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6話『しつこい少女』

 次の日。無事何事もなく喫茶店にやってきた睦花と共に、労働意欲を燃やして働き、客の来ない午後三時に差し掛かった頃、再び奴はやってきた。


「こんにちはー、マスター。あれ、一昨日の人じゃないですか! こんにちは、元気そうで何よりです」


「やー、一昨日ぶりだね。そういえば名乗り忘れてたか。ボクは乙女野睦花。睦花って呼んでくれていいよ」


「そういえば自己紹介とかまったくしてませんでしたね。牛村弐奈って言います。これからも通うことになるのでよろしくお願いしますね、睦花さん」


 煩わしさ満点の顔を睦花に見られないよう横目で牛村を睨んでいる俺を傍目に、牛村と睦花がお互いに自己紹介を交わす。


 ちなみに睦花は本当に一昨日の出来事を忘れていたようで、喫茶店から出た直後辺りからの記憶がなかった。死式による身体への影響もないようで一安心だ。……牛村の奴がいなければな。

 にこにこ笑顔でこっちを見てくる牛村に、舌打ちしそうになるのをなんとか堪えているとその笑顔のままに牛村が口を開く。


「注文いいですか? ナポリタンとコーヒーお願いします」


「はーい」


 気の抜けた返事をする睦花が調理のためにキッチンへと移動する。

 こっちも注文を受けた以上は仕方ないとコーヒーを入れて出すと、すぐさま口に運ぶ牛村。


「これで昨日の続きが話せますね、マスター」


「そのためにナポリタンなんて頼みやがったのか」


「いやー、お腹が減ってるのは本当ですよ? 睦花さんに席を外してほしかったのも間違いじゃないですけど」


「嘘ばっか()くのもいい加減にしとけよ」


 死神は腹を空かせない。エネルギーさえある程度残っていれば。

 ただ、食に対する欲が強い奴らはいる。エネルギーを蓄えるために魂を捕食するのではなく、食べたいから食べるというイカれた死神が。今まで人間界で見てきたのはだいたいそういう死神だ。


「ばっかって。そんなに嘘吐いてないですよ!」


「話を戻すが、昨日の話に続きも何もねぇだろ」


 また牛村のペースに巻き込まれそうになっていることを自覚し、話を早く終わらせるために自分のペースを取り戻す。


「だってオッケーもらってないですし」


「一生出さねぇからとっとと帰れよ」


 こいつにとっては自分の意見が了承されるまで話が続いている認識なのかよ。狂ってやがる。

 この後もナポリタンができるまで延々と粘り芸を披露する牛村に辟易としながら拒否し続けた。普通に一日働くより疲労が溜まる攻防だ。なんなら死神を駆逐する方が楽かもしれん。


「うえー、今日も駄目ですか。残念です」


「今日どころか一生だって言ってんだろ。耳付いてんのか」



 更に次の日。


「こんにちはー。はー、やっぱり室内は涼しいですね」


「やあ、牛村ちゃん」


 やってきた牛村へ機嫌良く挨拶を返す睦花とは対照的に、また来やがったと顔を苦渋に染める俺。

 睦花が隣にいる状況で溜め息を漏らすわけにはいくまいと必死に堪えていると今日もまた牛村のオーダーで睦花がキッチンに向かう。


「んー、カルボナーラって食べたことないので楽しみです。あっ、そういえばマスターってどこに住んでるんです? ここじゃ寝るとことかないですよね」


「…………ここの二階に居住区があんだよ。つーか、お前はどこに住んでんだ。いつも思ってたが、ここで飲み食いする金はバイトで稼いでんのか?」


 牛村の質問に答えるべきかどうか死ぬほど悩んで、結局答えると共に浮かんだ疑問をぶつける。

 毎日ここに来てる辺り暇人に見えるが、基本的には死神探しに奔走しているはずだ。だからバイトなんてしてる暇はないと思うが、その辺りはどうなのだろう。


「死神界から人間界に降りてくるときにどちらも支給されるんですよ。拠点と軍資金って言い方が正しいんですかね? まあ出所(でどころ)はよく分からないですけど」


 その上とやらが普通に人間界で働くわけもないしな。恐らくはなんらかの死式によるものか、もしくは……。ありえないとは思うが、人間界の何者かと通じているか、か。


 まあとりあえず分かったのは、


「人を襲って金を奪ってるわけではないんだな」


「だから私達は人を守る側だって言ってるじゃないですかー! そんな野良の死神みたいに襲ったりしませんよ!」


「野良て。害獣か何かか、死神は。まあ似たようなもんだが」


 ごちゃごちゃ雑談しているとカルボナーラの卵のいい匂いがし始めた。


「で、今日はいい返事もらえますか?」


「やらねぇよ。とっとと食って帰れ」



 定休日を挟んで次の日。


「今日こそはどうですか!?」


「だからやらねぇって」



 その次の日。


「ちょこっとだけ! 先っちょだけでいいんです!」


「どの辺りが先っちょなのか分かんねぇよ馬鹿」



 また次の日。


「もうそろそろいいんじゃないですか? いい頃合いだと思いますよ」


「揚げ物じゃねぇんだから……」



 またまた次の日。


「ほらほら、首を縦に振ってしまいましょうよー」


「もう嫌だ……、なんなんだこいつ……」



 毎日毎日やってきては無駄な攻防を強いてくる牛村。睦花がすぐ近くにいることもあって話を聞かれないか気が気でなかった俺は神経をすり減らし、とうとう──、


「…………明後日の定休日。その日の夜だけだ」


 首を縦に振ってしまった。

 実感が追い付かなかったのか無表情で俺を眺めていた牛村だったが、徐々にその表情を喜色に染めていく。


「ありがとうございますっ! その一日でマスターの技術を全て盗むつもりで臨ませてもらいます!」


「言っとくが実戦形式だ。音を上げたらその時点で終わり。分かったか?」


 実戦形式という名目で叩きのめして終い、なんて意地の悪いことはしない。いくら追獲使が嫌いとは言ってもな。やる以上は全力だ。


 たった一日、更にはその夜だけ付き合えば、こいつと顔を合わせなくともよくなると考えれば安いもんだ。このまま続いていたらノイローゼになりかねなかったからな。


「ふっふっふーん」


「ん? 牛村ちゃんご機嫌だね。何かあったの?」


 牛村の注文であるボロネーゼを運んできた睦花が、何かの鼻歌を歌う牛村を見て首を傾げる。

 上機嫌のままうっかり口を滑らせるんじゃないかと冷や冷やしていたが、そんなこともなく上手くはぐらかしてボロネーゼをあっという間に平らげた。


 そういえば時刻と場所の指定を忘れていたことを思い出し、会計の際にこっそりと耳打ちする。

 明後日の午後八時、この町の中央公園。

 中央公園の場所が分かるか怪しかったが、去り際のサムズアップを見るに問題ないだろう。我ながら面倒な約束を交わしてしまったものだと溜め息を漏らす。


「どうしたんだ、正伍。溜め息……、を吐くのはいつも通りだったね」


「お前らが吐かせるようなことばっかするからだ……」


 もはや癖だぞ。客の前でやってしまったらと思うと戦々恐々だ。


「まあそれは置いといて」


「置いとくな。自分の行いを省みろ」


「正伍も結構睦花ちゃんと仲良くなったよね」


「はぁ? どこをどう見れば仲良く見えるんだよ」


「いや、だってさ、もっと最初の頃は親の仇みたいに彼女のことを睨んでたじゃないか。一番最初に来たときはおっぱいばっかり見てたけど。見てたけど!」


「二回も言うな、見てねぇから」


 何故か睨まれ威圧されたので、両手を上げて否定をする。

 しかしよく見てるなこいつ。なるべく睦花には悟られないよう敵意を表に出さないようにしてたはずなんだが。


 それに、親の仇……、か。本当によく見てる。


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