夢の墓標
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
あなた、自分が見た夢のことを、しっかり覚えていられるタイプかしら?
私はたいていの夢を覚えてる。一説によると、熟睡して夢を見なかったという時も、本当は夢を見ているんですって。
毎日、毎日よ。その中でも印象的なものが、私たちの頭に残るのだとか。
それでも、目が覚めてしまうと、たいていの人は夢の内容を忘れてしまうわ。眠っている時に感じていた喜怒哀楽、胸の高鳴り、泣き出したくなるほどの怖ささえ。
――夢日記を書いたこともある?
ふふ、確かに夢の支離滅裂具合は、インスピレーションを刺激されるかもね。
でも、夢を忘れることって、現実と混同しないようにする、身体の防御機構だという考えもあるのよ。夢の中で空を飛べたからって、現実でも飛べると思い込んで、高いところから飛び降りられたら、大変でしょ?
真に迫ってくる夢。それはいったい私たちに何を伝えたいのかしら。
さっきも話したように、私は夢をよく覚えている。ずっと小さい頃に見たものさえね。それをめぐる昔話、聞いてみないかしら?
テレビ番組のうち、特撮ものが日曜日の9時から10時のワクを使って、2作品同時に放送を始めた時期のこと、覚えてる?
当時、小学生だった私は休みの日になると、必ずその番組を視聴していたわ。男の子たちはこぞって、出てくるヒーローたちのポーズや必殺技を真似することに力を入れていたけど、私の興味はそこにはない。
純粋に物語を楽しんでいたわ。同時に、悪役側の報われなさに関しても、少しかわいそうな気持ちさえ覚えたの。
いくら追い詰めたとしても、新技、新武器、新仲間によって逆襲を食らい、破壊、切断、爆発とさんざんな目に遭って敗退していく悪役。それでもめげず、自分の企みに情熱を捧げる様は、どこか憐みを覚えてしまったわ。
番組の構成とか、大人の事情に疎かった当時は、本気で彼らのことを考えていた。そのせいか、夢に見ることがあったのよ。
早寝の家庭で育てられた私は、午後9時には布団に入る。幼稚園卒業までは、親に挟まれて眠っていたけれど、今は自分の部屋をもらい、ひとりで寝るようになっていた。そこで特撮物の夢を見たの。
目が覚めた私は、真っ黒い寝台の上で横になっている。周りも暗いけれど、目の前には私をまたぐような格好で、青白い輪郭を持つ人影が私を見下ろしていた。
人影がかすかに揺れ、言葉を紡ぐ。歌を歌うように、ろうろうと響く声は、わずかなフレーズさえ、私には理解が及ばない。
やがて歌をきった人影が、私の上からどく。ひとりでに上半身を起こした私の景色は不意に切り替わる。
うって変わった、強い陽が差す公園の外側を、私は自分の意志とは関係なくゆったりと歩いている。柵の向こうに茂っている植え込みが途切れると、ベンチに座ってこちらへ背を向ける一組のカップルの姿が現れた。
ショートカットとポニーテールの二人組というだけで、私は勝手に男と女だと思ったの。
身体がまた勝手に動く。柵を乗り越え、茂みを飛び越し、二人に近づいていく。
気配を感じたらしく、振り返ったその顔は、確かに男と女のものだった。何か口を動かしているようだったけど、私には聞こえない。
ひゃっと、私は意思に反して両腕を伸ばす。その肌の色は私のものには程遠い、濃いめのオレンジ色。今見ている、特撮の敵役がするメイクにそっくり。
「ああ。特撮に出てくる怪人なんだ。私」
ここに至って私は、今見ているのが、夢だと感じたんだ。でもその時にはもう、私の腕に背中を触れられた男女は、公園の土の上にうつぶせに倒れ、ぴくりとも動かなくなっていたの。
生きているのかしら、と私が思う間に、二人から目を離し、先ほどまでの足取りがウソのように疾走を始める「怪人」。出会い頭に驚いたり、逃げ出したりする人々を、次々にワンタッチで押し倒す。
その感触はとっても柔らかく、走った勢いで、ダウンさせているようには思えない。
そして、景色は私のよく見知った、家の周り。そこの道を、やたらめったらに曲がりくねりながら、私の通り魔は続く。
でも、やがて終わりが来た。
目前に、黒と緑の甲冑めいたスーツに身をつつんだ、偉丈夫が降り立ったの。それは私が見た特撮ヒーローにそっくり。
「怪人」は動きを止める。優雅にポーズを決めるヒーローに襲い掛かることなく、後ずさり始めた。
どうして見栄を切る時に、敵役は手を出さないのか、目の当たりにして初めて分かったわ。
熱い風が吹き寄せるの。太陽光の熱をそのまま乗せたような、灼ける思いすらする風。一刻も早く立ち去らないと、と本能で感じるの。
背中を向けかける、怪人の挙動。そのいくらもが完了しないうちに、間合いを詰めたヒーロー。どん、と強い衝撃を受けたかと思うと、瞬く間に視界は青く染まってしまった。
気がつくと、最初に寝かされていた寝台に戻ってきていた。
再び私をまたぎ、青白い人影が不明の歌を紡いでいる。でも、今度は最初に見た時には、なかったものが存在していた。
見下ろしてくる人影は、両手持ちの大鎌を振りかぶっている。歌と共にじょじょに振りかぶられる、三日月を思わせる刃に私はぞくりとした。
歌は続いている。きっとこれが止む時が、その最期の時。
「怪人」は、思い切り暴れようと、身体を揺する。けれどまたがった人影は、その振動をものともしない。
じきに、抵抗は無駄だと感じたのか。「怪人」はおめき叫ぶような声をあげ、自分の右手の人差し指で、とんとん、と胸を差し始める。
「ここ、ここ!」
口が何度も、そう紡いだような気がした。けれども鎌は無情にも振り下ろされる。
「怪人」の指示した胸ではなく、眼前を覆いつくさんとする顔の真上を目がけて……。
はっと私は気がついた。
時間はまだ午前2時に差し掛かろうかというところ。パジャマにはびっちょりと汗をかいているし、心臓もバクバク騒いで、おさまる様子がない。
――あれが、正義の味方にやられた怪人の末路。
格好からして、私が味わったのは毎回の話の山場に登場する、大物じゃない。
どちらかといえば、戦闘員。一般人に対してはほぼ無敵の強さを持っているけど、ヒーロー相手には紙きれのように、投げ飛ばされ、叩きのめされ、ひどい時には新必殺技の被害者にさらされる。
そのまま退場しても、次の回には懲りずに大量に現れ、また蹴散らされていく。
その一匹一匹の行く末など、歯牙にもかけないだろう。ヒーローも、視聴者も。
翌朝。私は野菜を育てている、自分の家の畑の片隅に、太めの木の枝を差した。名もなき怪人の最期を、墓標として残しておくために。
それからも私は、忘れかけた頃に、怪人の夢を見た。自分が怪人になりきっている視点のものを。
人型の時もあれば、明らかに視界が広かったり、背丈が低かったりする。紙のようにペラペラな全身で、どのように動いているのか、理解が及ばない場合もある。
やはり、始まりはあの暗がり。怪人にまたがって、歌を朗々と詠むあの人影の声が、私の意識を惹きつける。
そして起き上がるや、様々なところに視界が映り、無辜の民に危害を加えていく。それは、初めて登場する怪人への恐怖をあおるためのワンシーンに、そっくりだった。
そこからも予定調和。さんざんに暴れ回った私は、目の前に現れるヒーローにおじけづき、惑う。焦熱の風を送りながら、ヒーローは悠然とポーズを決めると、ある時は肉弾で、ある時は飛び道具で、私の視界は真っ青になる。そして、あの暗い寝台に戻されるんだ。
またがる人影。振りかぶる大鎌。抵抗する怪人。そして、胸を指す懇願。
そのすべてが白刃に染め上げられ、私は汗をみなぎらせながら、覚醒する。
夢を見た翌朝、私は欠かさずに墓を作った。その数は相当なものになっていたけれど、この時期に大いに育つ、大根たちの葉っぱたちに隠されていたためだと思う。壊されることなく、墓は年を越すことができた。
年明け。私の家は一家総出で、畑の作物を収穫するのだけど、その年はひどいものだった。
暮れまで立派な葉をたたえ、抜くのを楽しみにしていた根菜類。いざ引っ張ってみると、大した抵抗もなく、葉っぱが地面を離れてしまう。その先にある根の部分は、すっかり消えてしまっていた。
畑の野菜は地面の下に隠れていた部分が、軒並み消えているという、不思議な凶作。親たちが騒ぐ中、私はそっと畑の片隅へ。
あの怪人たちのお墓は、すっかり暴かれていた。何かを一緒に埋めたわけでもないのに、その墓標ひとつひとつがあった場所に、サッカーボールほどの大きさを持つ、地面の陥没が見られたの。
その跡には、名残を惜しんで手を振るかのような、無数の根っこが集っている。それを振り切って、何かが墓の外へ飛び出したんだ。
私はそれが、あの怪人たちであるような気がしてならない。
夢の中で葬られた彼らは、今度はこの世界で、何をやらかしてくれるのかしらね。