと思う、青空。清涼な風。ただの散歩だけでも気持ちが晴れやかになりそうな日だ。そんな日に、セシリアは突然切り出した。
「ねえルカ。今日は外に行きませんか?」
「外?外って……城の庭?別にいいけど」
「違います、お城の外です」
「えええええええ!?急に!?わ、私心の準備が……それに、王女が外に出るって、色々許可とかいるんじゃないの!?」
「もちろん正式に外遊するなら許可がいります。だけど、それを待っていると時間がもったいないでしょう?今回はお、し、の、び、で(ハート)」
「お忍びってあんた……でも、警護の兵士とかいるよ?ばれるんじゃない?」
「私が何年このお城に暮らしていると思ってるんですか。抜け穴位とうに見つけております」
「じゃあ、あんた今まで隠れていろんなとこ行ってたの?」
「昔はそうです。でも今は……色々あって自粛せざるを得なくなりました。でももうルカがいます。危険はないでしょう」
「信頼してくれるのは嬉しいけど……」
私は少し戸惑う。っつーか結構アグレッシブだなセシリア。うーん……
ま、いっか!私も城の中から出たいと思ってたし、気分転換になる。何より楽しそうなセシリアをがっかりさせたくない。
「いーよ。行こ!どこ行く?どっかあてあんの?」
「お城から少し離れたところに湖があります。その景色がとても綺麗なんです。そこに行きましょう。お弁当を持って」
「あー、ピクニックね……」
ピクニック何てわたしゃあ行ったこともなければ、行きたいと思ったこともない。でもセシリアと一緒ならいいか。友達とピクニック……昔の私なら、全力で拒否してたな。私も少し変わったのかもしれない。
「でも、お弁当ってどうすんの?さすがに魔法で食べ物は出せないでしょ?」
「抜かりはありません。ルカが紹介してくれた新しい侍女、ミレニアを既に買収済みです」
買収っていうのが少し気にかかるがそういうことか。あ、それなら……
「じゃあどーせならミレニアも連れて行かない?人数多い方が楽しいっしょ」
「そうですね。私もそう考えていたところです。では、早速ミレニアを呼びましょう」
こうして、私達3人は、王女の発案でピクニックに行くことになった。
セシリアは本当に、この城のことを知り尽くしていた。部屋から出るときに護衛の兵士が話しかけてきたが、「ちょっとお庭にお花摘みに行ってまいります」と笑顔で嘘を吐くあたり、なかなか手練れだ。それからは人の目に触れない場所を通り、見事に城を抜け出した。
城を抜け出したら、ミレニアが用意した庶民っぽい服装に着替える。元の服は見つからないように、茂みに隠しておいた。服を変えるとセシリアの後光が目立つかと思ったが、日の光の下だとそれ程でもない。これなら、ばれない様にいけるかな。でも同じ顔が並んで歩くのも気持ち悪いと思うんで、私はフードを被ることにした。
道中は女子バナに花が咲く。
「ねえねえ、セシリアって結婚願望あんの?」
「私は王族の身ですし、あまりそういった自由はないんです。残念ながら」
「そっかー、そりゃそうかもね。ミレニアは?」
「わ、私はいい人がいたらしたいと思ってます。……今のところいませんけど……」
「いい人ねー。待ってるだけじゃやってこないかもよ?」
「いいんです。私はこうしてルカ様や王女様のお近くで、お世話ができる今が一番幸せです」
うーん、絵に描いたような善人。是非幸せになって欲しい。セシリアもできれば恋愛とかしたいんじゃないかなー。
「ねえ、セシリアって好きな人いないの?」
「好きな人ですか?私は皆さんが好きですよ」
「いやそうじゃなくってさー。……まあいいや」
「そういうルカはどうなんですか?」
「私?私はこの世界に来て修行ばっかりだったから、あまりそっち系に意識した人はいないかなー。話した男といえば、ケルトにバルクのおっさん位だもんね。あ、戦ったルアンとかギブソンもいるけど」
「それは恋愛対象にはならないです……よね」
「そうだねー。まあぼちぼちいい男でも探すよ」
そんな話をしていたら、湖に着いた。セシリアの言う通り、湖の水は透明に済んで、周囲の景色を逆さまに映し出している。その風景が絶景だった。
「いいところだねー。セシリアがお勧めするのも分かるよ」
「気に入っていただいて嬉しいです。では早速食事にしましょう」
その時だった。折角の楽しい女子会に茶々を入れる連中が現れたのだ。柄の悪そうな男が5人。私の元いた世界だったら、ヤンキーとかチンピラに分類される類の連中だ。
「おい、そこの女ども。見ればこの国の王女そっくりの女連れてるじゃねえか。ちょっと顔を良く見せてみろ」
さすがに王女の顔は知れ渡っているか。でも、もう一人王女そっくりの影武者がいるとは思うまい。
「いいわよ。とくと顔を見てみな」
私はフードを取る。
「なにっ?王女が二人?聞いてねーぞ!」
聞いてねー?何だか引っかかる言い回しだな。
「まあ、あんたらが何もんか知らないけど、ケガしたくなかったらとっとと失せることね」
「何だてめえ、女のくせに調子に乗ってんじゃねーぞ!」
はあ……元いた世界で何度となく言われてきたセリフ。こっちでも聞くことになるとはなー。まあいいや先手必勝。とっとと片付けよう。
「インヴィジブル!」
私は姿を消すと、素早く男たちの背後に回り、首筋に手刀を当てていく。瞬く間に全員気絶した。大したことねーじゃん。私は姿を現すと、セシリアたちの様子を確認する。
「大丈夫だった?」
「ええ、ルカがいてくれたおかげで、安心してみていることができました」
「ルカ様強いです!本当にびっくりしました!」
大丈夫そうだ。さて……こいつらが言っていた「聞いてねーぞ」という言葉。その真相を吐かせるか。私はボス格っぽい奴に平手打ちを加え目を覚まさせる。
「ひっ!い、い、命だけは!」
うわー雑魚っぽい。まあ雑魚だから仕方ないか。
「あんた、さっき『聞いてねー』って言ってたけどどういうこと?」
「そ、それは……」
言い淀む男にもう一発平手打ちをかます。
「い、言うよ。言うから勘弁してくれ!」
そうして男の口から語られたのは、私がここに呼ばれた理由そのものだった。