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3話『最強のハーフ』

 少女もまた長身の男と同じような黒衣を纏っている。喫茶店のときとは違う格好であるにも関わらず一発で気付けたのは、少女がこちらが側を向いていて顔が見えたからだ。

 こちらから顔が見えたということは、向こうからもこっちが見えるということで。


 少女と目が合う。瞬間、少女の表情が驚嘆の色一色に染まった。当然といえば当然か。なにせあいつらは今、人間に見えない状態なのだから。あの黒衣はそういう力を持った死神の武装。【死式(ししき)霊装(れいそう)着衣(ちゃくい)】という武装死式による効能の一種。


 つまり、────奴らは死神だ。俺の憎むべき、死神。父さんの、仇だ。

 一瞬にして全身に行き渡る血が沸騰したかのように、身体が燃え滾るほど熱くなる。


 だが今はひとまずこの場を去らねば。睦花を逃がさないといけないのだから。少なくともあの少女の方は俺に襲い掛かるような素振りは見せない。ということは男に見つからなければ問題ない。のちのちあの少女が目撃者として俺を襲うようなことになったとしても睦花さえいなければ簡単に対処できる。


 問題である男の方は少女側を、つまりは俺達のいる曲がり角とは逆側へ向いているため物音を立てない限り気付かれないだろう。

 即座に去ればこの場はやり過ごせる。そう思ったこのときの俺はあまりに浅慮だった。


「……!? 何が、起きてるんだ……? 正伍、あの子は一体何を!?」


 睦花の驚く声が路地に響く。

 見えないと、タカを括っていた。だが一つ、今は亡き父が言っていたことを思い出す。


 稀に【死式・霊装着衣】による人間への不可視化が通用しない人間がいる、と。だから【死式・霊装着衣】を使っていようとも、人のいる場で死式を使用するなと言われていたのだ。


 何故俺は睦花がその稀に属する人間ではないと決めつけていた!? 不用意に死神の戦場に足を踏み込んだのも、睦花を巻き込んだのも、全部俺の失策じゃねぇか!

 いや過去を悔いるのは後だ。

 今の睦花の声でこちらの存在に気付いたのだろう男が、少女と打ち合うわずかな隙を縫って横目で俺達の方を一瞥した。


 大丈夫、まだ気付かれた程度なら問題ない。少女と男の実力は近いようで両者互角の様相でその場に釘付けだ。一時休戦や手を組むなどの例外がない限り、一旦逃げることぐらいは簡単なはず。いざとなれば俺が……。


「落ち着け、睦花。今はとにかく────ッ!?」


 男の一瞥を受けてわずかに構えながらも、静かな声音で睦花へこの場から離れるよう言おうとした矢先、死神二人の戦いに予想外の動きが起きる。


 少女が無理矢理に男の鎌を弾き、俺達の方へ急行しようとしたのだ。当然そんな強行突破が通用するわけもなく、簡単に体勢を持ち直した男から背中を切り掛かられ、結果。


「ちょっ、キミ大丈夫!?」


 かろうじて身体を両断、という事態は避けたようだが、黒衣の上から脇腹を引き裂かれていた。噴き出す血に睦花が声を荒げ近寄ろうとするが、少女は片膝を突いたまま掌をこちらに向けて睦花の動きを制した。


 なぜあんな馬鹿な真似を……? 人間を見て食欲を抑えられなくなったわけではあるまい。それなら喫茶店の時点で大暴れしていておかしくない。

 それに、少女のあの動き。男の一瞥を見て焦ったように俺達の元へと駆け付けようとした。あれではまるで、俺達を守ろうとでもしたかのような……。


 いや、そんなわけがない。死神なんてのは昨日俺が潰したあいつみたいに、人を食い物としか見てないような奴ばかりだ。

 守ろうとしていたとしても、どうせあの男に新たなエネルギーを蓄えられないようにしたかっただけ。


 死神は人の魂を食い、それをエネルギーとして生きる。更にそのエネルギーは死式を使うのにも消費するから、あればあるほど強くなる。だからこそ相手にエネルギーを蓄えられないようにしたかっただけ。善意なんてあるわけがない。


「はははははっ、これで形勢は傾いたなぁ。追獲使(ついかくし)ィ!」


「黙っててください、逃走者風情が」


 高笑いしながら鎌を振るう男に、傷を負いながらも応戦する少女。その光景を見て、睦花は完全に硬直していた。このままじゃ逃がすのも一苦労だ。


 その上決して軽くはない傷を負っている少女があの死神を倒すのも期待できない。徐々に押されているようで、切り傷も増えている。

 なんとかこっちに突破させないよう、男がそういう素振りを見せると身体ごと差し込んで阻止しようとしているが、それを逆手に取られて出来た隙を狙われている。


 どんどんと俺らがいる方に追いやられてきている少女だが、一瞬だけ俺と睦花の方へ視線をやると微笑んでこう言った。


「大丈夫です、死んでもあなた達を守りますから。【死式・一閃(いっせん)】」


 一閃といったら初歩中の初歩攻撃死式か。使用者の強さによってはどんなものでも斬り伏せられるほどの切れ味を付加する死式。それだけといえばそれだけだが、謂わば火力の強化。鎌で防御に徹しようとしても、まともに受ければ鎌ごと斬り飛ばされるぞ。


 だが、男は防御なんかしようともしていなかった。形勢有利を攻撃死式一つで手放してたまるかとばかりに、男もまた死式を口にする。


「【死式・一閃】」


 同じ死式での撃ち合い。淡く白色に光る二つの鎌がぶつかる。最強の矛と矛の戦いのようなもの。ならばこの撃ち合いを左右するのは持ち主の力しかない。

 故に、膂力(りょりょく)で劣る少女が押し負ける。思いきり弾き飛ばされた少女は地面を二度も跳ねその勢いのままに俺の元へ。


「正伍!」


 隣で睦花が叫ぶ。受け止めろってか。まあここでこいつに脱落されても睦花が危なくなるだけだ。死神など助けたくはなかったが、仕方なくお姫様抱っこのような形で受け止める。


「あ、ありがとうございます」


 お礼なんか言ってる場合かよ。男は早くも鎌を構え直してるんだぞ。なんて思ってる間に男は俺が少女を離すよりも早く、新たな死式を使い始めた。


「諸共で悪いが三人ともここで消させてもらう。【死式・三天(さんてん)】」


 三天は斬撃を飛ばす死式。最大回数は名前の通り三度。

 男はその最大回数を一瞬で使い切るように鎌を都合三振り。三つの斬撃が俺達の元へと迫る。少女はまだ俺の腕の中。睦花は当然何もできない。


「……クソッタレ、今回ばかりは俺が助けてやる。【死式・減速(げんそく)(いん)】」


 俺達と男のおよそ中間地点、斬撃が通るであろう道筋に複雑な模様の描かれた円、印が浮かび上がる。そして円の中を斬撃が通過すると同時、途端に斬撃はその速度を落とす。全力で放った野球ボール以上の速度だったものが、人の歩行速度並みまで。


 俺は少女を片手でどうにか抱きかかえたまま、睦花の腕を掴み斬撃の当たらない位置までゆっくりと移動する。そこで少女を降ろし死式を解く。すると斬撃は元の速度を取り戻し、そのまま誰もいない地面に激突した。


 男、少女、睦花の唖然とする視線が突き刺さる。


「貴様、死神だったのか!?」


 男のその叫び声は、恐らくこの場の全員が同時に思ったことだろう。

 はぁ……、こんなとこでバレたくはなかったんだがな。ただまあ、こいつと一緒にされるのは癪だ。訂正はしておくか。


「俺は死神じゃねぇ。死神と人間のハーフだ」


「ハーフ……? そんなものが存在するのか?」


「死神界からの脱走は禁止らしいし、脱出出来たとしても追手に潰される。その上、死神なんて存在が人間と添い遂げるなんて不可能に近い。それを考えれば俺が唯一の存在だろうな」


「だがハーフということは単純に考えれば死神の血が半分まで薄まっているということ。レアリティの高い存在だろうが何だろうが、俺を倒せなきゃどの道全員終いだ」


「単純に考えればな。あとはテメェで体験して決めろ。【死式・加速(かそく)(いん)】」


 足元に印が生まれる。その印の中心に足を置き、地を蹴った。瞬間、俺と男の間にあった距離は零まで縮まる。


「なッ!?」


 目前に迫る驚く顔に向かって、思いきり拳を振りかぶり、


「果てまで吹っ飛べ。【死式・加速ノ印】」


 男の真後ろに印を生み出しながらぶん殴る。顔面を殴られ宙を舞う男がその印に触れた瞬間、凄まじい速度まで加速して路地の奥の奥まで吹き飛び壁に激突した。

 轟音と共に壊れるコンクリート。この辺の近隣住民がすぐに出てくることだろうが、それまでにさっさと決着をつけさせてもらう。


 粉々になったコンクリートに塗れながらも立ち上がった男は、およそここから五十メートルは離れた地点から斬撃を三度、更に三度、もう一回三度と合わせて九つの斬撃を飛ばしてきた。

 三天の三連続使用。全てが一直線に俺へ届くものであり、更に言うなら回避すれば後ろにいる睦花と少女を襲う斬撃。


 なるほど、機動力の高い者に足枷を付けるというのはいい攻撃だ。

 ただまあ、こちらが速いだけでないことは先程見せただろうに。


「【死式・減速ノ印】」


 先程の印よりももっと大きな、直径で言えば六メートルほどの印を生み出す。路地を塞ぐかのようにして生み出されたそれに斬撃が触れ、またしても速度を落とす。


「学習しろよ」


 さながらスロー再生の如く近付いてくる斬撃の元へ、逆に俺の方から近付いていき斬撃を真横から叩く。それを全ての斬撃に繰り返し、減速ノ印を解く。

 速度を取り戻した斬撃は叩かれた影響でわずかに逸れ、左右のコンクリート壁に衝突していった。その光景を遠くから眺めていた男は、表情を呆然の色に染める。


 ここまでか。

 あいつがコンクリート壁にぶち当たってから約一分、もう住民の方々も出てきていておかしくない。そろそろ終わりだ。

 加速ノ印を使い一瞬で男の元に到達。


「じゃあな。【死式・光手(こうしゅ)(ほう)】」


 右手に白い光を纏わせ、その右手で男の頭をコンクリートの破片だらけである地面に押さえ付ける。


「なんだ、貴様のその強さは……!?」


「死神如きに喋ると思うか?」


 それだけ言って光手ノ砲を放つ。掌全体から伸びる超短射程の光線が男の頭を消し飛ばし、頭のなくなった男の身体はやがて灰の如くボロボロになって崩れて消えた。




 徐々にコンクリート壁近辺が慌ただしくなってきたので、俺は人間から見られないよう【死式・霊装着衣】による黒衣で人に見られないようにしながら、いまだ困惑を隠しきれない二人を連れてその場を去った。


 道中睦花から様々な疑問をぶつけられるがそれらを全て無視して、今日喫茶店から出て最初に行った公園へと移動し、霊装着衣を消す。


「色々聞きたいことはあるんですが、その前に。【死式・記録(きろく)消去(しょうきょ)(いち)】」


「え」


 少女が睦花の貧相な胸に手を当て、死式を口にした。唐突な行動で呆気に取られるが、糸が切れたように地面へと倒れかける睦花をなんとか受け止める。


「……おい、睦花に何をした。鎌を出してない以上攻撃死式ではないんだろうが」


 だが例外はある。俺の光手ノ砲のように鎌を出さないタイプだって希少とはいえ存在するんだから。


「ここ一時間の記憶を消させてもらいました。意識を失ったのはその反動です。死式を使って調べましたが、この人は死神ではないようなので機密保持のために」


 一時間の記憶消去、か。そいつは俺も助かるな。俺が死神のハーフであることは誰にもバレたくないが、その中でも特に睦花にはバレたくなかった。もしもバレてしまえば、いつか巻き込んでしまうかもしれないから。

 といっても今日は俺ごと巻き込まれた上に、正体がバレたんだが……。取り返しが付いたのは瓢箪から駒ってやつだ。


「それで、あなたは何者なんですか? 人間と死神のハーフであるということは聞こえていましたが、実際それはどういう存在なんです? 鎌も霊装も使わずあそこまで簡単にあの死神をあしらう実力はどこで」


「一度にごちゃごちゃ聞くんじゃねぇ。そもそも聞かれても話さねぇよ。死神なんかにはな」


 いや、ただの死神ならまだいい。すぐに殺すのだから、こいつに比べたらまだ言ってもいいという気はする。

 だがこいつは恐らく……、


「大丈夫です、安心してください。私はそこらの死神とは違うんですよ。人間界に脱走した無法者達を捕まえる死神、追獲使(ついかくし)(うし)(むら)()()です!」


 ああ……、やはりな。だとしたらなおさら話さねぇよ。

 だって、俺の父さんが死んだ原因は人を餌としか思っていないクソッタレな死神共のせだが、




 ────殺したのは、てめぇら追獲使なんだから。


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