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 その者ある時はぬらりひょんと名乗り、またある時は山本五郎左衛門を名乗った。鬼の如き力を持ち、天狗のように空を翔る。されど本当の姿を見たものはいなく、本当の名を知るものもいない。


 誰彼時。日が完全に落ちようとするその時、彼は目覚めた。悠久の眠りから目覚めた彼は、何度かしぱしぱと瞬きをして起き上がる。


「……ここは、どこだ?」


 彼の眠りは数百年も前から続くもの。彼が最後に覚えているのは、神からくすねた酒を四代目酒呑童子と飲み明かしたところだった。彼が感じている痛みもその酒によるもの。一度舐めたら一年酔い、二度舐めたなら三年酔う。三度舐めたらもう酔いが覚めることはないと言われる神酒。それを二人で一瓶飲み干したのだ。

 人ならざる身とはいえ、ただじゃすまなかった。彼は数百年酔ったまま暮らすこととなり、そして数百年眠ることになった。

 故に彼の記憶は酒盛りの時点で止まっており、それ以降は酒のせいで覚えていない。


「……舐めやがって。剣も抜かねぇとは」

「どうでもいいから。早くきてくれない?」


 風に乗って男と女の声が彼の元へ飛んできた。彼はその声に興味を持ち、その場へ近づく。そこは地が平らな竹林。夕明かりが竹の隙間から差し込んではいるが、かなり暗い。

 対峙するのは一組の男女。男の得物は斧。対する女は無手。


「うおりゃあああああ!」

「……せいっ!」


 女は男の斧を一重でかわすと、男の腹に拳を打ち込む。そして続けざまに首元へ蹴りを放つ。男はそれをよろめきながらもなんとか避けた。


「なんだ。喧嘩か。しょうもねえ」

「あら。貴方はどちらが勝つと思いますの?」

「あ? お前……まあいい。女だ。あくまで一対一ならだけどな」


 彼が後ろを振り返ると、そこに少女が立っていた。


「まるで一対一でないとでも言いたそうね」

「男の仲間がお前含めて周りにしこたまいるじゃねえか」

「…………貴方、お名前は?」

「いきなり後ろから話しかけといてそれはねえだろ。お前が名乗れ」

「あら失礼。私の名前は金光朝日ですわ。それでは、改めて貴方のお名前を聞いてもいいかしら」

「山本五……いや、ちょっと待て。山本だ。山本」


 彼、こと山本は己の名前を最後まで語ろうとして止めた。彼はある時ある時で名前を変える。少女の名前を聞いて、彼は自分の五郎左衛門という名が世に合っているか不安に思ったのだ。少なくとも彼の記憶にある女の名前は菊とか絹で、苗字があった覚えはない。

 山本は改めて男と女の戦いを見る。余裕の女に対し、男はもう息も絶え絶えだった。


「あら、下のお名前は?」

「未定だ」

「未定……ふふっ、面白いですわね。この状況でそんな冗談が言えるだなんて」


 朝日の剣が山本の首に当たる。朝日は笑ってはいるが、山本にぶつける殺気を緩めはしない。

 だが、山本はそれを意にも返さない。なぜなら彼にとってそれは何の意味もないからだ。彼は朝日の力を見抜いていた。剣も気も魔力も話にならない。少なくともこれでは木端の鬼一匹倒せない。

 初めに後ろを取られたのもその力の小ささからだった。一定以上の力があるか、彼に対して敵意を向けていないと彼の探知には引っかからない。無論、意識をすれば探るのも可能であるが。


「はああああ!」

「っぐはっ」


 女の前蹴りが男の顎にささる。男は声を上げて倒れた。山本は金光に背を向けたまま言った。


「おい。決着はついたぜ。行かなくていいのか?」

「直ぐ行きますわ。でも、私は貴方の正体が気になっていますの。あいつの味方なのか、それとも役人なのか、はたまた魔物であるのか」

「…………へぇ?」


 山本はにやりと笑った。相変わらず金光には背を向けたままであるが、金光の背に冷たいものが走った。


「人、いや、生き物ってのは面白いものでな」

「いきなりなんですか?」

「まあ聞けよ。生き物ってのは気や体躯なんかで相手の強さを測る。つまり理性でだ。だが、その反対に本能でも相手の強さを測っている。多くの場合は、その測った値は一致する」


 山本の目下では女を、武器を持った者たちが囲んでいる。その数八人。しかし、女は余裕な仕草を崩さない。明らかに不利でもそうしてみせるのは、焦りを相手に見せまいとしているものだった。

 武器を持った者たちは油断なく待機する。そして金光の合図を待っていた。


「だが、その理性と本能で測った値が違った場合。それも大きく違っていた場合。例えば隠していた力が解放された時。面白いことに理性、つまり脳が否定するんだ。本能で察知した敵の強さを」


 山本の体から怪しげな気が少しだけ漏れ出る。金光が首にあてている剣がかたかたと震えだす。


「その時、面白いことが起こる。いや、というのも、その敵の姿を何か他の物に置き換えてしまうんだ。例えば大きく見えたり、牛の姿をした化け物に見えたり」


 自身の理解できる範疇をあまりにも超えた強さに出会ってしまうと、多くの生き物は気絶する。だから山本は金光が気絶しないぎりぎりの範囲を見極めて力を解放した。


「……なあ、俺が何に見える?」


 これは彼のライフワークと言っても過言ではないものだった。人を驚かせる。その為、彼は他の妖怪たちと違って決まった名前を持たないし、決まった場所に定着しない。

 この金光という女はどんな顔をして、どう逃げるのか。山本は恍惚とした表情で振り返ると、金光はいなかった。いや、正確には彼女が倒れ伏していたため、見えなかった。


「あちゃー……。失敗か……。寝すぎて加減も分からなくなったか?」


 山本は頭を掻く。こうなってしまえば大抵は記憶も飛んでしまう。しゃがんで金光の頬をつんつんとつついて見るが、彼女が起きる様子はない。

 山本は息を吐いて立ちあがる。前には変わらず竹林の平野。だが、彼の予想とは違った。

 てっきり全員倒れているのかと思っていたのだが、中央に女が一人立っていたのだ。それは山本にとっては朗報である。彼はうきうきと女に近づいていった。


「おーい!」

「ひひひひっひゃい!?」

「お前、結構やるんだな。俺は山本。お前の名前は?」

「しし、信濃由佳です!」

「由佳っていうのか。よろしくな!」

「ひゃああああああああ!」


 山本は嬉しさのあまり、由佳の手を握りぶんぶんと振った。彼、いや妖怪にとって強い人間というのはそれだけで好ましいものなのである。山本にとって彼の妖気いや、魔力を受けて気絶もしなければ逃げもしない人間。滅多にいないが、それは彼が最も好む人種であった。

 久々にそういう人間に出会えた山本と、突然の出来事に頭が追い付かない由佳。二人が落ち着いて話ができるまで、しばらくの時間を要した。

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