8話『最悪の英雄』
特訓開始からほぼ六時間。そろそろ日付が変わる頃。
めきめきと成長を見せる牛村だったが、今までほとんど休憩もなく特訓していたこともあってか、息も絶え絶えに地面で仰向けになっていた。
「もう、一度……!」
鎌を掴み、よろよろと立ち上がる牛村。
だが、
「もう終わりだ。ちょうど今十二時を過ぎた」
「そんな……」
俺がそう告げると、牛村は地面にへたり込む。もう疲労もピークなのだろう。最後の方は死式もほとんど使えていなかったしな。
そもそも十二時じゃなかったとしても、そんな状態で特訓を続けたところで何も得られやしない。鍛練というものは短時間で高負荷を掛けるのがベストなのだ。六時間も続けた時点で今更ではあるが。
本来ならもう帰っても文句を付けられる筋合いはないのだが、気になることが一つができた。それを聞くまでは帰れない。
「なあ、お前はどうしてそこまでする?」
「どうしてそこまでするか、ですか……。今のままの私じゃ追獲使としての責務が果たせないと分かったから、ですかね」
「実力が足りなきゃやめればいいだけの話だろ。それとも、やらなきゃいけない理由でもあんのか?」
理由を問う俺に、牛村はぽつりぽつりと語り始める。
「追獲使って本来脱走した死神を捕える仕事なんですけど、でも死神の抵抗が激しければ殺しても止む無し、みたいなルールがあるんですよ」
俺の問いからかけ離れたところから始まった話だが、それでも静かに聞き続ける。
「でもですね、現状の、とはいっても昔からみたいですが、追獲使はそのルールを悪用することが多いみたいで。面倒だから抵抗されたことにして始末するみたいな」
捕まえる方が殺すよりも高難度だ。だから確かに殺す方が合理的なのだろう。そんなクソみたいなルールは初めて聞いたが、それのせいで父さんは死ぬ羽目になったのだと思うと怒りが収まらねぇ。
もしも捕えられただけだったならば。詮無き仮定の話だが、もしそうだったとしたら、俺もここまで死神を憎むことはなかったのかもしれない。
「だから私は、追獲使を変えたいんです」
「……そのために、追獲使になったのか?」
「そうです。だって嫌じゃないですか。正義を騙る悪意なき殺しなんて。人を守るために死神を殺すのが今の追獲使なら、私はそれを変えてみせます」
俺とはかけ離れた思想だ。別に俺は自分を正義なんて思ってはいないが。
復讐。父が殺されたから、その遠因となった死神共を殺す。助けるために殺すのではなく、殺すために殺す。いつか死神共が全て消え去るまで。
「もしかしたら、これは私なりの復讐なのかもしれません。だってお父さんは正義に殺されましたから」
「どういう……? いや、まさかお前の父親は追獲使に?」
復讐、追獲使、とそこまでピースが揃えばもはや他人事とは思えない。嫌な親近感を持つと同時に尋ねるが、牛村は首を横に振る。
「十九年ほど前、死神界で大規模な戦争が起きたんです。といっても私はまだギリギリ生まれてないですけど」
その戦争は、知っている。全て父さんから聞いた。
死神界に昇ってくる魂を独占しようとした独占派と、その独占を阻止しようとした阻止派による大戦。
戦争は阻止派の完勝で幕を閉じる。戦力的には多少独占派が劣っていたぐらいで、そこまで大差はなかったはずなのに。
その理由は、
「英雄の登場です。たった一人で独占派を殲滅した英雄。どちらの勢力にもついていなかったはずのその英雄は突如現れて、独占派の死神を皆殺しにしました」
「じゃあもしかして、お前の父は……」
「はい、その英雄に殺された独占派の死神です。父が悪だったことは分かりますけど、本当に殺す必要があったのかって思うんですよね。
ただ悪だから殺すのは間違ってると思うんです。それは追獲使も同じでしょう。だから私は、」
────追獲使を変えたい。
それが牛村なりの、その英雄への復讐。追獲使という正義を善一色に染めることで、英雄の正義を否定するという。
もはや他人事ではいられなかった。
それは自分と酷似した境遇だから、ではない。
なぜならその英雄こそが、
俺の、父さんだからだ。
最悪の英雄、そう呼ばれていたらしい。独占派を殲滅し不毛な戦争を終結させた英雄でありながら、その後独占派が隠し持っていた魂を一つ残らず持って人間界へ脱走した。
故に最悪の英雄。
ただ、それにも理由がある。
中立を保っていた人達の一部が独占派に殺された。そのとき父さんは妻を、つまり母さんを殺された。だから独占派を潰した。
そして魂を奪って人間界に逃げた後、一つの死式を創作した。
それは、死神の魂を元に人間へ転生させる死式。
しかも生まれ変わって腹の中から生まれてくるようなものではなく、元から人間界にいた人間として死ぬ前そのままの姿で転生させる。
母さん自身の記憶も、周りの人間の記憶も丸ごと書き換える、もはや世界ごと塗り替えるような目茶苦茶な死式だ。
だが結果としてそんな目茶苦茶な死式を父さんは完成させた。必要となる膨大な量のエネルギーも独占派から奪っていたものを使い、母さんは人間界に人間として存在していたことになった。
かくして父さんは最終的に追獲使から殺された。それもこれも大元を辿れば身勝手な独占派の連中のせいだ。
だからこそ、人間界に脱走するような身勝手な死神を殺してきた。
俺と牛村の関係は、考えてみれば歪だ。お互いの父のせいでお互いの父を失っているようなもの。
「あの、どうかしました?」
固まっていた俺の顔の前で、いつ間にか立ち上がっていた牛村が手を振る。
「いや、なんでもねぇ。特訓は終わりだ、もう帰るぞ」
「あっ、はい……。ありがとうございました」
牛村は名残惜しそうな表情で小さくお礼を言って頭を下げる。それに取り合わず俺はグラウンドの外へと歩を進めていった。
俺と牛村の関係は歪だ。だからこそ相容れない。どれだけ慣れ合おうとも、交わることはない。見ているものが違う限り。