4話『勧誘』
『正伍。悪いのは全部父さんだ。だから、追獲使に復讐を……、だなんて考えるなよ。お前はお前らしく、強く生きろ』
それが父さんの最期の言葉だった。
死神は殺す。いくらでも殺す。だが、死神でも追獲使は殺さない。それは殺したって新しい追獲使がやってくるというシステムも理由の一つだし、父さんの最期の言葉も理由の一つ。
心底恨めしくとも手は出さない。恨めしさと同じく心の底では理解していたのだ。追獲使は何も悪いことはしていない。死神のルールに則って裁いただけ。悪いのはルールを犯して死神界から脱走した父さんの方だ。
分かってる、分かってはいる。だけど理解していることと許容することはまた別だ。そう簡単に割り切れるようなら、こんな風にねじ曲がることもなかっただろう。
昨日、牛村の問いをもくさつして解散し、気を失ったままの睦花を乙女野宅まで運んで俺も自身の家へと帰宅した。ちなみに睦花のお父さん、六さんには『帰り道で転んで頭を打ち気絶しました』と、かなり無理のある言い訳をした。
六さんは父さんと旧知の仲で、俺のことを赤ん坊の頃から知っているという背景があるからか、幸いにもすぐに信じてもらえた。なのですぐに六さんから病院に連れていかれた睦花は昨日から病院にいる。
今日の朝、『どこにも異常はないけど今日までは検査入院しなくちゃいけないみたいだ』と睦花自身からメールが来て一安心。
というわけで今日は俺一人で喫茶店を回さなければいけない。母さんには昼の部はおやすみでもいいと言われたが、コーヒーを入れられるのに休めるわけがない。睦花がいないから料理が出せないのは痛いがな。
とりあえず母さんが朝大量に作ったクッキーはあるから、今日の昼の部はそれとコーヒーのみを出している。
喫茶店前に置いてあるA面黒板には『本日はコーヒーとクッキーしかございません』と書いておいた。
いつもより少ない客入りに少しだけ残念な気持ちを抱きつつ、午後三時。完全に客が捌けて暇をしているところに、奴が来た。
「こんにちはー。どうもマスター、昨日ぶりです」
牛村弐奈、だったか。
昨日の今日でよく来れたもんだな。
「テメェに出すもんは何もねぇぞ」
「もー、なんでそんなに嫌うんですか! 今の私は客ですよ、客! 相応の態度があってもいいとは思いませんか?」
「お客様、お帰りはあちらでございます」
「そういうことじゃなくてー!」
くそっ、粘りやがるなこいつ。正直さっさと帰ってほしいところだが、仕方ない。ここでぐだぐだやってるよりも、さっさと満足して帰ってもらった方が早いだろう。
観念して、俺の目の前のカウンター席に座った牛村に尋ねる。
「ご注文は?」
「マスターで!」
「帰れ」
駄目だった。観念したのが間違いだったと気付くのに時間はいらなかった。速攻即断で追い出そうとすると、牛村は慌てて弁解を口にする。
「わあ! 違うんです違うんです、冗談とかじゃないんです! まさかこのタイミングで冗談なんて言うわけないじゃないですか! もー、マスターのうっかりさんめ☆」
「お前……、おちょくってんのか?」
もしくは喧嘩を売っているか。もしそうなら買ってやるから今すぐ表に出ろ、という言葉が思わず口から漏れ出そうなほどに怒りが湧き上がる。
俺のこめかみがヒクヒクしているのが見えて昨日の光景を思い出したのか、牛村は額から一筋の汗を垂らす。
「あ、あー、じゃあコーヒーを一杯お願いしますっ。今すぐ! ほら、そんな怒りオーラ満載の状態でコーヒーを入れたら旨味も逃げ出しちゃいますよ!」
「最初からそう言え……」
まさに興奮冷めやらぬ(ただし怒りで)といった感情を、深く息を吐いてクールダウン。こいつのペースに乗せられても面白くないし、早く帰ってもらうにはやはり早く注文を出すのがベストだ。
それにコーヒーを入れる以上、それがどんな相手に出すとしても最高の物を出さなければならない。それが父さんから店を継いだ者としての覚悟だ。
数秒ほどクールダウンの時間に当て、落ち着いたのを自覚できたところで作業に入る。
そうして自身に誇れる仕事ぶりで入れたコーヒーを牛村の前に差し出した。すぐさま出されたコーヒーに口をつけた牛村は、ほっと一息。
「やっぱり美味しいですね。インスタントも好きですけど、やっぱりお店のものが一番です」
「そりゃ結構。飲むもん飲んだらさっさと帰れよ」
「あー、コーヒーを飲みにきたのには違いないんですけどね、実はもう一つ用事があるんですよねー」
「あん? なんだそりゃ」
「いやあ、だからさっき言ったでしょう。冗談じゃない、って」
気付けばカップを置き、こちらを見つめる牛村。
さっき? 冗談じゃないって、……もしかして。
「注文が俺って話か?」
「そうです、そうです」
「……どういう意味だ? 悪ふざけや軽口じゃねぇってんなら、ちゃんと説明してみろ」
「異性から『あなたが欲しい』って言われたら答えは二つしかないと思いますけど。告白か、もしくは、────勧誘か、です!」