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私が休息のために通された部屋は、思いのほか豪奢な部屋だった。天蓋付きのベッドに、壁は大理石のようだが煌びやかな装飾が施され、高価そうな絵画も飾られている。広さは20畳はあるだろうか。
「……なかなかいい待遇じゃない」
一人ごちてみたが、まあそもそも王女の影武者である以上、寝起きする場所もそれに合わせる必要があるのかもしれない。私は早速、寝心地の良さそうなベッドに飛び乗り、うつ伏せになってみる。うん。悪くない。このまま寝てしまおうかと思ったとき、ノックの音が響いた。
「はーい」
誰だよ。と思いながらドアを開ける。そこには、メイド服で私と同年代かそれよりやや若く、ボブカットの黒髪と、印象的な碧眼の少女が立っていた。顔だちも整っており、私が前いた場所では、道を歩けば読モにスカウトされるだろうという気がした。
「あの。私がルカ様の身辺のお世話を命じられました、ミレニアと申します。御入用のことがあったら何でも申し付けて下さい。ベッドの脇に私を呼ぶボタンがあると思います。それを押せば私がすぐに参りますので……」
「あー分かった分かった。何かあったらお願いするわ。今日はもう眠いから寝かせて。そんだけ。んじゃ」
「あ、お待ちくださいルカ様。この世界に来たばかりで色々不安ではないのですか?よければ説明いたしますが……」
「不安?そんなの向こうにいるときと大して変わんねーよ。だから大丈夫」
「お強いのですね、ルカ様は」
ニコッと笑う顔もどこか美しい花びらが揺れている様を思わせる。私はこんな女を何人ぼこぼこにしてきただろうか。と言っても、私に敵意をむき出しにする奴だけだけど。
「わかりました。それでは戻ります、何かあったらボタンでお知らせ下さい」
「はいはーい。んじゃねー」
とりあえず、また一人になれた。私は一人の時間が好きだ。誰にも干渉されず、誰も私に干渉してこない。口を開けば非難される人生を送ってきた所以か。さて、とりあえず……
私は、クローゼットを探し出し、衣類を物色する。ひらひらのいかにも王女が着るようなドレスが沢山入っていた。下着もレースが沢山ついたものや、着方がよく分からないものもある。
「風呂入りてーのになー」
入浴場自体は、簡易的ではあるが部屋の中にあるのが見て取れた。だから一っ風呂浴びてから寝ようと思ったのだが……代わりの服がこれじゃあな。といってもいつまでも少年院の素っ気ない服を着ているのも嫌だ。私は早速ミレニアを呼ぶことにする。
「ベッドの脇のボタン……これか」
ボタンを押すと、分を待たずしてノックの音がする。ドアを開けると先ほどと同じ表情でミレニアが立っていた。
「はい。何か御入用ですか?」
「あー、こういうのも恥ずかしいんだけど、何か着慣れない服しかなくてさ。もっと庶民的な服ってないの?」
「お言葉ですがルカ様。あなたは王女の影武者に選ばれたお方。着るものもそれに合わせていただかなくてはいけないのです。今は慣れないかもしれませんが、着ていくうちに自然に慣れますよ。きっと」
と言って、ミレニアはにこっと笑う。そこに敵意や悪意は感じられない。純粋に私のことを思っての発言だろう。そうすると、私も自分の意見を押し通すにも気が引ける。
「……分かった。頑張って慣れてみるよ。ただ、着方が分からないから、その時は教えて貰ってもいい?」
「もちろんです。ルカ様。どんな小さなことでもお申し付けくだされば、できることは致します」
「んじゃ、風呂入ったらまた呼ぶわ」
「はい。お待ちしています」
私はドアを閉める。本当にいい奴そうだ。昔から敵か味方かの嗅覚を磨いてきた私は、第一印象で敵か味方かを嗅ぎ分ける特技を持っていた。それに比べて……あの神官はどうも味方の気がしない。えらっそうに喋りやがってさ。ちょっと前の私ならワンパン入れてるとこだったな。そんなことを考えながら、入浴場に行く。入浴場の作りは地球とそんなに変わらない。違和感なく入浴できた。さて、呼ぶか。バスタオルを体に巻き、私はベッドの脇のボタンを押す。
「はい、何でしょうルカ様」
「風呂終わったからさ。適当に着るもの見繕って、着方を教えて」
「かしこまりました。もうお眠りになるのですよね。そうしたら、下着はこれ、パジャマはこれなんかいかがですか?」
異論があろうはずもない。
「うん。それでいいよ。ただそのパジャマ……どうやって着るの?」
彼女が差し出したパジャマはドレスにも似た、レースのついた高貴そうな服であったため、私には身に着け方が分からなかったのだ。
「これから、お教えします。簡単ですよ」
言われるがまま、下着とパジャマを身に着ける。「それでは、また何か入り用がありましたらお呼びください」と言って、ミレニアは帰っていった。
静けさが周囲を包む。いい感じだ。私は天蓋付きのベッドに横になると、今日一日を思い出していた。
「本当なら保護室にいたんだよな。それがこんなことになるなんて……」
人生って何が起こるか分からないもんだな。最も私の人生の終わりは碌なもんじゃないだろうけど。そんなことを考えているうちに眠気が強くなってくる。明日は、教育が始まるとか言ってたな。どんな教育か知らないけど、油断だけはしないようにしよう。人を信じて良いことにあった試しがないからね。そして、私は眠りについた。