30
セシリアが私の髪を染めてくれている間、色々話をした。やっぱりここ何年か、この部屋から出ることはあまりなかったそうだ。出たとしても城の中。籠の中の鳥とはこういうことをいうのだろう。
「友達はいたの?」
私は確認の意味を込めて、少し切り込んでみた。
「……優しくしてくれる人なら沢山いましたよ」
憂いのある笑みを浮かべてセシリアは言う。やっぱりな。
「寂しくなかった?」
私は、もう少しだけ切り込んでみた。
「……寂しいなんて言える立場ではないですから……」
笑みを崩さずに、セシリアは語る。うん。予想通り。だったらまず私が最初にすることは……
「ねえ、友達になろうよ」
「え?」
私の急な申し出に、セシリアはやや戸惑った。予想していなかったのだろう。だけど、私は続ける。
「王女と影武者ってのもさー、かたっ苦しいじゃん?だから、まずは友達になろ?大丈夫、皆がいる前ではしっかり影武者として、王女様をお守りするからさ。ね?友達になろ?」
セシリアはしばらく考え込んだ。さすがに唯々諾々とはいかないか。だけど、しばらくして口を開いた。
「そう……ですね。その方がお互いに都合がよいですものね」
「よっしゃ、決まり!じゃあ今日からうちらは友達ね?色んな事はなそ?それこそ恋バナとかさー。あ、実は私、この世界にもう一人友達がいるんだ。ミレニアっていうの。新しくセシリアの従者になった子。今度紹介するね!大丈夫、秘密を守れる子だから」
私はまくしたてながら、不思議な感じを覚えた。元いた世界でも、こんなに気軽に話す友達がいたことはなかった。私の周囲にいたのは、私を拒絶するか、へりくだるかの2種類の人間だけだで、対等に話す人はいなかった。私は王女の影武者になることで、普通の女の子になることができたのかもしれない。王女と友達になって、この鳥かごの中から出してあげようと考えたのは、王女のためだと思っていたけど、本当は自分のためだったのかもしれない。
そうこうしてるうちに髪染めが終わり、私は金髪になった。王女も色んな魔法が使えるもんだ。鏡を覗いてみると、そこには少し目つきの悪いセシリアがいた。こりゃマジで分からんわ。宇宙は広いっていうけど、ここまで似てるのは双子でなければ絶対いないだろう。大嫌いな両親だけど、この顔に生んでくれたことには少し感謝した。この世界に来てから、私は変わった。恐らくいい方向に。それは全てこの顔のお蔭だ。きっと大変なことも沢山あるだろうけど、今はこの状況を楽しめている。それだけでも、私は嬉しかった。
「いやー、マジで分かんないね。どっちがどっちか。セシリア、あんたこんな顔してるんだよ。どう思う?」
「どう思うと言われましても……ルカを始めて見たときから可愛らしい子だな、と思っていましたよ。でも……そう言うと何だか自画自賛みたいで……」
「こんだけ似てりゃあ、そうだよね。って可愛らしいって!私元いた世界では、強面で鳴らしてたんだけどな」
ストレートに褒められると、さすがに照れてしまう。私は照れ隠しをするように、話題を変えた。
「さ、次は服を選ぼっか。でも服は基本セシリアが着てる服に合わせなきゃいけないもんなー。そんなひらひらのドレスみたいな服、着たことないよ」
「大丈夫ですよ。意外に動きやすいですから」
「そうは言ってもなー。まあ、慣れるしかないか……」
私たちは2人で服を選び始めた。これは少し似合わないとか、これ可愛いとか、ほんとに普通の女の子同士の会話みたいだった。セシリアも大分解れてきたようだ。で、結局決まったのは、やっぱりひらひらのドレスだった。取り合えず着てみる。……うーん、違和感。特攻服なら着慣れてるんだけどな……。でも、この服装でも、いざというときにしっかり戦えるように訓練しなきゃ。セシリアを守れなくなったらしょうがないもんね。
「わたくし、服を選ぶのがこんなに楽しかったのは初めてです。他人の服を選ぶのっていいですね」
「だよねー。わかるー。でも他人というか、ほぼ自分だけどね」
と、くだらない冗談であはははと笑いあう。うん。いい関係が築けそうだ。
「じゃあルカ、次はお勉強をしましょう」
セシリアが急に私の嫌いなことのワースト1位、2位を争うワードを繰り出してきた。
「勉強?何すんの?私、こういっちゃなんだけど頭相当わりいよ。学校行ってなかったもん」
「大丈夫ですよ。わたくしが一からじっくり仕込んであげますから」
ふふふ……と不敵な笑みを浮かべるセシリア。うーん、微妙に怖い。
「分かった。何をすればいい?」
「まずは礼儀作法からしっかりとマスターしていただきます。いざとなれば、わたくしに代わって、公務を執ってもらうこともあるかもしれません。そんな時にボロがでないようにしませんとね」
「ぐっ、礼儀……作法……」
「さっ、早速始めましょう。まずは歩き方から」
「そんなとこからやんのー!?」
私は泣きたくなった。でもこれも立派な影武者になるためか……腹くくってやってやる!と決めてセシリアに一から王女のマナーを教えて貰った。
そして、それが終わったのは、5時間後だった。
「今日はこの位にしておきましょう。明日もやりますからね♪」
「……せんせー、もう……勘弁して……」
「駄目ですよ。まだまだ覚えることは沢山あるんですから♪」
Sだ。セシリアは絶対Sに違いない。
私は王女の影武者になったことを少しだけ後悔した。しかし、こんなことができることが平和なことだったと、思い知らされることになる。