23
ケルトは、私を座らせ、自分は後ろに立った。何が始まるのか。でももうやることは決まった。もう後は迷わず進むだけだ!
「目を閉じろ」
ケルトは私に無機質に命令する。そして私は言われたとおりにする。
「今から昔のお前と現在のお前を邂逅させる。そこで、お前はしっかりと何があったかを見つめてこい。そして、全てを受け入れろ。それができなければ……言うまでもないか」
多分ケルトは、バルクのおっさんが最初に私にやった逆行催眠のようなことをやるのだろう。しかも、意識付きで。あの時、バルトのおっさんは死にかけたと言っていた。そんな闇を私は受け入れられるだろうか?……考えていてもしょうがない。やるしかないんだ。
「いつでもいいわ。やって頂戴」
「よし、じゃあそのまま何も考えずリラックスしていろ。俺の声だけに耳を傾けておけ」
そういうとケルトはぶつぶつと何かをつぶやき始めた。恐らく私の脳に干渉して過去の記憶を引きずり出しているのだろう。そんなことを考えていたら、段々と私の意識は薄れていった。
次に気が付いた時、私は暗闇の中にいた。目の前に見えるのは……昔の、子供のころ、5歳くらいの時の私だ。一人で泣いている。何があったのだろうか。私は勇気を出して話しかけてみた。
「どうしたの?何で泣いてるの?」
「おかあさんがね……おかあさんが、私のことを悪い子だって叩くの……」
「あなたは何か悪いことをしたの?」
「……よくわかんない。でもおかあさんがそういうんだもん。きっと私は悪い子なんだ……」
ぎゅっと胸が締め付けられる感じがした。そうだ。私はよく両親に殴られていた。それも些細なことで。母親は何か一つでも気に入らないことがあると、私に当たってきた。小さかった私は、ただ母親のなすが儘にされるだけだった。
「……あなたは、悪いことなんてしてないわ。大丈夫よ。もう泣かなくていいの」
「……お姉ちゃんは誰……?」
「私?私は……あなたの味方よ。本当。嘘じゃないわ」
「でも、知らない人とお喋りしたら、またおかあさんに叩かれる……もう話しかけないで……」
さっきよりもぐっと胸の痛みが強くなる。そうだ。私の母親はそういう人間だった。苦しくて吐きそうになる。でも、ぐっとこらえて私は前を向いた。
「大丈夫。知らない人なんかじゃない。私はあなたのことを一番よく知っていて、一番近くで見ていたのよ。だから、もう泣かないで。私は絶対にあなたを叩いたりしないから」
「本当……?」
「ええ、本当よ」
「じゃあ、お友達になってくれる?」
その言葉に私が泣きそうになる。そうだ。また思い出した。私には友達なんて一人もいなかった。いつも悲しくて、でも誰にも助けを求められなくて、たった一人で泣いてばかりいたんだ。
「いいわ。お友達になりましょう。これからはずっと一緒にいよう」
「本当に?約束してくれる?」
「もちろん。約束するわ。絶対に破ったりしないから安心して」
「……じゃあ、お姉ちゃんのこと信じるね」
そういうと子供のころの私は少しだけ笑顔になった。その表情に私も救われた気分になった。そこで、ふっと昔の私は消え、場面が変わる。今度は小学生位の私が両親から責められている場面だった。
「何であんたはこんなこともできないの!」
母親が怒鳴り散らしている。
「そうだ。お前みたいなのが俺の子供だなんて、恥ずかしくて言えやしない」
父親も同調して、私を罵倒する。
やめて。もうやめて!私が……私が消えてしまう!そう叫んでみるが、私の声は誰の耳にも届かない。
「お前なんか生まなきゃよかった」
「そうだ、俺たちの子供なのに、こんなにできが悪いなんて、病院で取り違えでもあったんじゃないか
?」
そう声を張り上げながら、二人の親は私を折檻する。だめ、これ以上は……!もう……やめて……!
「じゃあ、私は生まれてこないほうがよかったの……?」
叩かれながら昔の私が両親に問いかける。
「ああそうだ。お前なんかいないほうがずっと良かった」
「あんたなんかいなくなっても何もこまりゃしないのよ。いなくなってくれれば清々するわ」
「……」
それ以上何も言わずに昔の私は、ただ叩かれ続けていた。そうだ。私の心が決定的に壊れた瞬間だ。はっきり思い出した。何も信じず、誰も頼らず生きていくしかないと誓った日だ。いや、生きていこうなんて思えなかった。本当は死にたかった。だけど、それすらできずただなすが儘になっていた時だ。
今変えなきゃ。私がここにいることを伝えなきゃ。声を掛けてあげなきゃ。あなたは生きていてもいいんだよって。
私は懸命に声を張り上げる。昔の私に対して。
「大丈夫!あなたはいらない子なんかじゃない!必要としてくれる人がいる!信じてくれる人もいる!生きていてもいいの!」
まだ届かない。胸の痛みがどんどん増してくる。暗闇に落ちてしまいそうになる。ここで落ちてしまえばどれだけ楽だろう。こんなに傷ついて……だけど……
私は、それでも声を張り上げ続けた。
「いいんだよ!そのままの私でいいんだよ!友達になったじゃない!約束守るって言ったじゃない!あなたには、生きる意味が……生きる価値があるの!!」
そう叫んだ瞬間、両親の姿が消え、また、暗闇の中で、昔の私と二人きりになった。届いた……?
私は、私に寄り添うとぎゅっと抱きしめた。
「辛かったね。悲しかったね。たった一人で生きてきたんだもんね……。だけど、もう大丈夫。あなたには私がいる。一緒に生きていこう。今の私には生きる目的がある。一緒に歩いていこう。だから……もう泣かないで」
私の胸の中で、昔の私は嗚咽する。今までの全てを吐き出すように。それを私は懸命に受け止める。慟哭とも言うべきその声に何度も押しつぶされそうになる。だけど、その度、私は力を込めて私を抱きしめる。いつしか、昔の私は泣き止み、顔を上げてこちらを見てくれるようになった。
「もういいのよ。悲しまなくても。泣かなくても。私がずーっと一緒にいるから……ね?」
その言葉を聞いた昔の私は、少しだけ笑顔になった。
その瞬間、昔の私が光り輝き、今の私と同化し、一つになった。
気が付くと、目の前にケルトがいた。
「帰ってきたか。何とか闇に呑まれなかったようだな」
「……何とかね。でも、あんたの言っていたことの意味が少しは分かったわ。私は今まで、私の闇の表面だけをこねくり回していただけだった。だけど、もう違う。私は私。色んなことがあったけど、全部含めて私なんだって分かった」
「上出来だ。もう迷うんじゃねーぞ?」
「分かってる。もう振り向かなくても大丈夫よ」
「さて、どうする?少し休むか?それともこのまま修行を続けるか?」
正直、疲労は極限に達していた。本当ならばゆっくりと休みたいところだが、そんなことをしている暇はない。
「このまま続けましょ。一刻も早く王女を救い出さないとね」