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白雪姫が目を覚ますまで。  作者: 柊玲雄
7/53

7*不思議な人

「おつかれさまでした」

「おつかれ、気をつけてね」


18時を少し過ぎたところで、タイムカードを切り、お店を出る。

と、勝手口のすぐ横に、カメラをいじる姫魚さんが、壁に持たれて待っていた。


「すみません!おそくなりました…。こんなところ、冷えちゃいましたよね。どこかお店にはいりましょうかっ」


改めて2人になり、緊張で声が裏返る。

姫魚さんはくすくす笑って、「そうだね、白雪さんが冷えたら大変だ」と、壁から背中をはずした。


「私はそんな」

「女性は体を冷やしちゃいけないんだよ」


そう言って、表の通りへと歩き出す。

私も慌てて、姫魚さんの隣に並んだ。


「…今日は、いい写真撮れましたか?」

「んー…、あんまりかな。昨日な素敵な写真が撮れたんだけどね。…後で見てみる?」


素敵な提案に、もちろん!!と勢いよく返事する。


姫魚さんには、今までにも、何度か写真を見せてもらっていた。

その中には、little ordinaryの風景写真や、店長をはじめとした従業員の働く姿が写されているものもあった。

私達従業員は、ただ普通に働いているだけなのに、姫魚さんが撮る写真の中では、皆生き生きとした表情をしているのだ。


姫魚さんが撮る写真は、不思議な力を持っているんだと思う。


今日の店の様子や、最近の学校の様子を話しながら大通りを少し歩く。

とりあえず、全国展開の某チェーン店に入ることにした。


「いらっしゃいませ〜、何名様ですか?」

「2人です」

「禁煙席でよろしいですか?」

「はい、喫煙席から一番遠いところで」

「かしこまりました〜、こちらどうぞ」


店員さんに案内され、店内の一番端の席に向かう。

前には姫魚さんの、細身なのにしっかりとした背中があって、妙に緊張する。


「ご注文お決まりになりましたら、お呼びください」


一礼して、店員さんは奥へと引く。

店内は、平日だからかあまり人がおらず、穏やかな空気が流れていた。


…が。私だけはガチガチに緊張していた。


「白雪さん」

「は、はははい!?」

「先に夜ご飯、食べようか」

「は、はい!」


はいしか言ってないよ私。


自分に切実なツッコミを入れるも、緊張が解けない。


「緊張してる?」

「へ?!」

「じゃあ…thatって10回言ってみて」

「ざ、ざっと?」

「うん」


にこにこしながら言われ、よく分からないが口にする。


「that that that that that that that that that that?」

「じゃあ、「これはペンです」って言ってみて」

「えと、This is a pen」

「ぶぶー!不正解だよ、白雪さん」

「ええ?!」


これはペンです、って…こうじゃなかった?!


中学1年に戻ろうかと一瞬困惑顔をすると、姫魚さんは堪えるように笑いはじめる。


「な、なんなんですか?!」

「白雪さん、「これはペンです」って言うんだよ。日本語でね?」


してやったり、な顔をして言う姫魚さん。

私はと言うと、「うわぁ!!!」と声を上げて頬を隠す。恥ずかしくて、多分顔が真っ赤だ。


「うそーー?!ひどい!!そんなの引っかかっちゃいますよ!!!」

「10回ゲームはそれが狙いだからね」


あはは!と、いつになく楽しげに笑う姫魚さん。

そしてふと、気がつく。


…緊張、ほぐしてくれたんだ。


「私みたいな単純な人間を騙しちゃいけませんよ」

「それが楽しいんだよ」

「姫魚さん実は性格黒いタイプですね?!」


男版アリスだ!!!


姫魚さんはまだニコニコとしながら、メニュー表を見ている。


…私も決めなきゃ。


「…姫魚さん、何食べますか?」

「んー、昨日は麺だったし、グラタンとか食べようかな」

「いいですね!じゃあ…私は雑炊にします」

「了解、ドリバ付けて大丈夫?」

「はい、お願いします」


注文が決まり、姫魚さんが呼び鈴を鳴らして店員さんを呼ぶ。

手際よく注文してもらい、店員さんがまた一礼して奥へと引いた。


「さて、写真見ようか」

「あ、はい!」


首から下げていたカメラは操作されてから、テーブルの端に置かれた。

それからパソコンを取り出し、また何か操作した後、ぐるんっと画面をひっくり返して、タブレット端末の形に変える。


「これが昨日の写真」


そう言って表示されたのは、夕焼けが綺麗に店内に降り注ぎ、カウンタに置かれている飲み物__おそらくトマトジュース__がキラキラと輝き、夕焼けの色で朱色の液体となっていた。


「わぁ…!!すごい綺麗です!夕焼けっていいなぁ」

「そうだね、こう、夕焼けが混ざるだけで周りが趣深くなって、写真にも深みが出るんだ」


嬉しそうに話す姫魚さん。

そんな姫魚さんを見ていると、自分まで嬉しくなってしまう。


「店内の写真はこれとこれ」

「あ、私だ…」


1枚は、私が振り返っている写真だった。

おそらく、テーブルを拭いている最中にお客さんに呼ばれたんだろう。

振り向いて直後に撮られた写真だけあって、躍動感というのがすごい。


「テーブルを拭いてる写真にしようと思ったんだけど、こっちのが綺麗だなって思ってね」

「はー…。綺麗?」

「うん、白雪さんは振り向く姿がすごく綺麗なんだよ」

「そ、そうなんですか…」


妙に恥ずかしくなる。

振り向く姿を意識したことがないから、あまり理解できないというのもある。


「こっちは厨房から出てくる店長さんの姿」


その写真に写されていたのは、お盆に2つのマグカップとシュガーのセットを乗せて、爽やかに微笑みながら厨房から出てくる店長だった。


…本当に執事みたいだなぁ。


「そういえば、店長さんは3年前、海外のお屋敷で使用人頭をしていたみたいだね」

「ええ?!そうなんですか?!」


本当に執事だったんだ!!?

あ、でも、だからああいうカフェを起業したのかもしれないなぁ。


「あぁ、ドリンク取りに行かなきゃね。白雪さん、先に行っておいで」

「あ、はい!いってきます」


姫魚さんに促され、席を立ちドリンクバーへ向かう。

歩きながら、ふと、最近よく見る<夢>を思い出す。


その夢の中で、私は幼い子どもだった。そしてもう1人、私より年上の、柔らかい雰囲気をもった男の子が出てくる。


この「男の子」は、よく笑う。けれど、その笑った表情の中に、どこか悲しげな色が写る。


そんな夢の中の男の子は、非常にとある人に似ている。


「姫魚さんの小さい頃…?」


…姫魚翠さんに、非常に似ているのだ。柔らかい雰囲気や、悲しげな影をたまに見せる笑い方、声音。

すべてが姫魚さんを連想させていた。


けれど、どうしてもその子が姫魚さんだとは思えない自分がいる。


…もしかしたら、信じたくないだけなのかもしれないけれど。


「すみません、お待たせしました」

「いいよ、じゃあ僕も行ってくるね」


私と交代で、姫魚さんもドリンクバーに向かう。


その後ろ姿を眺めながら、なんとなく思う。


…姫魚さんは、一体何者なんだろう?

今回は店長のお話を。


店長はなぜ執事をやめたのでしょう?

…実は。

実のは。


やめたわけではありません。

お屋敷の主から日本で店を出さないかともちかけられ、とりあえずやめているだけ。

だから今はもばりばりの執事ですお。


店長イケメン。

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